幕間 カージョナ滞在記④ ~ぴーぴんぐ~ seen1
人は時として、人目がないのを良いことに、痛々しい行動を取ってしまうことがあります。
また人は皆、他人のことを知っているようでその一面しか知らなかったりします。
今回は首都カージョナに住む少年少女の知られざる生態に迫ってみましょう。
星天の薄亭――食堂と宿屋が一体となった木造の五階建て。
その二階の隅っこの数室は、住み込みの従業員が使用している。
山田悠太にとってしばらくの拠点となる部屋である。
軋む木の床、白い漆喰の壁。
壁際にベッドとクローゼット、タンスをテトリスのようにはめ込んでいる。
かわりに窓際の机と椅子廻りは極力広くスペースを取っている。
窓ガラスから見下ろす先には大通りを行き交う人々、正面にはお向かいの建物の二階窓に活けられた花鉢が見える。
このモダンで穏やかな風景は、現代日本から剣と魔法の異世界に飛ばされてきた少年にとって大きな癒しとなっていた。
起き抜け、寝間着代わりの茶布のズボンと麻のシャツのまま、悠太は椅子に腰かけた。
大きく伸びをして、今日の第一声。
「……平和だ」
少年は冒険者ギルドに身を置く冒険者である。
元の世界に帰る手段を探すため、より高ランクの冒険へ参加するべく日々クエストに挑戦をして冒険者としてのランク上げを行っている。
昨日も一つ、とある山岳地帯の哨戒クエストを受注したところである。
本来なら小気味いい太鼓判の音と共に「いざクエストへ!」と参りたいのだが、そうとんとん拍子には進まない。
このファンタジーゲームのような世界はゲームのような世界であってもゲームの世界ではない。
クエストを受けてすぐにロード画面で現地ステージに移動できるわけではない。
次のクエストに向かうためには、明日の朝に発つ馬車に乗る必要があるという。
つまり本日は準備日、一日フリーなのである。
「暇、でーしゅ……」
語尾で少々遊びながら呟く。
異世界はとにかく娯楽がない。
スマホやパソコン、テレビがないことには慣れた。
さりとてその代替が見つかるわけではないので暇は暇なままである。
最近魔女と呼ばれ始めた赤毛の少女のように本の虫になろうかとも考えたが、それにはどうも生来の集中力が足りないようであった。
つまり、山田悠太は現在、ひたすら暇なのである。
暇な少年が部屋に一人。
一人部屋というのは、誰にも見られていない安心感から……人を奇行に走らせることがある。
「……せい」
立ち上がり、ファイティングポーズ。
この世界に闊歩する魔物に立ち向かうためのイメージトレーニング、というわけではない。
単に何となく一番格好いい腕の角度と足の開きを自分の中で探してみたくなった。
何となく格好つけてみたくなったのだである。
それから理想の構えを探して何度か首を捻る。
思春期の少年は時折、いわゆる『中二病』を発症することがある。
更に人目もないとなれば、症状は悪化の一途を辿るのである。
「違うな……せい!」
普段の朝はこのような奇行に走る暇もなく、ドタドタと一階に降り、宿屋の食堂で馬車馬のようにこき使われる。
そうせざるを得ない借金が少年にはあった。
しかし本日はこの宿屋を仕切る鬼のような糸目店主もいない。
店を閉め切ってこの『二時街』の主婦連合に交じり一泊二日の温泉旅行に出ているという。
「イッツ、ショータイム!」
今度は両手を広げて顎を上げ、壁に向かって見下すような視線。
支配者のポーズである。
これは一人とはいえ流石に恥ずかしくなり、さっさと体勢を解く。
そして少年は次に、虚空へと手を翳すと脳内に白く光る板をイメージした。
すると手の平が白く輝き、白く輝く光の画面が現れる。
見た目はRPGゲームなどで表示できるメニュー画面と同様、ファンタジーな世界に馴染まないシステマチックなものである。
いわゆるステータス画面と呼ばれるそれは、この世界で悠太だけが浮かべることができる不思議な画面。
宙に浮かぶ半透明の画面には、山田悠太の名前とLv、HP、攻撃力や防御力などという数値が記載されているが、少年が目を向けたのは同様に記載された箇条書きの一覧であった。
「――靡く雫よ」
口ずさんだのは『集歌』と呼ばれる詠唱。
歌い出しは属性を表し、彼の唱えた歌は水の魔法の準備となる。
この世界に漂う極小の精霊たち、マナは集歌に惹かれて集まってくる習性がある。
集まった青い光に照らされて、ステータス画面も青白く染まった。
悠太が目を向けていた箇条書き――使用可能魔法の一覧には、氷の鍛治魔法が記載されている。
「ん、コール『氷ノ鍛冶師・短剣』」
少し気取った声色で呟くと魔法の発動が成立し、青い光が渦巻きポンと氷の短剣を生み出した。
手の平に収まったひんやりするそれに視線を落とし、少年はまた独りポージングショーを再開した。
まずは半身に構えフェンサー風に、次に逆手に持って盗賊風に。
それらは他人の視線がない中で年頃の男の子が刃物を手にすれば、仕方のないことであった。
丁度口元を隠すように持ってアサシン風に構えていた頃、不意に少年の第六感が働いた。
「……見ているんだろ?」
無論判断材料はない。
だが手練れのアサシンになりきった悠太には、確かに天井裏に潜む刺客の気配が感じとれたのである。
たとえ勘が外れても誰にも見られていないため問題はないという、隙のない二段構えのなりきりであった。
「見ているんだろう!」
振り向きざま、勢いよく氷の切っ先を天井に向ける。
と、同時に体温に溶かされた柄が滑り、短剣は悠太の手からすっぽ抜けた。
歴戦のアサシンばりの投合術により放たれた刃はカッと天井に突き刺さり、そこまでするつもりのなかった悠太の背に冷や汗が滲んだ。
「……やべ」
ここまでの痛い所業が一気に羞恥心としてのしかかり、少年はさも「何もしていませんよ」とでも言いたげに誰もいない周囲を見渡すのだった。
静まり返った部屋、新たに加わった黒い歴史をそっとなかったことにして、彼は天井に目を向ける。
「さてどうしたもんか」
やれやれと。
まるで誰かがやった悪戯をたった今発見しました、のような口ぶりで溜め息を吐く。
天井に穴を空けたことは隠したかった。
この部屋の貸主にバレれば命はないだろうし、隣の部屋を借りている黒髪の少女にバレれば散々馬鹿にされる未来が見えている。
とりあえず短剣の隠滅は氷でできているが故に簡単と思われるが、天井はどう誤魔化すか。
普段目を向けない部分だし切り口も大きくない、放っておいても見つからないだろうか?
などと思考を巡らせていると、メキ、と非情な音がした。
「嘘だろ」
嫌な予感がした時にはもう遅い――刃が刺さった部分からたわんだ天井は、ドシャアアと盛大に落ちたのであった。
「うえっほ、げほっ……」
埃が染みた目はもはや誤魔化しの効かない大穴が空いてしまった天井に絶望する。
しかし少年は絶望感に浸る暇もなく、床に落下してきたものに驚かざるを得なかった。
見るとそれは、青い塊であった。
氷の短剣が刺さっている。
よく見るとそれは、青いナイトキャップとパジャマの様な服を着た幼女であった。
うつ伏せのお尻に、短剣が刺さっている。
◇◇◇◇◇
「痛たたにゃ……」
特徴的な語尾の幼い少女は、名をサマーニャといった。
猫の耳のような二つのとんがりを持つナイトキャップ、枕のように抱えた魔導書が特徴的である。
「……で」
お尻をさする幼女をベッドにちょこんと正座させ、部屋の主は椅子の背もたれを抱きかかえてジト目を送った。
「何でお前が天井から降ってくるんだ?」
すると幼女はさする動きをぴたりと止め、その短い脚でベッドの上に仁王立ちをした。
「よくぞ聞いてくれたにゃ! 説明しよう! にゃ」
精一杯姿勢よく胸を張り腰に手を当てる。
片手はさりげなくまだ痛むらしいお尻を慰めている。
「……痛み、引いてからでいいぞ?」
「ミーはイト姐の代理で来たにゃ!」
話し始めた。
「店主さんの代理?」
料理するわけでもなしにと首を捻る悠太に人差し指が突き付けられた。
「そうにゃ! ミーは災害級監視対象のヤマダとネピネピを監視する大事な任務を授かったのにゃ!」
「任務? 監視って……そういやそんな話も、あったっけな?」
悠太の冒険者ギルドへの入団が決まった日。
居酒屋の席でギルドマスターのマッチョから告げられたのは監視予告であった。
異世界から来たと主張し、不思議な力を使う少年、山田悠太。
北の王国から魔王の角を持ち出し、魔王の双剣を持つ少女、ネピテル・ワイズチャーチ。
二人はそれぞれの特異な経緯から、カージョナ内ではギルドマスターの監視下に置かれることになっている。
「監視予告本当だったの? 俺ら普通に街中を出歩いてるし、特につけられてる感じもしないけど……」
「それはイト姐がいるからにゃ」
「いやイトネンさんも外まではついてきてな……」
「ずっと足音と心音聞いてるって言ってたにゃ。人にはそれぞれ独特の歩調や拍動があるから街の中にいる間はばっちり捕捉できてるとのことにゃ」
驚くべくはそれが本当であっても何一つ不思議ではないことであった。
料理人ギルドマスターにして星天の薄亭店主、イトネン・カーレムスは、獣人の戦士も魔剣の使い手も震え上がらせるほどの手練れである。
「……それ、自分で言ってて怖くならないか?」
「イト姐ばずっと怖いにゃ」
「否定しねぇのかよ」
「でもそれよりもっと優しいにゃ!」
「否定しねぇけど……まぁともかく話は見えてきた。イトネンさんが留守だから、その間はサマーニャが監視役ってことなんだな?」
「虎視眈々と見るのにゃ。でもヤマダにはもう見つかっちゃったのにゃ。困ったにゃ」
「別に困らないだろ。今日一日一緒に居れば良いんだよな? バイトもないしクエストは明日からだし、構わないよ。どっか遊びにでも行くか?」
「それじゃ監視っぽくないにゃ」
こともなげに言われた台詞に悠太は頭を抱えた。
どうも彼女とは会話がかみ合わない。
「……ぽさ、大事?」
「やっぱ監視は天井裏とか草葉の陰に潜んで見なきゃにゃ」
「草葉の陰は行かない方がいいと思うけど」
「そうにゃ!」
また何か思いついた様子。
「監視対象はもう一人いるのにゃ! ネピネピっていう女の子にゃ!」
隣の部屋に住む黒髪の少女、ネピテル・ワイズチャーチのことであろう。
「これからミーとヤマダでネピネピを監視するのにゃ! 両方ミーの目の届くところに置けて一石二鳥にゃ!」
「いやちょっとそれは……」
いくら何でも年頃の女の子を天井裏から監視するのは気が引けた。
元の世界で父も言っていた。
自分がされて嫌なことは他の子にもしては駄目だ、と。
「嫌ならこの話はネピネピに持ってくにゃ。そんでヤマダのこと遠くからずっと見ておくにゃ。
ショータイムとか見ているんだろう! とか、まだ言わにゃいかなーってわくわく監視するのにゃ」
「やめろぅ!」
そういえば彼女は天井裏から全てを見聞きしていたのであった。
今朝獲れたての黒歴史をあの性悪少女と共有でもされたら、孫の代まで馬鹿にされおちょくられるに決まっている。
最悪の未来を回避したい悠太は「あー」と頭を掻き、「もー」と顔を覆った。
そしておずおずと、バツが悪そうな視線を無邪気な青い瞳に向ける。
「……わかった。監視に協力しよう」
元の世界で母も言っていた。
やられる前にやれ、と。
それから悠太は急かされていつもの学ランと篭手の姿に着替え、天井の補修もできないままに一旦星天の薄亭を出る。
二人で天井に潜むのは流石に体重的に不可能との判断からであった。
どうやら向かいの三階建ての屋上からネピテルの部屋の窓を監視するつもりらしい。
とりあえず一旦石造りの建物の側面までついて行って、悠太は思い出したようにサマーニャの後頭部に尋ねた。
「そういや、冒険者ギルドマスターさんは俺たちのことはギルマスが監視するって言ってたけど、今日みたいな時はサマーニャでも良いのか?」
「にゃ? 別にずっとミーでもいいのにゃ」
「……え?」
振り向いた大きな青い瞳は、心底不思議そうに見返していた。
それはまるで、自分が監視の資格を当然に持っていると言っているようであった。
直後、少年は最年少ギルドマスターを聞くことになる。
元の世界で姉も言っていた。
人は見かけに寄らない、と。





