3-27 そのギルドと少女と少年の仕様
大衆食堂『星天の薄亭』。
賑わいに賑わうモーニングの時間を終えた頃、新たに三名の来店があった。
ウエスタン風のスイングドアの入り口に立つのは、リーゼントの筋肉大男と、金髪の輩っぽい女、老プードルの亜人。
三人ともこの首都にある12ギルドのマスターたちである。
えらい大物たちが来た、と思うより先に、えらい色物たちが入店してきたと、悠太は息を呑んだ
マッチョの練り上げられたリーゼントの先に、パタパタと青い伝烏が降り立った。
下睫毛が特徴的なマッチョの目が鳥に語りかけた。
「連絡ご苦労さん」
報酬らしいパン屑を渡すと、伝鳥は羽ばたいて空へと飛び去って行く。
「さっきイトネンちゃんから二人とも起きたって報せがあってね……来ちゃった」
言葉は明確に悠太へと向けられていた。
正直、来ちゃったと言われても、言葉に困る。
「うふ、身体はどう?」
その問いかけなら言葉には困らない。
三日前、入団祭直後のベアハグの感触が痛んだので、少し皮肉っぽく言う。
「お陰様で、三日間も、たっぷり眠れました」
「そ、しっかり休めたようで良かったわ」
まるで皮肉に応じてくれない巨体は、厨房の店主に向かって親し気に呼びかける。
「さて、イトネンちゃーん、ちょっと個室借りるわよー」
返す糸目の店主は料理の片手間、お玉を指し棒にして食堂の奥――襖の部屋を示す。
「はいな、大体セッティングできてますからね。
悠太とネピテルもでしょう? 抜けた時間分はきっちりワヒドマさんに請求しますよ」
「はいはい」
むんずと、悠太は首元を掴まれる。
「へ?」
そこの一人目、悠太。
「お前もだぜっと」
「うわぁ! 何すんだ馬鹿離せ!」
黒髪の少女がサラーサに担がれて二人目。
「さあ二名様ご案内よーん」
客に誘われ、店員は抵抗虚しく個室へと連行されていく。
ピシャリと襖が仕舞って、呆気に取られる食堂は静まり返った。
◇◇◇◇◇
六畳ほど、座敷の個室。
掘りごたつの食卓には、白い布を被せられた食器が見えた。
石畳の街並みと洋風の暮らしを思うと、いささか和洋折衷に思える。
ただそれはこの作務衣エプロンを着た時から思っていたことではある。
ワヒドマが布を外すと、そこには、から揚げ、枝豆、エイヒレ……それからやけに大きなイカ焼きが並んでいた。
「……居酒屋?」
首を捻ると座敷の奥を勧められ、とりあえず各々席に着く。
悠太とネピテルが並んで座り、対面するように金髪、マッチョ、プードルの順に座った。
頃合いを見計らって、糸目の店主がジョッキビールらしきものを人数分テーブルに置いた。
ゲームやアニメでしか見たことがない、木と金具のジョッキである。
「ではごゆっくり。お話は後で聞かせてもらいますからね」
「わかったわ。朝から悪いわね」
ツーカーっぽい言葉を大男と交わして、イトネンは再び襖を閉めて退室した。
「さ・て・と、とりあえずは乾杯かしら? 二人とも、改めてギルド入団おめでとう!」
勧められるがままジョッキを手に取り、ガチンと突き合わせる。
酒の匂いはしないが、見た目は完全にビールである。
「お子様共のは麦芽酒風味のジュースだ、安心して飲みな」
この世界でも未成年の飲酒はご法度のようである。
やけにジョッキが似合う金髪女に促され、口を付けると、なるほどノンアルコールビールの味であった。
「にっがい……ボクこれヤダ。水水」
舌が幼いネピテルは早々にジョッキを脇に追いやり、水をごくごくと飲む。
子供っぽい様子を眺めながら、ワヒドマはドンとジョッキを置いて話し始めた。
「さ、それであんた達、晴れて冒険者になったわけだけど……まあ、ランク1だけどね」
「ぶはっ!」
少女が吹き出した水が悠太の顔面に直撃する。
「きったねぇなおい!」
「は!? 何でボクがランク1なのさ!」
そういえば伝えていなかった。
黒雷の少女及び魔王との一戦の後のことである。
白い軍服に身を包んだギルドマスターが乱入してきて、二人のメダルのほとんどは奪われてしまった。
「ボクあの時いっぱいメダルをモゴォ!」
叫ぶ口に太いイカの串焼きがぶち込まれる。
ぶち込んだマッチョは頬杖をついてにっこり笑った。
「ま、遠慮せず食べなさい? 美味しいでしょ? 一度口にしたらやみつきになるわよ」
串から太い指を離す。
ネピテルは抗議の目線を浮かべたままだが、ゲソ焼きを吐き出すことなくモゴモゴと咥えている。
「……美味い、のか?」
「モガ」
なかなか人道的な猿轡である。
「まあ終わり間際にサーバちゃんに襲われたのは運がなかったわね。
それでもユータ君に最低限のメダルを死守してもらったんだから、少しくらい感謝なさい?」
ネピテルはじっと悠太を睨んで、ぷいと顔を逸らす。
少年は溜め息を吐いて視線をワヒドマに戻した。
「それで、そのランク1の俺たちに何の用で?」
「最初だもの、ギルドの説明よ。親切でしょ」
ウインクするリーゼントはエイヒレを口に放り込むと、まさかの呑み込んで説明を始めた。
「――まず、入隊試験の日にサブマスターから説明した通り、ギルドの冒険者にはそれぞれ実力に見合ったランクが設定されるわ。これ、ギルド章兼『ランクタグ』ね」
二人の前に銅のタグが置かれる。
一般的には首元に付けるとのことで、ワヒドマのラテン風に立てられた襟には、金色のタグが付いていた。
「あんた達のランクは、まあ色々思うところもあると思うけど1からスタートよ。
今後はランクに応じたクエストを受けてもらうことになるわね」
何やら始まったチュートリアル。
悠太が横目にネピテルを捉えると、目は不満げなまま、口は一心不乱にイカ焼きを食んでいる。
「うちで受けられるクエストは、未開の地の開拓、未知の魔導具の捜索、魔導具の素材収集、各地の哨戒よ。
それらの報告をもって報酬を受け取ることで、冒険者たちは暮らしているの。
まあ、あんた達の場合、プラスこの店で働かないと破産しちゃいそうだけど」
曰く募集文に小さく書いてあったという賠償責任。
悠太たちは決して納得した態度は見せなかった。
恐らく意図的に、批判をかわすように、説明は続けられた。
「ちなみにランク1のクエストだと、各地の哨戒がほとんどね。冒険というより探索に近いわ。
地形の状況確認に行って、ついでに街で使う魔導具の素材やらを集めたり、繁殖し過ぎた魔物の駆除なんかをお願いされたりするの。
魔物と言っても強くたってウルフ程度の相手しかいないから、多分あんた達の敵じゃないでしょうね」
「モガぁー!」
言わんとすることはわかる。
「『だったらもっと上のクエスト受けさせろ』と申しております」
多分。
「ダーメ、あんた達の実力は買ってるけど決まりは守ってもらうわ。
上のランクのクエスト受けるには、試験クエストに合格すること。
試験を受けるには現ランクのクエストを五回連続して成功させる必要があるわ」
「……なるほど、了解です」
元の世界ではそういうゲームも遊んだことがあるので、仕組み自体はすんなりと呑み込めた。
勿論、色々と思うようにはいかない歯痒さはある。
だが、指針はできた。
とりあえずは帰る方法が見つかるまでクエストを重ねてランクを上げる。
途方もないのだろうが、やるべきことが決まったのは悠太にとって大きな進歩であった。
決意を新たにしようとする彼の隣で、ネピテルがイカ焼きを咥えたまま喋る。
「……モガモガ」
「もっと感情込めてくれないと訳せねぇぞ流石に」
「もうイカ焼き外してあげてもいいわよ」
外すも何も、彼女が吐き出せばいいだけなのだが。
悠太が手を伸ばしてやると、ネピテルは拒絶して一心不乱にイカを頬張る。
ハムスターのような顔になって数秒、かなり大きな塊を飲み下した。
ゲップ。烏賊臭い。
「けぷ……で、建前はもういいから、本題入りなよ。もう話の腰折らないからさ」
黒髪の少女の発言は、少々意外な言葉であった。
きょとんとした様子の悠太に気付いて、ネピテルは肩を竦める。
「こんなチュートリアルなんてギルマスが雁首揃えて、個室なんか用意してする程のことじゃないよ。それこそクエストカウンターでやればいい。
ってことは本題があるんでしょ、ギルマス3人が時間を割くのに相応しい本題が」
非常識の塊からまともな言葉が出て、またも悠太はきょとんとする。
「お前、ネピテルだよな?」
「喧嘩売ってんの?」
脱線し始めた話題は、パンパンと叩かれた拍手により遮られる。
「はいはい、じゃあ察しのいいネピテルちゃんのリクエストにお応えして本題入るわね。アシャラ老、あれ出して」
傍らで枝豆の殻を積むプードル顔の老人に声をかけると、老人は「はいよ」と頷いて、食卓の料理を脇に退ける。
取り出したる60センチ程の風呂敷包を食卓に置き、広げると――それは二振りの赤黒い鞘の剣であった。
何か、色合いに見覚えがある。
「『魔王の双剣』じゃ」





