幕間 カージョナ滞在記③ ~スピリット~ 序
首都カージョナに拠点を置く12ギルドの1つ、大工ギルドは建築のみならず土地の売買も取り扱っています。
大工姿のサキュバスはその交渉術を買われ、建築予定地に居座る老婆との交渉を任されます。
彼女は老婆の提示した条件を満たすべく、悠太一行を巻き込んで謎の競技に挑むのでした。
モーニングの営業を終えた食堂に、少年少女と強面のプードル人間の声が響いた。
「土地の」
「立ち退き」
「請求?」
話を持ってきたのはピンク髪のサキュバス――ティカ・オ・ダーユイン。
テーブル席にふんぞり返り、種族の雰囲気にまるで似合わない大工衣装の脚を組み、豊満な胸元にかぶさった黒のタンクトップを摘まんでパタパタ扇ぐ。
「そ、八時街の公園でね、もう元所有者とは話をつけて買い上げてるんだけど、近所に住んでるっていうお婆ちゃんが座り込みしちゃって。全然まったく着工に進めないのよねぇ」
艶やかな唇からこぼれた「着工」なる響きに、この世界の女性進出は進んでいるのだなと感じた少年――山田悠太が首を捻る。
バイト上がりの少年はさっさと食堂のユニフォームである作務衣エプロンを畳んで部屋に戻りたかった。
「はあ、そりゃ大変そうですね。どうするんですか?」
「まあ、何とかしなきゃいけないわね」
主体性のない返事に悠太たちは「はあそうですか」と薄い反応を向け、しばらく呆気に取られた様子でデモンの彼女を見つめる。
――こいつ、どうしてここに来たんだろう?
と三人の脳裏に過ったのと同時、厨房から糸目の店主がお盆片手にコーヒーを運んできた。
コーヒーはティカの前に置かれ、彼女は会釈するとティーカップに口をつける。
そしてブラックの残り香を楽しんだ後、紫の瞳を三人に向け、ニコッと微笑んだ。
「そんなわけで、何とかして? ね?」
どんなわけかは、三人にはわからなかった。
黒髪の少年は困惑しながら確認を取る。
「何とかしてって……あの、俺たちが立ち退きの手伝いするってことですか?」
「さっすがユータ君、理解が早いわね。今度一緒に寝てあげるわん」
少年が丁重にお断りすると、作務衣エプロンのままの黒髪少女が不服そうにぶーたれた。
「何でボクたちがそんなことに駆り出されるのさ。ボクはパスね、早く部屋帰って寝るんだ」
やる気のない口調に賛同するように、少女の背後に藍色の縮れ毛に藍色の作務衣を着た獣人が仁王立ちした。
「わんも断る。何が悲しくて誇り高きデスプードル族たるわんが魔なる者の片棒を担がねばならぬのだ。義理がない。他を当たれ」
「義理ならあるわよ?」
こともなげに返したティカの視線と巻き角の先には、お盆を持って佇む糸目の店主がいた。
彼女は困ったように笑うと、肩から垂らした栗色のおさげを柔らかに触って言った。
「うふふ、わるいけど行ってくれるかしら? その買い上げた土地に料理人ギルドのカフェが建つのよ」
「八時街に、料理人ギルドのお店が?」
「うーわ侵略だ、いけないんだ」
「別に二時街にギルド構えてるからって他の街に店出しちゃいけない決まりはないわよ。うちのお店の大鯨浴場も管轄で言えば八時の……衛生士ギルドの施設だし」
「な、なるほど」
料理人ギルドマスターの関与が明らかになるとティカは脚を組みなおしてウインクをした。
「と言うわけで、今回我ら大工ギルドにご用命を下さった依頼主は料理人ギルドよん。そんで立ち退き反対住民のことをイトネンさんに相談したら、君たち使っていいって言われてね」
「またそんな勝手に……」
「ぐ、如何に主の命とはいえ、やはり異界の門の守り人たる誇り高きデスプードルのわんがデモン族に手を貸すなど……」
「犬」
お盆を持ったまま、白のブラウスに茶のロングスカートを合わせたイトネンが静かに呼ぶ。
町人Aな見かけの彼女は、たった一言で目つきの悪い獣人をすくみ上らせる。
「……う、主」
「行ってくれるかしら」
「ぎょ、いや、しかし……」
「行ってくれるかしら」
「御意!」
骨の髄にまで序列を叩きこまれているようである。
「はん、情けない。ボクは絶対行かないからね。第一ボクらは料理人ギルドのメンバーじゃない、本来ならここでこき使われてることすらおかしいのにこれ以上手伝うなんて……」
「ネピちゃん」
糸目は再び名前でプレッシャーを与え、黒髪の少女の横に並び立つ。
傾げた首で顔を覗き込むと、少女の金色の瞳が怯えて震えた。
「……な、何さ、ボクは犬みたいに屈したりは」
「ネピちゃんはお留守番でいいわ」
「へ?」
少女は驚いて瞳孔を絞った。
しかし、その先に救いがないことを経験から察知しているのであろう。
喜びの色を浮かべる様子はない。
「サボりまくったお掃除当番が溜まりに溜まってるの。今日は厨房から客室、お手洗い、風呂、お店の隅々まで綺麗にしてもらうわ」
経験則は当たったようである。
「……やだ」
「ダメ。つきっ切りで私も手伝ってあげる」
曰く、逃がすつもりはない。
「や、やだやだ……!」
少女の足元にトンと包丁が突き立った。
曰く、逃げることはできない。
黒髪の少女は逃げられないように手首を取られ、目の光を失った様子で俯く。
まるで叱られたての子供と叱り終えた母親のようで、見るに堪えなかった。
少女から視線を逸らすと、同じく目のやり場に困った紫の視線と交わった。
「……で、ユータ君は? あれ見て断れる?」
「滅相もない断るつもりなんかないですって」
即答で後ろ向きな承諾をして、悠太少年とデスプードルのマーロンは、星天の薄亭を後にするのであった。
◇◇◇◇◇
動きやすい恰好で、とのことであった。
とりあえずはいつもの黒の学ランに腕を通し、赤いスニーカーで石畳を歩く。
「まあ出てきちゃった以上は手伝いはしますけど」
石造りの街、悠太は藍色のプードル人間の隣を歩きながら、前を行く妖艶な後ろ姿に声をかける。
「立ち退き請求って何するんですか? 相手はお婆さんなんですよね、あまり手荒なことはしたくないなぁ」
念のために装備してきた『大蔦豚の篭手』に触れながら尋ねる。
立ち退き請求というと、どうしても元の世界のワイドショーで紹介していたような、両陣営睨み合って、時に掴みかかったり突き飛ばしたりと穏やかでない光景を想像してしまう。
「安心して、こっちにもイメージってのがあるからヤクザなことはしないわ」
淫魔の成りをしてヤクザとか言う。
「先方とね、条件を交わしてるの。それを満たせたら座り込み止めてくれるんだって」
「ふん、なら貴様だけでその条件とやらを満たせば良いだろう」
悠太の隣を行くマーロンは、赤のジャケットの下に鎖帷子、厚手の長ズボンと入隊祭以来の冒険者ルックに着替えていた。
横柄な物言いと低い声色は分け隔てなく他人を威圧する。
その為バイトでは最近ホールスタッフを外され、厨房で料理を作らされているのであった。
「もうワンちゃん怖ぁい」
ちなみにまるで怖がった様子はない。
「あまり意地悪言わないで? か弱いあたしが一人で満たせる条件なら流石に頼らないわよ」
か弱い雰囲気もない。
「……へぇ、人数が必要なわけですね。まだ他にも集めるんですか?」
「これ以上人数が必要なら主も小娘を咎めなく寄こしただろう。無学め」
「無学まで言わんでも……」
どうも薄亭の従業員は店主含め血の気と一言が多い。
日常会話に散りばめられる売り文句にいちいち答えていては身が持たない為、悠太はぼやいて言葉の応酬を止める処世術を身に着けていた。
元の世界から一つ大人の応対を覚えた。
「うんうん、信頼関係は築けてるみたいね。これから一緒に戦うわけだから不仲じゃ困るもの」
今のやり取りのどこから信頼関係を計れたのであろうか。
「人数に関してはワンちゃんの言う通り、あたしと二人……ん? 一人と一匹? 一頭?」
「殺すぞ貴様」
「冗談よ。必要な人数は三人……先方がご所望なのは相手が指定する競技での『三番勝負』よ」
「三番勝負……」
それで三人か、と納得したところで記憶が引っかかる。
今日の彼女に足りないものを思い出したからである。
「そういえば覆面変態さんと覆面変態さんは?」
彼女は常に二人のボーイフレンドを連れている。
彼らの風体は大工仕事の時以外はいつも、目隠し猿轡に黒レザースーツの変態ルック。
「……二人は、零時街で治療を受けているわ。三番勝負に負けてね」
「負けて、って」
穏やかではない。
「実は挑むのはこれが二度目なの。昨日は見事に返り討ちにあってね……二人とも診療所送りよ」
「ほう」
血生臭さの兆候、何故この犬は少し楽しそうになったのか。
それはさておき、なかなか屈強な印象だった二人が病院送りとは、やはり穏やかではない。
「ふ、二人とも、大丈夫だったんですか?」
「……全治二日、酷い突き指だったわ」
大丈夫であった。
「おかげで二日は角材もロープも持てない。二人の逞しい大工姿が見れないなんて……く、あの婆さんなんてことをしてくれたの」
急激に帰りたくなってきた。
「して、その競技とは?」
「それは……と、やだ時間遅れてる……!
ごめんね詳しいことは向こうで説明するから、急ぎましょ!」
結局ティカは詳細を語ることなくさっさと先を行ってしまう。
この世界の競技種目など知りもしない少年は、一抹の不安を抱えながらも、現地で説明があるとの言葉を信じてついて行くのであった。
◇◇◇◇◇
八時街は整頓された都市区画と一本の大きな河川、河川沿いの幅広の遊歩道が特徴的な街である。
遊歩道から鉄柵を挟むと、緑の芝生と色とりどりの花を咲かす大公園が見える。
しかし今回の舞台は大公園から距離を開けた住宅地の中、数本の木とベンチだけが備え付けてある芝の公園であった。
平たい広場の中央に、その老婆は立っていた。
皮サンダルの両足と木の杖の三点で身体を支え、質素な紫檀色の衣をまとっている。
足元には大きめのバスケットが置かれ、布が被されている。
お団子頭の白髪の下、斜視の眼光は太々しさを悠太たちに向けた。
「何だい今日も来たのかい」
曲がった腰をトントン叩いて向き直る老婆は、皺がれた声でティカに呼び掛けた。
「ええ、今日こそ立ち退いてもらうわよお婆さん」
「ほっほ、そう言い続けてもう何日目になるかの?」
「まだ二日目よ」
「そうじゃったかの」
少し忘れっぽくなっているかも知れない。
「ふん、今日も来たということは、まだこの公園を下らんカッフェとやらにすることは諦めてないようじゃな」
「諦めるも何も、もう地権者さんには了承を得てるもの。あとはお婆さんが退くだけよ」
「退けられるものなら退かしてみるんじゃな! 強制でもしてみんしゃい、噛みついてでも居座って世論の情けに訴えてやるからの」
ふふんと鼻を鳴らした悪質な老婆は、次いで目を見開き杖先をティカに向けた。
「どうしても退かしたいと言うのなら、用意した競技の三番勝負で勝つことじゃ! 昨日同様に返り討ちにしてくれるわ!」
「あたしもいつまでも時間をかけるのは好きじゃないの。今回でケリよ」
火花が散る中、悠太はおずおずと手を上げる。
「あの、盛り上がってるところ悪いんですが、そろそろ俺たちにもその競技ってののルールを教えてくれても……?」
「さあ、早くそちらの三人を出すのよ!」
聞いてくれない。
現地で説明してくれるって言ったのに。
「言われんでも、さああんたち! 来るんだよ!」
叫びながら老婆は杖で芝を小突く。
すると、公園の樹木から三つの影が飛び降りてきた。
ザザザッと老婆の背後に並び立つ彼らを見て、最初から一緒に待ってればいいのにと思いつつ、悠太は驚き口を開けた。
「お、お前らは……」
三つの人影のセンターで腕を組むのは、軽装鎧にマントの剣士。
口と鼻先を覆う赤いスカーフの上には、猛禽類のような鋭い眼光がある。
「……む、貴様は」
彼の右隣に立つイヤーカフを付けた太男が、銀色の甲冑をガシャンと鳴らして指をさした。
「でゅふぁ!? お、お前は入隊祭の時の……」
彼が豚鼻をひくつかせる一方、最後の一人は嬉しそうな声を上げた。
明るいオレンジ色のはねっ毛と大きなサングラス、ぶかぶかの衣服がトレードマークの少年は、悠太にとってはあまり関わりあいたくない相手であった。
「お兄さんあの時の! わあ、また会えましたね!」
彼の名前は覚えていた。
ミザリー・テザル、傭兵ギルドに籍を置く少年。
悠太とはギルドの入団祭「メダル争奪戦」で戦った仲である。
見た目はネピテルと同じく小中学生ほどの幼さであるが、傭兵をやっているだけあって性格はかなりクレイジーだったと記憶している。
死闘の中で確かな殺気を向けられた恐怖は忘れていない。
「や、やあ、あはは、また会った、ね……会っちゃった」
「あら、貴方たち知り合いなの?」
「ええ、入隊祭の時にちょっと……確か傭兵ギルドのテザル何たら、だったかな」
「そうね、あたしの調査によると長男の剣士がイワザ、次男の重戦士がキカザ、三男の坊やがミザリー。そこそこ名うての傭兵兄弟みたい」
「傭兵、か」
物騒な単語に反応しがちなマーロンが呟いて、悠太は急に不安になった。
「傭兵……そうだ傭兵!? ちょっとティカさん!」
「もっと気安くティカ姉って呼んで?」
言ってる場合か。
「ティ、ティカ姉、あいつら傭兵ですよ。荒事じゃないんじゃなかったんですか!」
傭兵を集めて始めることなんて決まっている。
完全に実力行使の構図ではないか。
「だから違うってば。やるのはあの競技よ」
「だからその競技って何なんですか!」
「またまた、『My篭手』まで付けてやる気満々なのに冗談言っちゃって」
「篭手? 篭手ってこれ普通に俺の武器……篭手使う競技なんですか!?」
だとすれば剣道しか知らない。
そして剣などはこちらの世界に来ても未だ振るったことがない。
おろおろする悠太に不敵な笑みを向けたのは、足元のバスケットを漁る老婆であった。
「内輪揉めかい? そんな烏合のチームで勝てると思ってるのかい?」
言いながら取り出したのは、二つのバスケットボール大の球。
老婆は革を貼り合わせたようなその球の一つを、傍らの剣士に手渡す。
剣士はそれをぶんと投げ寄こし、マーロンが大きな片手で受け止めた。
「……競技用の球だ。不正がないか確かめろ」
「ふん、『スピリット』用の球か。わんにはいささか小さめだな。こちらの優位だが良いのか?」
「ねえそのボール何なの? 何やるの? 球技なの? マーロン知ってるの?」
疑問は鮮やかにスルーされ、はねっ毛の三男が頭の後ろで腕を組んだ。
「ま、余裕でしょ。こっちは競技経験者多いですし、ハンデですよ」
周囲は皆高揚しているようで誰も答えてくれない。
まるで幽霊にでもなったかのようである。
「ほっほ、篭手の予備は用意しておるが、施しは要るかの?」
「施しは受けない。あたしもマイ篭手持ってるし、ワンちゃんに篭手は要らないわ」
「やっぱり篭手使うんだ? 篭手とボール使うの? どういう競技なの?」
マーロンに篭手が必要ないとはどういうことであろうか。
「『ディスワールドエリア』は昨日と同様にフリーで良いかの?」
ディスワールドエリア!
「そこには異論あるわ。昨日はそこの坊やに逃げ回られて疲れたところをヤられたから、今回は公式準拠にしましょ?」
「公式……」
「線引きが面倒じゃの」
「心配には及ばないわ――番う焔よ、鳴き穴に薪くべて――集歌はこれくらいでいいかしら、コール『炎ノ爪痕』」
詠唱の後、彼女が魔法を唱えるとその指に火の玉が生成される。
火の玉は指を離れ、操られるまま一同の周囲の芝生を転がり、円形の焦げ跡を描いた。
「用意は整ったようじゃの。先鋒を選ぶのじゃ」
「婆さん用意する前に俺に説明を……」
「先鋒はあたしが出るわ」
「でゅふ、こちらは僕が。昨日のようにはいきませぬぞ!」
「さあ、それでは始めるかのう」
先鋒に名乗り出た二人が、篭手をつけた両腕にボールを持って対峙する。
「あの、だから……」
二人以外がスタスタと円形の外へと移動していく。
悠太は首をあちこちに巡らせながら、マーロンに着いて外に出た。
「あのさ、マーロン、この競技さ」
藍色のプードル人間は腕組みをして黙りこくった。
競技前に精神統一をするアスリートのような声かけ辛さがあって腹が立つ。
不安の眼差しを相手サイドに向けると、円内の二人を睨みつける老婆、不敵に笑う少年、無表情の剣士がそれぞれ沈黙を守っていた。
そして、芝生をなぞる一陣の風が吹き抜け――全員同時に口を開く。
開戦である。
「レディ――『スピリット』!」
「だから何なんだよそれは!」





