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3-28 居酒屋から始まる冒険譚

「『魔王(まおう)双剣(そうけん)』じゃ」


 あっけらかんと言ってプードル顔の老人は(さや)から一振り、抜いて見せた。

 居酒屋の(ふすま)を背景に、漆黒の刀身が(あらわ)になる。


「魔王の、って……!?」


 記憶がフラッシュバックする。

 宿主の身体すらも奪い取って暴走した黒雷の魔剣。

 悠太の全身に散りばめられた傷跡が(うず)いた。


「これボクの!」


「や、や、でも、形が違くないか? ってか小さいし、双剣だし」


 確か、黒髪の少女が持っていた『魔王の大剣』は彼女の身の丈程もある抜き身の大剣であった。

 対して目の前の双剣は、似ているといえば漆黒の刃と赤いラインだけで、形状からして異なる。

 鏡面のように研ぎ澄まされた刀身は、戦った時の武骨なデザインとはかけ離れている。


 それでもリーゼントのギルドマスター、ワヒドマは断言した。


「いえ、間違いなくあの魔剣よ。ユータ君、あんたが砕いた後、アシャラさんとサラーサがこの通り三日で仕上げてくれたわ」


「実に有意義じゃった」


「まあまあの出来だな」


 見開いた目で、金髪の女性と、灰毛のプードル老人を見やる。

 そういえば、サラーサは武器職人ギルド、アシャラは魔導具職人ギルドのマスターを名乗っていた。

 手抜きの様相(ようそう)が一切ない逸品を鞘に戻すと、ワヒドマはそれを食卓の上に戻して語りかけた。


「欲しい?」


「元々ボクのだ!」


 早速手をつけるネピテルに対し、彼は剣を抑えつけて制する。


「いいえ元は北の国のものでしょ。盗んだんだから」


 筋力差は見た目通りなのであろう、剣はビクともしない。


「それは、あいつらが……」


 ワヒドマが睨む。

 諸般(しょはん)の事情の主張はこの場では意味がないと悟って、ネピテルの言葉尻は弱くなった。

 マッチョは再び笑みを戻し、手を離す。


「まあいいわ、そこはアタシも重要視してない。横流ししてあげる」


 意外過ぎる提案に、悠太は元より、ネピテルも言葉に詰まった。


「そ・の・か・わ・り、引き換えに二人には聞きたいこと、呑んでほしい条件があるわ。そこら辺従ってもらうことが、双剣をあげる条件よ」


 彼は「二人」と言った。

 そして見返りはネピテルに双剣を渡すことだと言う。


「それ、俺にメリットは……?」


「ネピテルちゃんの助けになるわね。あんたはそれで協力してくれる人でしょ?」


 随分と軽く見られたものである。

 そして、そう言われると断れないのは事実であった。


「――さて、じゃあネピテルちゃん。単刀直入に聞くけど、魔王の剣、誰に貰ったの?」


「それは……」


 言いよどむ彼女を、ジョッキを置いたサラーサが睨んだ。


黒装束(くろしょうぞく)、羽と剣の紋章……違うか?」


「何でそれを!」


 顔色の変わったネピテルに、サラーサは「けけけ」としてやったりの表情を浮かべる。


「ビンゴだったなこりゃ」


「悪いわね、カマかけたのよ。それにしても、やっぱりか」


「やっぱり?」


 確信のあったらしいオカマのカマかけに、悠太は首を捻った。


「最近そういう不届き者がいるって話。

 黒装束で悪さする(やから)がね……で、問題はここからなんだけど、ネピテルちゃん、もっと細かく聞くわ。

 魔剣は……()()()もらったの? それとも()()()もらったの?」


 売って、打って、それぞれアクセントを変えて(たず)ねると、ネピテルは顔を背けて呟いた。


「……わかってる癖に。僕が持ち出したのは、素材の角だったんだ。決まってるだろ」


「打ってもらったんだな」


「悪いけど経緯聞かせてくれる?」


 魔王の剣の入手経路。

 悠太が聞いたことがあるのは角の入手までであった。


 ネピテルはかつて、北の国と魔界による戦争に身を投じ、魔王討伐のメンバーの一員であった。

 勝利の凱旋(がいせん)後、国の裏切りにあって命からがら逃亡する際、角を持ち出したという。


 彼女は食卓の魔剣に視線を落とし、おもむろに口を開く。


「――角を持ち出したまでは良かったんだ。けど、流石にボクが背負うには大きすぎた。

 意地でもあいつらには渡したくなかったから頑張ったけど、それでも限界がある。

 背負ったり引きずったり、少し運んで、疲れては隠れて休むって毎日だった」


 あの大剣の素材というのだから、相当な大きさだったはずである。

 少女は剣の力による復讐に()りつかれる前から随分と無茶をしていたようであった。


「そんな逃亡生活の中、森に身を潜めてた時に声をかけてきたのが、あいつだった。

 あんたの言う通り、全身黒ずくめで、マントの留め具に羽と剣の紋章を付けてた」


 ギルドマスターたちが顔を見合わせる。

 どうも彼らの共有している情報と同じようである。


「追手だと思ったから、返り討ちにして身ぐるみ剥がしてやろうと思ったんだけど……正直満身創痍(まんしんそうい)だったから、本調子じゃなかったってこともあり、体格差も絶妙で、その日は運勢も悪く……」


「捕まったんだな」


「うっさいな!」


 負けず嫌いは敗北を認めると、すねて(うつむ)く。


「国には引き渡されなかった。

 その代わり、狭い部屋に押し込まれて毎日……ずっと鍛冶の音を聞いてた。カーンカーンって。

 そんである日、そいつは急にボクを解放して、魔剣だけ預けてどっか行った。これくらいしか話せることはないよ」


 一気に話したネピテルは水を飲干すとから揚げを頬張った。

 神妙(しんみょう)な面持ちとなったワヒドマは、エイヒレを勧めて頷く。


「いいえこれだけで十分。ありがと。わざわざ個室取った甲斐(かい)があったわ」


「チッ、こりゃ()()()で確定か?」


 どこか苛立たし気なサラーサに、ギルドマスターたちは同意した。


「三人目?」


「さっき、不届き者がいるって言ったでしょ?

 今、カージョンの各地で広まりつつある事件があるわ。それが()()()()()()()()()()()


「知っての通りだろうがよ、魔導具ってのは強大な力を持った魔物の素材から作られる。

 その力は魔物の特性を受け継ぐから、時にはとんでもねぇ不可思議を引き起こす代物に仕上がる時がある」


「ワシらギルドを通して供給される魔導具は、用途を照明や水栓に限っておる。

 武具として渡すにしても、しっかりと渡すものの人格は吟味(ぎんみ)するしの」


 双剣を抱く少女を横目に、「もう少し厳しく吟味してもいいのでは」などと思う。


「今問題になってるのはね、明らかにその者の実力を越えた魔導具が、何者かにより譲渡されてるってこと。

 街一つ滅ぼすことができる魔物の魔導具が、そこらの村人に渡されてたりするの。そして力に呑まれた者が魔導具を使って悪事を働く事件が勃発してる」


「んで、とっ捕まえた奴らを吐かせてみれば、まあ面白いことに口を揃えて言いやがる。黒装束、羽と剣の紋章を持つ者から渡された、ってな」


 事件の概要を聞いて、その内容がたった今少女が口にした内容と酷似していることに気づく。


「……ネピテルと、同じ?」


「そう、衣装とやり方はね。ただ、今まで確認されてるのは商人風の男と、細工師風の女だった」


「んでもって、今回同じ格好した奴が魔剣を打ったと。それで三人目だ。

 まあ格好だけお揃いだってんなら好きにしてくれていいけどよ……」


 頭をガシガシかくサラーサから引き継いで、プードル顔の老人が(ひげ)を摘まみながら口を開く。


「ひたすら目的がわからぬのじゃ。

 強力な魔導具は貴重じゃ、それを惜しげもなくばら撒いて回る。

 騒ぎを収めたワシらにそれらが回収されることも、意に介しておらん。

 意図のわからぬことには細心の注意を払うべきじゃ……いずれ――」


 アシャラは言葉を区切り、静かに言い放つ。


「回った毒が、国を殺す大病になりかねんでな」


 何やら、随分と物騒で壮大な話になってきた。

 生唾を呑み込むと、話題は悠太にも関連付けられて次に移る。


 ワヒドマが厚い唇を開いた。


「あんたたちには冒険者として活動する上で、この話は知っていてほしかった。

 特に、ユータ君、あんたは目を付けられやすいかも知れないから気を付けなさいね?」


「へ? お、俺ですか?」


 いまいち発言の意味がわからず、悠太は首を傾げた。


「おめでたい頭だぁねぇ」


 隣のネピテルは呆れ気味に枝豆に手を伸ばした。


「どういうことだよ?」


 ネピテルはちらりとギルドマスターたちを見て、発言権を得たと見るや悠太に向き直った。


「君、ボクと()った時にちょいちょい意味わかんないことしてたよね。

 技名(わざな)も令歌も使わずに見えない壁を作ったり、魔導書も魔導符もなしに略令歌(ヒール)を使ったり。

 ……挙句、今まで欠けたことすらなかった魔剣を、簡単にぶっ壊した」


 しっかり把握されてる。


「どれも世界の(ことわり)から外れた滅茶苦茶な能力だよ。

 おまけに、この世界とも魔界とも違う世界から来たとかほざいたじゃないか」


「ほざ……」


「自覚あるか知らないけど、完全に規格外なんだよ、君は。

 さーて、ここで話戻すよ? 黒づくめで何やら企んでる集団、そういう奴らが嫌うものはなんでしょう?」


 答えは思い浮かんだ。

 しかし言葉は返せなかった。


「計画に思わぬ邪魔が入ることさ。

 奴らの計画がこの世の理に従って企てられてるなら、君みたいな奴を放っておかないよね。

 排除するか、懐柔するか……最低でも理解はしたいはずだ。つまり狙われる可能性があるってこと、いやぁ大変だね」


「何かお前、俺を不安にさせるの楽しくなってきてない?」


 強がってはみたが、割りと納得できる理由で自分が狙われると聞かされると、内心穏やかではなかった。


「うん、ネピテルちゃんなかなか鋭いじゃない」


 試すように見守っていたワヒドマが割って入って、満足気に頷いた。


「それに、相方(バディ)への理解力もありそう」


「ばでぃ?」


「ええそう、せっかく同じランクで入団したんだもの。あんた達には二人一組(バディ)を組んでもらうわ。

 ……冒険には危険がつきものなのは覚悟の上、命を賭けることも覚悟の上と思うけど」


 命を懸ける覚悟はあまりできてない。


「それでもまあ、生還率は少しでも上げたいからね、うちのギルドはバディ制度を(すす)めてるわ。

 組む相手は、性格的な相性よりも、できるだけ情報を共有できる相手が好ましいわ。

 お互いに積極的に開示したくない情報を持ち合ってるあんたらは、お互いに都合のいい相手ってこと」


 言われた黒髪の少女は、金色の瞳で神妙な面持ちを作り、呟いた。


「都合のいい関係……か」


語弊(ごへい)あんぞ」


「で、どう? 二人ともそれでいい?」


 悠太は少し自信なさげにネピテルを見た。

 彼自身はバディを組むことはやぶさかではないのだが、彼女が納得するか。

 唯我独尊(ゆいがどくそん)を死にかけるまで続けてきたような奴である、今後も我が道を行きたいのではないか。


 だから、回答は少しだけ意外であった。


「ん、了解。こいつと組めばいいんでしょ」


「あれ?」


「何さ、あれって。ボクと組みたくないわけ?」


「いやあの、何ていうか、意外とあっさりだったというか。

 ネピテルさん、孤独とか孤高とか、孤立とかぼっちとか好む傾向にありそだなって思ってた」


「後半馬鹿にしてるだろ」


 イカ焼きの串で二の腕をぐりぐり突いてくる。


「痛い痛い普通に痛い!」


 ジト目の少女は串を離し、溜め息を吐くと串を今度は顔に向けてきた。

 やっぱこいつ危ない。


「君が言ったんだ、()()()()()()()()()()って。ありゃ嘘かい? それとも三日で忘れた?」


 金色のジト目に、少しだけ不安そうな光が宿って、悠太は声を漏らした。


「……嘘でもない。忘れてもない」


「当然だね。ならバディを組んだ方が都合良いよ。復讐の相手も増えたことだし」


「それは聞いてないぞ」


「今決めた。魔剣を打ったあいつ、やっぱ気に入らないしぶっ潰す。

 その為には狙われる可能性のある君と一緒にいた方がやっぱり都合がいい」


 悠太は悟った。

 なるほどバディという関係性にも色々と多様性がある。

 少女は、バディを引きずって我が道を行くタイプかも知れない。


 そんな身勝手な思惑を見抜いておきながら「もう調子は大丈夫そうだな」と安堵(あんど)している少年は、自分のお人好しさを把握しきれていない。


「うん、大丈夫そうね。今日の一番の目的はそこだったから何よりよん」


 そう締めくくって、ワヒドマは巨体をよっこらせと立ち上がらせ、大きく伸びをした。

 そして、太く筋肉質な腕を差し出し、宣言するのであった。


「さああんたらの冒険の準備は整ったわ。

 血気盛んな若人よ、気の済むまま――この世界を、解き明かしてきなさい」


 きっと、居酒屋風の座敷でなければ、身の引き締まる思いがしたのであろう。

 こうして朝っぱらの居酒屋飲み会は終わり、山田悠太の冒険者としての生活が始まるのであった。


「……あ、ユータ殿。一応不思議な力についてはこのアシャラが聞かせて頂きますぞ」


「……あ、ユー坊、そういや俺の魔導具借りパクしてんだろ。あの金鎚仕事で使うんだ、返せよな」


 出鼻を挫かれつつ、始まるのであった。

用語解説

・星天の薄亭

首都の二時街に拠点を置く料理人ギルドの本部にして、ギルドマスターであるイトネン・カーレムスの店。

木造5階建ての宿屋であり、1・2階の一部はピロティ構造の大食堂となっている。

常駐の店員はイトネンのみであり、新規ギルドメンバーの料理人を研修期間の間だけ採用することが多い。

直近のギルド入隊祭においては、喜々として参加者を狩る姿が仇となり、薄亭での研修希望者はゼロであった。


本話までで3章完結となります!

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