3-24 閉幕! カージョナギルド入団際!
折角の大団円を台無しにするように――沈む太陽を背に、うねる鞭が舞った。
ピシッと鋭い痛みが走って、ネピテルを抱く悠太は、雲鼠ごと打ち落とされる。
鋭い鞭捌きが悠太とネピテルの首から下げられたメダルを切り離す。
生きているかのような動きで全てのメダルを絡め取った鞭が、持ち主の手に戻りそれらを捧げる。
どたどたと墜落して、痛む胸を抑えつつ顔を上げる。
「ユータ、マグちゃん大丈夫!? ちょっと貴女、何するのよ!」
駆け寄ってきた赤毛の少女、ライチ・カペルに気を失った少女を預け、悠太はよろよろ立ち上がる。
身体はずっと限界。
眩暈が酷く、意識が朧気である。
「誰だ、アンタ……それ、返せよ」
「んー?」
他人事のような返事でメダルを弄ぶのは、切れ長の流し目で彼らを伺う、白の軍服に身を包んだ女性であった。
真紅の糸のような長髪が、青みを増していく夕暮れを受けて紫に染まっていく。
試験の入団条件は、日没までにメダルを1枚でも所持していることである。
「なぜ自分が貴様らの主張を呑まねばならんのだ。規則通り挑めばよかろう。
この、『調教師ギルドマスターのサーバ』にな」
ここにきてギルドマスターの参戦。
折れそうな心を奮い立たせ、悠太は傍若無人な女へと向かい合った。
日没まで、もう数十秒も時間は残っていない。
このままでは悠太の帰還も、手伝うと約束したネピテルの復讐までも頓挫してしまう。
だから、負けられない。
戦わなくては。
満身創痍の脚に力を込める少年を嘲笑うかのように。
「ふん、さらばだ」
言って、軍服女は背を向けた。
「は?」
目を疑った。
彼女はたった今の会話がありながら、一目散に逃げ出した。
メダルの争奪戦という趣旨を考えれば至極まともな選択肢にしても、それにしてもあんまりである。
悠太にはステータス画面がある。
戦えば万一の可能性があるのである。
否、絶対に勝って取り返さなければならなかった。
「くそ、くそ! 待て! 戦えよ! 返せ!」
無情にも、太陽の赤色が地平線に潰れていき、線になる。
日が、沈む。
絶望が過ったその時、ウェーブのかかった金髪が靡いた。
「何してんだてめえはよ! 空気読めや!」
逃げる軍服に、サラーサ・ヴェルナーのドロップキックが炸裂した。
その手から零れたメダルを二枚、彼女は掴んで悠太とネピテルに投げつけた。
――メダルを受け取ったライチがそれを少女の胸元に置いた頃、太陽は、ゆっくりと地平線へと沈んでいった。
悠太は寸でのところでキャッチしたメダルを胸に、ひたすら動悸を落ち着かせようとしていた。
藍色の空に青の粒子が集まると鏡面が浮かび、映像が映し出された。
こじんまりとしたおかっぱの地味な女性が映り、一生懸命に大声でアナウンスをする。
「えと、宴も竹縄! 終了時間がやってまいりました!
只今をもちまして、ギルド入団祭、冒険者ギルドの入団試験を終了します!
各自、現時点で所持しているメダルが、入団後のランクとなります!
巡回のコウモリちゃんたちが記録してるので、以降交換したり譲渡したりしちゃ駄目ですよ!」
長かった戦いを終わらせる声。
悠太はたった一枚残ったメダルに視線を落とした。
「――何をするのだ!」
視界の端で恨めし気な声が激昂した。
金髪の姉後肌、サラーサと、先の軍服女であった。
「何をするのだじゃねぇんだよ! てめぇも一連の流れ見てただろうが!」
「見ていた! だから魔剣亡き今、メダルの狙い目だと!」
「そうじゃねんだ! 今のは見守る流れだったろっつってんだよ!」
「知らん! 調教師ギルドはな、奪ったメダルの数だけ雄牛を貰えるのだ! イトネンと話をつけたのだ!」
「んなことの為に前途ある若者を絶望させんじゃねぇ! どこまでずれてんだよてめぇはよ!」
「牛さんを侮辱したな貴様……そこになおれ!」
「上等だ脳味噌鍛え直してやる!」
傍目にギルドマスター同士の喧嘩を映し、とぼとぼとライチのもとへと戻る。
気を失ったネピテルに膝枕をし、マグレブの白い毛を撫でる彼女は、眉を下げた笑みで見上げてくる。
何故か身に着けたブラウスが所々斬りつけられたように破れている。
目のやりどころに困って、それと何となくばつが悪くて、視線を逸らして謝った。
「その、わりぃ……手伝ってもらってのに、俺、1枚しか」
ライチには女子寮らしき建物から逃がしてもらった恩がある。
サポートを受けたからには、見合う結果を見せたかった。
そうでなくても、彼女に情けないところは、あまり見せたくなかった。
「しっかり見てたよ」
しっかり見られていたらしい。
「格好良かった」
「かっこ……ああ、ははは……」
またも彼女の言葉に救われて、悠太はへなへなと石畳にへたり込んだ。
◇◇◇◇◇
薄暗がりとなった大通りを、炭色の雲鼠が駆け抜ける。
どういう原理か駆け抜けた箇所から街灯が灯っていく。
迷惑な祭の終幕を感じ取ってか、店々にもちらほらと明かりが点きだした。
夜の姿へと変貌した首都の背景から、パチパチと拍手が聞こえて振り向いた。
「おめでと。二人とも合格よ。ランク1だけどね」
撫でつけられたリーゼントと口紅と服が、街灯に照らされ一層派手になったギルドマスター、ワヒドマが立っていた。
その後ろには獣頭の老人が、大きな籠に山積みの黒い塊を積んでついてきていた。
それが魔剣の欠片だと気付いて、悠太は少し警戒した。
早々に欠片を集めきっているということは、魔剣の価値を知っている者、つまりはネピテルの背景を把握しており、捕まえようとしている者の可能性があった。
「さて、その子本人から直接聞いたかしら?
この魔剣とね、その子には北の国から確保・引き渡しの依頼が各国に寄せられてるのよ。
要は指名手配されてるわけだけど」
嫌な予感はよく当たる。
「アタシたちもね、一応カージョンの看板背負ってる立場だから、見逃したなんてことになったら国際問題なのよね」
もう疲れ切っているのに、もう一戦必要かもしれない。
それに、冒険者ギルドがそちら側なら、折角受かったこの試験結果も蹴らなければならないことも考えられた。
恐る恐る画面を浮かべようと構えた手が、震える。
すると次の瞬間――悠太は既に肉の壁に包まれていた。
耳元に肉厚で艶やかな声が響いた。
「でもそんなの関係なーい! アンタたち可愛すぎぃ!
んーっま、ちゃんと冒険者ギルドで面倒見てあげるわーん! 一生ついてこいやぁ!」
頬にがっつり口紅を付けられて、悠太はライチ、ネピテル、そしてマグレブごと抱き上げられた。
そして締め上げられた。
ぱんぱんに膨れた筋肉は、岩のように固くビクともしない。
「く、苦し……」
「魔剣のことも安心していいわよぉ。この偏屈魔導具マニアの爺さんが渡すわけないもーん」
ギリギリと。
「死ぬ……お、おいマグレブ? マグレブしっかりしろ! 泡吹くな!」
「ほっほっほ、この『魔導具職人ギルドマスター、アシャラ』。
少々散歩に出ておりますれば、綺麗な石を沢山見つけましてなぁ。
これはこれは、良い魔導具に生まれ変わりますぞぉ」
ギリギリと。
「ユータ……私、もう……」
「ライチ諦めんな!」
「そんなわけだからね、アンタたちは心配しないで今日はお寝んねしてオーケーよぉ!」
ギリギリギリと、締め上げられる。
「あのもう寝んねしてる子いますから!
ネピテルとかもう危ういから、口から何かが召しつつあるから!」
必死にタップして抗議するも、もはや抜け出す術はなかった。
そして、この忙しい中、夜空にきらりと空色の粒子が舞って、能天気な声が降ってきた。
「あ、ヤマダにゃ。お疲れさまーにゃ!」
どこか猫を連想させるパジャマ姿の不思議な幼女。
「お祭り上手くいったかにゃ?
ワッヒーにベアハグ喰らってるってことは上手くいったにゃ! やったにゃ!」
「……サマーニャ……助け……」
「ミーはこれからハンサ君の奢りでぷはっとやってくるのにゃ。良い出会いがあったって上機嫌だったにゃ!
イト姐のお料理も出るにゃ! 良い包丁拾ったって上機嫌だったにゃ! ワッヒーたちも来るといいにゃ」
「そうね、そうするわ。やっぱ打ち上げは大事よね! あ、でもごめん、うふふ」
「どうしたにゃ?」
「この子たち、疲れて寝ちゃったみたい。ベッドまで運んであげないと」
「子供みたいにゃね」
「ええ、そうね。こんな子供たちが育って、旅立って、世界を解き明かす。いいわね、冒険ね。
こういうドラマチックな出会いがあるから、この祭は止められないのよね」
愛おしげに気絶した腕の中を見つめるワヒドマに頷いて、サマーニャは光の弧を描いて夜空に舞った。
「そうにゃ、この街は素敵な出会いがいっぱいにゃ!
その数だけもっともっと素敵な街になるにゃ!
だから明日も、もっと素敵な街になるのにゃ!」
首都のオレンジ屋根は、月明かりと街灯りを受けて焚火のように、穏やかに、夜を照らした。
ある者は祭の勢いそのままに、ある者は祭の終わりを確認して慎重に、夜の喧騒へと加わっていく。
いくつもの壮絶な出会いの果て――新しい仲間を迎え、カージョナの夜は更けていった。
◇◇◇◇◇
▼レベル28に上がりました。
▼――ギルド入団祭をクリアしました。
用語辞典
『魔王の大剣』
5年前、エルナインへと攻め込んだ魔王サタンの片角から打たれた大剣の魔導具。
素材に残る残虐性を最大限に活かす為、あえて岩石を切り出したような武骨なデザインにしている。
その為、斬るというよりは叩き潰すことに特化している。
刀身より迸る黒い雷は、エルナインにて観測される5属性のマナのいずれにも当てはまらず、魔界由来の力とされている。
技の合間に発生する充填時間がほぼなく、連続で技を使用することができる。
様々な意味で規格外な魔導具。
確認されている技は以下の4つ。
「傀儡界雷」刀身に触れた者の身体に電気信号を送り、強制的に操ることができる。
「円環渦雷」大剣に纏わせた雷を渦巻かせ、竜巻を巻き起こすことができる。
「砲雷」大剣の切っ先に向け、黒雷の奔流を撃ち出すことができる。
「始源・砲雷」威力を増した砲雷。戦いの中で段々と意識を覚醒させていった魔王の切り札。
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