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0-4 -火熊の碧洞-


 悠太とネピテルは二手に分かれた。


 少女は黒髪を弾ませ、真相を追うためカナリーのもとへ。


 少年は学ランをはためかせ森――『火熊(ひぐま)碧洞(へきどう)』――の入り口で集まる数人の冒険者の下へと走った。


 冒険者たちの中には見かけた顔がいた。

 昼間に大騒ぎを起こしたスキンヘッドの大男、それと弟分の細男。

 大男に泣きながら(すが)っているのが悲鳴を上げた冒険者らしかった。

 首元にはランク2のタグが見える。


(すが)りつくな女々しい! 貴様は俺たちを大火熊のもとへ案内すればいいのだ!」


 相変わらずの乱暴な物言いで大男がランク2の冒険者を小突く。

 子分の手にクエストの受注票があることからも、森に入ることは間違いなさそうであった。


 悠太は駆け寄りながら有名らしい通り名を呼ぶ。


「なあ、あんた! ええと……確かバッドアックスさん!」


 大男たちは不機嫌そうに振り向いて、やっぱり顔をしかめた。


「……ちっ、何の用だ」


「お、お前! 昼のランク1!」


「俺にも名前あるんだけど……一応改めて、俺は悠太。あんたたちと同じで、大火熊を探しに行きたいんだ。同行させてくれないか?」


 簡潔に用件を述べると、やはり手下が噛みついてくる。


「ふざけんな誰がランク1の足手纏いなんかと! ただのまぐれで調子付きやがって、今度は俺様が……」


 荒々しい剣幕のまま魔導書を取り出した手下を、太い腕が制した。


「え、あ、兄貴?」


「ふん……ついて来たければ勝手にしろ。おらランク2、さっさと歩け!」


 昼間よりも幾分か冷静らしい大男が、案内を急かして森へと入る。

 子分もそんな兄貴分の様子に毒を抜かれ、悠太を嫌そうに睨んでから後を追った。


 ――火熊の碧洞は天然のダンジョンである。


 湿気に(はぐく)まれた木々は高く(そび)え、枝を絡ませて、まるで洞窟のように空を覆う。

 地面が乾くことはなく、苔とキノコ、ドクダミのような草が敷き詰められている。

 中途半端な高さの茂みがない分、視界が完全に妨げられることはないが、常に(かすみ)がかっていて見通せる距離は長くない。


 枝に阻まれた月光が、(かすみ)に溶けてやんわりと獣道を照らす。

 苔蒸(こけむ)した匂いが鼻につく。

 ぬかるんだ地面の上を、滑らないように、しかし足早に向かわねばならなかった。


 先行する大男が緑の岩に足をかけ、ぽつんと声をかけた。


「……ボリスだ。こいつは弟のレニー」


「兄貴! こんな奴に!」


 名乗るなと言いたげな口はボリスに塞がれた。


「ふん、ランク1と2はそう呼べばいいが、俺たちは二人ともランク3だ。咄嗟の時は名前か通り名で呼べ」


 もう通り名は呼ばなくて良さそうである。


「はいよ、了解だボリスさん」


 ランクの重要性をいまいち実感していない悠太は呆れながら返す。

 確かに咄嗟の声掛けは重要と思ったので、更に先を行く男性にも声をかける。


「そっちのあんたの名前は?」


「ぼ、僕か? 僕はツィーハオ……」


「そっか、ツィーハオさん、頑張って大火熊のところへ行こう」


 彼は相棒を残し逃げてきたという。

 助かる目を出す為にも急いだ方がいいと、足を速めた(そば)から「静止しろ」とボリスが告げる。


 息を潜め、彼の指差す前方に目を()らす。

 (きり)がかった夜の森に、橙色(だいだいいろ)が揺らめいた。


 火熊を仕留めるなら夜。

 その理由がこれであった。

 文字通り炎を(まと)う熊は、夜のほうが見つけやすい。

 先んじて相手を発見できることは、クエストにおいては大きなアドバンテージであった。


 ――しかし、アドバンテージがあることについては相手も同じであった。

 急ごしらえのパーティ、無防備な自己紹介の会話は魔物の耳にも入っていたのかも知れない。

 橙色がゆらっと大きく揺らぐ。

 すると、苔のついた岩にベチャリと何かが投げつけられ、緑が赤に染まった。


「あ、あ……」


 飛んできたのは、人間の手首であった。

 手首から先は、ついていない。

 ツィーハオがそれを拾って(うずくま)った。


「ああ、糞、ちくしょう……この指輪、デックの手だ……」


 これも、そんなに珍しくないことらしい。

 悠太はそう理解している自分に嫌気がさした。

 人の死が遠かった元の世界の日々が、既に懐かしい。


「来るぞ! ランク1、2は下がれ!」


 ボリスの合図と共に、もう直前まで迫っていた巨大な火熊が、咆哮をあげた。

 咆哮が霧を散らし、その姿が明らかとなる。

 揺らめく陽炎(かげろう)の中で上半身を起こし、()りあがっていく影。


 肩口から腕にかけて炎を纏った見上げる程の大熊。その体長は、ゆうに5メートルを超えていた。


「でかい……! 遂に見つけたぞ大火熊ぁ! レニー!」


 開戦の一撃を任されたレニーが魔導書を開く。

 すると彼の周囲にぶわっと青く光る粒子(りゅうし)が散らばった。


 魔法の合図である。


「おうよ兄貴! ステイ『解放(リリース)』、コール『水ノ槍(アクアランス)』!」


 流れるように()()()呪文を読み上げると、青い粒子が水の槍となって火熊の足元に突き立てられる。

 それほどダメージを与えた様子はないが、火熊が大きくバランスを崩した。

 見れば仁王立っていた熊の片足が付け根までドプリと埋まっている。

 水の槍が熊の足元の泥を更にぬかるませたらしい。


「よくやった!」


 迅速(じんそく)な魔法で作った隙に、大斧を振りかぶったボリスが突進する。

 ぬかるみの(ふち)で足を踏ん張り、遠心力に任せ、斧刃を身動きの取れない熊の首元に叩き込む。


「ぐ……むむ!」


 しかし、踏み込みが浅かったのか、熊の皮膚が厚いのか、渾身の一撃は断末魔には繋がらない。

 低い唸り声と共に、熊は首元の斧を地面に押さえつけようと掴む。

 ボリスは真っ向から力比べに応じた。そうして作った時間で、レニーが再び魔法を唱える準備に入る。


 昼間はよくわからなかったが、この兄弟の連携は上手く取れている。

 ランク3は伊達ではなかった。

 自分も手助けをすれば勝てると、悠太が前線に出ようとしたその時であった。


「……違う」


 悠太に背を(さす)られていたツィーハオが呟いた。


 何が違うのか尋ねる間もなく――その獣は、踏み潰された。


「あんな小さい奴じゃないんだ……俺たちが出会ったのは」


 そう、踏み潰されたのである、()()()


 ズシンと、突き上げるかのような振動が四人の身体をわずかに浮かせた。

 たった今まで強敵として立ちはだかっていた火熊は、巨大な両腕で抑えつけられ、消えそうな灯と吠え声で必死に抵抗する。

 それも胴体に牙が突き立てられると、肉の裂ける音を最後に消えてしまった。


「こいつ、炎を消して、待ち構えて……?」


 その熊は、火を灯していなかった。

 口は目下の火熊をくわえられる程に大きく、前足から肩口までの高さは、周囲の樹高(じゅこう)とほぼ同じであった。


 立ち上がれば間違いなく、木々の背をも追い越す巨体。


 それは絶命した火熊をしばらく(むさぼ)ってから、顔を上げた。

 全く身動きを取れなかった冒険者たちは、ようやく「逃げる」ことを思い出した。

 月光を反射する目がこちらを向いて、無表情な獣の顔が、彼らを見詰めた。


「――クソがぁ!」


「兄貴!」


 ボリスが不運であったのは、それと位置が近かったことであった。


 単に背を向けて逃げ出すには近すぎる間合い、ランク3の冒険者が下した判断は一撃離脱(いちげきりだつ)であった。

 大斧を太い獣腕に突き立てて、飛び退いて距離を取る。


 飛び退いた彼は、空中で丸太のような爪に薙ぎ払われて、悠太の隣の樹木に叩き付けられた。


 ボリスが幸運であったのは、悠太の近くに吹き飛ばされてきたことであった。


「……よし、よし逃げるぞ! 二人とも走って!」


「そんな、でも兄貴気絶しちまって……」


 大斧を扱うボリスはそれに見合う体格であった。

 そんな彼を、学ランの高校生が軽々と担いで見せる。

 レベルによる身体能力上昇の効果であった。


「これでいいだろ?」


「お、お前、一体……」


 錯乱するレニーの言葉は、咆哮に掻き消された。


「せめてボリス(この人)をネピテルに預けるまで……鬼ごっこだな」


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