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幕間 カージョナ滞在記② ~お疲れさま~ 3/4

 ――人が真剣に想いを伝えたのに、聞いてなかったはないであろう。


「なあごめんって、申し訳なかった、面目ございません」


 学ランに身を包んだ黒髪の少年は、後ろ歩きで謝りながら『六時街(ろくじまち)』の店通りを行く。

 人混みの石畳(いしだたみ)をエスコートされる赤毛の彼女は、どこかツンと澄ました様子である。

 浴場で着替えた白のブラウスで胸を張り、茶皮のコルセットベルトで()めたスカートから、長い脚を大股に。

 肩に担いだ革袋は歩を進める度に左右に大きく揺れた。


「謝ることないわよ、私こそごめんね、疲れてるのにこんなことに巻き込んじゃって」


 言葉はかなり気遣ってくれてる風であるが、声色は刺々しい。

 台詞に嘘はなかった。

 しかし人とは自分の努力が無に帰すことに不服を覚える生き物で、少女もまた人であった。


 まだ日は高い。

 午後三時ほど、大浴場でのぼせて()で上がっていた時間は二時間くらいであった。


「そんなことないって、な、せめて罪滅ぼしに何かプレゼントするよ」


「……もう、それで六時街(繁華街)? 本当に休まなくて大丈夫? また倒れてもらっちゃ困るわよ?」


 (ほお)を膨らませ顔をそむける少女は、青いジト目だけを悠太に向け疑いの視線を送った。


「さっき倒れたから、大丈夫だと思う。それに……」


「それに?」


「ほら折角の機会だし、また休んだら次の冒険行かなきゃだろうからさ……やっぱ、もうちょっとライチといたいよ」


 少女は目を丸めて、刹那(せつな)の後に(ほだ)されそうになった自分を責めた。

 この男は時折、歯の浮くような台詞を平然と吐き出す。悪質である。


「……ねえ、本当にのぼせてた、のよね?」


 再度向けた疑いの目に、悠太はきょとんとしてからまた謝った。


「だからそれはごめんって、ごめんなさい!」


 黒い瞳でバツが悪そうに見上げて、両手を合わせ、こめかみには冷や汗。

 必死の謝罪にすっかり毒気を抜かれ、少女は一世一代の気持ちの吐露(とろ)を水の泡にされた怒りを、なんとか収めてやった。


「……そ、まあいいわ。じゃお言葉に甘えて何か買ってもらおうかな」


 とりあえずは機嫌を取り戻せたことに少年は胸を撫で下ろす。


「よし、よしじゃあ色々見てみよう!」


 悠太は己を鼓舞(こぶ)して、通りの真ん中から少し端に寄り、並び立つ店頭に視線を巡らせ始めた。

 少年にとっては初めてのデートである。

 どうにか、一生の宝になりそうなものを見繕(みつくろ)ってあげたかった。


 店頭を横目に歩を進めていく。

 商人ギルドのお膝元(ひざもと)、六時街の店通りは食料品から衣類、薬品、本まで多様な商品を扱っている。


 まず目に留まったのは店頭のマネキンに見本を着せたブティック。

 マネキンの一体が身に着けたオーバーオールとシャツの組み合わせなどは、牧歌的(ぼっかてき)な村で育った彼女に似合いそうであった。

 学園の牧舎(ぼくしゃ)でマグレブの世話をしていると聞いたし、悪くないのではないか。

 そう思った悠太であったが、ふと自らの()()()()を思い出して店先を通過する。


「ねえちょっと」


 手持ちは1500リフ。

 この世界の通貨『リフ』は、何とも都合の良いことに日本円と同じイメージで使用できる。

 1リフ硬貨、10リフ硬貨、100リフ硬貨ときて、1000リフから紙幣(しへい)になるところまで再現されている。


「ちょっとユータ」


 つまるところ、悠太の手持ちはたったの1500円程、デートの手持ちとしてはあまりにも心許(こころもと)ない。


 全ては冒険者ギルドの入団時、建物を壊し街の修繕費(しゅうぜんひ)で借金を作ってしまった自分に非がある。

 今は世話になっている宿屋の糸目の店主から、お小遣いとして月に2000リフをもらって自分の買い物をしている。


 今月は初めての冒険に挑戦する前に手引書のような本を買ってしまったので、残りは1500リフとなる。

 少年にとって異世界で買う初めての本であった。決して無駄な浪費(ろうひ)ではない。


 とにかく衣服のような高価な買い物は無理である。

 せめてアクセサリーの一つでも、と更に石畳に歩を進ませた時、クイっと学ランの(すそ)を引っ張られる。


「ユータってば!」


 引っ張ったのは後ろからついてきている赤毛の少女であった。


「あ、ライチ、ごめん、どうした?」


「もう、歩くの早いってば。どんどん行っちゃうんだもん。人混みの中だとついてく方は大変なのよ?」


 見れば夕刻前の買い入れ時間も相まって、人波はその数を増していた。

 少し間隔(かんかく)を開けばその間を人ががんがんすり抜けていく、そんな混雑具合である。


「や、ああごめん、ちょい考え事してて」


 頼りがいを見せたい考えとは裏腹に謝ってばかりな自分に、少年は内心凹んでいた。


「色々プレゼント探してくれるのは嬉しいけど、ユータの事情もあるんだから無理しなくていいよ。今月1500リフでやりくりするんでしょ?」


「何故それを」


 口走った覚えはなかった。


「全部口に出てたわよ」


 覚えていないだけであった。


 これまた情けない有様に、もはや少年は乾いた笑いで肩を落とすしかない。

 可哀相なものを見る目で溜め息を()いた少女は、少し考えてから一歩踏み出し、少年の顔を(のぞ)き込む。


「ね、折角のお店通りなんだから二人で色々見て回ろうよ。プレゼントよりそっちの方が私はいいな」


「面目ない……」


 心づかいが逆に痛い。

 これ以上情けないところを見せられない少年はどうにかして頼れるところを見せたくて、困り眉の笑みを浮かべているライチに、半ば破れかぶれで手を差し伸べた。


「それじゃあ」


 首を傾げる彼女は、彼の視線が自らの手に向けられていることに気づいて、手の甲を胸に抱いた。


「また置いてかないように、繋いでいいか、な?」


「ん」


 素っ気ない返事をした少女は、俯いて付き従うことにした。

 手の平は白くてすべすべ、又はごつごつ骨張っていた。


 それからまたぎこちない歩行を続けつつも、やはり店頭に面白いものが置かれていれば話題の種にはなるもので、二人の会話量は徐々に増えていった。


 やれ元の世界のスイカは四角くなかっただの。

 あのぬいぐるみがマグレブに似てるだの。

 イトネンの食堂の食器ってここで仕入れてるんだなだの。

 またぎの火熊(ひぐま)アロマ燻製(くんせい)キャンドルって何なのだの。


 世界を知らない少年と首都に上りたての少女にとって、六時街の売り物は好奇心を満たすに足るものであった。

 互いに人混みの中ながら確かに存在する安らぎと、デートの成功の気配を感じ取って、自然な笑顔で向き合えるようになった。


「あ、ねえちょっといい?」


 手を引く悠太の肩を叩いて呼び止め、赤毛の少女は通りの一角――路地の入口に視線をやった。


 そこには敷物(しきもの)の上に紙を並べた露店商(ろてんしょう)がおり、つまらなそうに胡坐(あぐら)をかき、頬杖(ほおづえ)をついていた。

 多少距離が空いていてもはっきりとそのだらけた様子が見えるほど、周囲に人がいない。


 完全に喧噪(けんそう)から離れたその敷物露店(しきものろてん)に向かって、ライチは少年の腕を引いた。

 導かれて近寄ると、どうも敷物の上の紙には魔導陣(まどうじん)が描かれているようであった。


「んあ? なんだいあんたらよ」


 完全に接客を諦めた無愛想な声。

 よれよれのシャツに伸び放題の無精髭(ぶしょうひげ)の店主は、目じりの(しわ)()いて見上げた。

 人が避けるのも当然だなと悠太が息をつく一方で、ライチは(かが)んで敷物の上の魔導符をじっと見つめている。


「冷やかしならさっさと済ませてくれよ」


 そう言って欠伸(あくび)をするやる気のない店主に、彼女はうんと頷いて声をかけた。


「やっぱり、これ『氷ノ華(アイスフラワー)』の魔導符ですよね。今もうあまり売ってないのでつい」


「アイスフラワー?」


 どうやら赤毛の少女はこれらの魔導符について知っているようで、そうなれば少年も興味を持たざるを得ず、並んだ魔導符をのぞき込んでみる。

 黄ばんだ羊皮紙(ようひし)には青い線で幾何学的(きかがくてき)な魔導陣が描かれており、店頭のものは似たような陣ばかりのようであった。


「こいつを知ってるのかい」


 店主の声は気怠(けだる)いままで、対照的にライチの声はどこか生き生きとしていた。


「はい、陣の見本はいくつか見たことありますが、実物は初めて見ました。確か六、七年前に流行ったっていう贈り物用の魔導符ですよね」


「贈り物に魔導符?」


 悠太の素直な疑問に少女は振り向いて、本日で一番キラキラした目で見上げてくる。


「うん、確か略令歌(りゃくれいか)すると氷の花が咲くの。透明で綺麗だし、魔導師じゃない人の集歌効率でも使えるから一昔前にはプレゼントとして大流行したんだって」


「へー、プレゼントに氷の花か、お洒落だな」


 楽しんでいる様子の彼女が可愛いくて、少年の顔も穏やかに(ほころ)ぶ。


「ほう、嬢ちゃんよく知ってるな。世代でもないだろうによ」


「ええ、私魔導学院の生徒で、マナが少なくても使える魔法も研究してるんです。

 『氷ノ華(アイスフラワー)』の魔導陣は集歌効率(しゅうかこうりつ)の低い人でも使えるように魔抗減退(まこうげんたい)を積んでるし、空白(遊び)部分も用意してあって、作者のこだわりや依頼人のメッセージを表せるようになってるんですよね。素敵な陣だなって思ってたんです」


 かねがね思っていたが、ライチは結構な研究者気質というか、オタク気質というか、のめり込んでガンガン深掘りしていく傾向がある。

 これは夜な夜な独り言で隣室のリズリーを不眠に(おとしい)れていたのも本当のことらしい。


 知識を持った客が珍しいのか、店主は怠そうな口調のままだが、それでも先程よりははっきりと返してくれた。


「なるほど、学生さんかい。まあそうだな、かつてはお前さんたちみたいな若者によく売れた。

 恋人への告白、プロポーズ、家族への贈り物、送別の品……大繁盛(だいはんじょう)したもんだ」


「それがなんでこんな……」


 廃れているのか。

 自然と言葉を漏らした悠太の(すね)が、ペシッと少女の手の甲で打たれる。

 口を(つぐ)むと、店主は懐かしむように、(あかね)が射し始めた空を見上げた。


「まあなんてことねぇ、商売の必定(ひってい)だ。

 飽きられたらおしまい。本質を見ればただ氷の花を出すだけの魔法だ。使い切りだし長持ちもしねぇ。

 最初こそ物珍しさで繁盛したが、需要に釣られて大量の()()()が現れ、贈り物は(またた)く間に氷の花で埋め尽くされた。

 こんなもん、一回貰えば十分なのさ。二回目には感動もなくなり、五回目くらいにゃ辟易(へきえき)とする。そんなもんで、市場からはあっさり姿を消したわけだ。

 まあ今は高名な魔導師の先生が古風な送りもんとして自筆するくらいじゃねぇか?」


 なんとも世知辛(せきがら)い話であるが、悠太のいた世界でもよくあることではあった。

 誰も彼もが歌っていたあれや踊っていたあれ、持ち歩いていたあれはどこへ行ったのであろう。


「そうなんですね……この陣なんか綺麗な躑躅(つつじ)になるのに、勿体ない」


 少女は屈んだまま手を伸ばし、目配せで許可を取ると陣を長い指でなぞった。

 羊皮紙に向けられた長い睫毛(まつげ)は、どこか儚むように伏せられていて、その陣を救ってやりたそうに見えた。


「……おじさん、これいくらですか?」


 少年の進言に二人が顔を上げた。


「ユータ?」


「1700リフだ」


 懐が痛い。

 という心の内が見透かされたのか、露店商はわずかに口端を上げた。


「……が、まあ久々の客だ負けてやる。700リフでどうだ?」


「……おじさん、ありがとう!

 なあライチ、これ、勝手に決めちゃったけど、その、俺からのプレゼントにしていいか?」


「ユータ、いいの? 私、自分で買っても……」


 言いかけて、ライチは言葉を止める。

 少年の少し照れた顔を見れば、何が野暮かくらいはわかった。


「ううん、ありがとう」


 頷きを見届けた店主は早速躑躅(つつじ)の陣が描かれた羊皮紙を手に取り、悠太に渡す。

 そして顎でしゃくって「使ってみな」と伝えた。


「そんでは早速……水の集歌、でいいん、だよですよね?」


 ビギナーのため、確認はちぐはぐな言葉で二人に行う。

 露店商の方は頷いていたが、ライチはというと何か思いついた様子であった。


「あ、ちょっと待ってユータ、少しその……やってみたいことがあるの。

 おじさん、あの、この魔導符に、追陣(ついじん)って(かさ)ねちゃ、ダメですか?」


「構わねぇよ、もう売ったもんだし、ちょちょいと書いた量産品だ。

 だがまぁそうだな、そん代わり、魔法はここで披露してくれ、ってのはどうだ。興味がある」


「ありがとうございます。ユータちょっと借りるね?」


 ライチは革袋から取り出した板紙と羽ペンを手に、しゃがんだ太ももの上で魔導符の陣に何やら書き加えていく。

 幾何学的な青い陣に、綺麗に赤い陣が重なった。

 それを見ていた店主が「お」と(うな)り、どうやら何が起きるかわからないのは悠太だけになった。


「できた……ねえユータ、私の言う通りに集歌唱えてほしいんだけど」


「ん、どうしたらいい?」


「私が水をフルで唱えるから、第六節に差し掛かったら火の集歌を唱え始めて」


「んーと、了解、わかった」


 一応言っている意味は通じている。

 彼女が唱える歌の途中で、輪唱(りんしょう)のように火の歌を唱え始めればいいらしい。


「じゃあ、行くわよ……『(なび)(しずく)よ、()み憎まれし小僧は大海知らずして』――」


 清らかな声が天より青い光を舞い降ろす。

 聞きほれ気味だった悠太は、店主にまた(あご)で指示され、慌てて火に集歌を唱え始めた。


「つ、『(つが)(ほのお)よ、鳴き穴に(まき)くべて、紅蓮(ぐれん)の海に授かりし、赤子の(どう)の振るまいや』――」


「――『風音雨音(つづみ)の合図、哀れ小僧は泥に伏し、叶わぬ円卓、(ほとり)の影の塚穴に宿れ御霊の光』」


 白い手がストップをかけて、赤毛の少女が『氷ノ華(アイスフラワー)』の詠唱を締めくくった。


「いくよ、コール……『()()()()()()()』」


 赤と青の光が混ざり合う。

 始めにできたのは青い氷の花。

 次いで赤い光が花の輪郭(りんかく)にピッと走り、氷は形状を保ったまま、白い(きり)の花へと変化した。


 三人の見開かれた瞳が映すは、宙に咲く白い躑躅(つつじ)の花。

 気体であるはずの花弁はまるで本物のような質感を見せ、()せる。


「おお!? 凄ぇ……」


 幻想的な躑躅(つつじ)はしばらく魔導符上に滞留し、やがて淡い桃色と水色の粒子と消えた。


「……どう、かな。これが私からのお返し、になってればいいけど」


 照れ臭そうに頬をかく少女に悠太はぶんぶんと首を振った。


「なってる! めっちゃお返しなってる!

 というか、凄いって今の……ええと、ああと、語彙力少なくてごめんだけど、凄かった!」


 魔法についてビギナーすぎて泣けてくる。


「火と水の複合魔法……花の形状を保つにはマナの均衡(きんこう)を保つ必要があるな。嬢ちゃんのが集歌効率悪い分、坊主に短めの集歌を唱えさせたか。

 ちょっと(かじ)っただけの輩の発想じゃねぇな」


「いえ、最近、こういう火と水の複合使う子に絡ま……絡まれてまして、それで」


 言い直そうとしても他の表現を探せなかったあたり、絡んできたのはあの金髪のお嬢様であろう。


謙遜(けんそん)するな。久々にいいものを、芸術的な魔法を見せてもらった。

 最近じゃ魔法の需要は威力や利便性に傾倒(けいとう)してやがるからな……本当に、美しかった。

 ……気に入ったぜ嬢ちゃん。なあ、一つ取り引きしねぇか?」


 気を良くした様子の店主の提案に、ライチは目を丸めた。


「取り引き?」


「ああ、俺のアイスフラワーの在庫をしこたまくれてやる。学生さんなら追陣し放題の魔導符はどんだけあっても困らないだろう?」


「い、いいんですか? でも私、それと取り引きできるものなんて」


「嬢ちゃんの条件は簡単さ。俺に今のアイデア、使わせてくれりゃいい」


「それだけ、ですか?」


「それだけと思える若さと才能が羨ましいよ。じゃあ取り引き成立だ。持っていきな」


 言うが早いが、店主は路地裏にバヒュンと消えていき、両手に抱え切れないほどの紙束の塊を抱えて持ってきた。

 それを敷物にドスンと。


「……これは」


「在庫だ。千枚以上はあるぜ。たんと使いな」


「……俺、持つね」


 ――その後、大荷物を抱えてふらつく少年と、しつこく半分を持とうとする少女の後ろ姿を見送り、露店商は魔導符を一枚、夕日に透かせた。

 青い陣が夕日の赤を(まと)って、先程の白い花を想起(そうき)させた。


 この数週間後、魔法『幻想ノ霧華(ミストフラワー)』の魔導符はカップルの相性占いとしてまた大流行することとなる。


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