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3-21 魔剣

 

 六時街(ろくじまち)――店先が睨み合う大通りに、夕日が射し込んだ。


 相対する少年と少女の人影が細長く石畳(いしだたみ)に伸びている。


 (あかね)色が、よく映える黒髪だと思った。

 金色の瞳は、不機嫌そうに悠太を睨んでいる。

 先程まで軽々と大剣を操っていた包帯だらけの四肢(しし)は、今は弱々しく大剣に支えられている。


 悠太はサラーサから預けられた10枚分相当というメダルを胸に、今にも倒れそうな少女を睨み返す。


 無警戒には踏み出せなかった。

 出会って早々の襲撃、その剣閃(けんせん)はバビルーザのツタや傭兵(ようへい)少年のトンファーを(しの)ぐ速さであった。


「大丈夫だ。しばらくあっちからの攻撃はねぇよ。まあ、迂闊(うかつ)に飛び込めば俺の二の舞だけどな」


 大剣の一撃を受け、壁にもたれる金髪の女性、サラーサ・ヴェルナーが声をかけてくる。

 お腹を抑える姿勢は(つら)そうであるが、ハスキーな声色にはまだ余裕があるように聞こえる。


「あんたまだ戦えるんじゃ……」


「手負いの女の子に戦わせるとかお前鬼畜(きちく)だな」


「だから女の子って歳じゃ……」


「そろそろ気を抜くな。あいつから目を離すんじゃない」


 声のトーンが落ちる。

 うって変わって有無も言わさない雰囲気を作られ、悠太は慌てて従った。


「そのまま聞け。

 あの『魔王(まおう)大剣(たいけん)』はそんじょそこらの魔導具とは、格が違うみてぇだ。

 まず、マナの充填時間(リチャージ)はほぼない。ぶっちゃけ、技は使い放題と思った方がいい。

 今あいつが攻撃の手を(ゆる)めているのは、ガキの身体の方を休めてるんだ」


「じゃあ、チャンスじゃない、ですか? 今ならあいつ剣を振るえないんじゃ……」


「さっき言ったろ。ありゃ使い手の身体を(むしば)む武器だ。

 あいつが剣を振るうんじゃない。剣があいつに振るわせてるんだ。

 飛び込めばガキの身体ぶっ壊してでも抵抗するさ」


 悠太は目を離さないまま、生唾を飲み込んだ。


「坊主、魔導具を相手にするのは初めてか?」


「言われてみれば。自分で使ったことはあるんですが」


 使うのには慣れてきたが、相手にするのは初経験である。


「なら技名(わざな)だ、技名をよく聞け。魔導具の技名は令歌と同じだ。

 何をするか、どんな技かは名前から推測できる。

 あいつの技で確定しているもの……一つは『円環渦雷(えんかんうずらい)』。

 さっきのバカでかい雷の渦だ。多分、使い手自身を巻き込まねぇように至近距離じゃ使ってこない」


 なるほど名は体を表すわけである。

 思えば悠太の篭手(こて)御技(みわざ)も名前そのままの動きをしている。


「そんで厄介なのが『傀儡界雷(くぐつかいらい)』ってのだが……お、そろそろおっ始めるってよ。

 いいか、始まったら俺はこのモヒカン野郎を連れて隠れる。お前一人だ、いいな?」


「え、マジすか」


 またも無茶を押しつける声が示す通り、黒髪の少女は深く息を吐くと大剣を地面から抜き、(つか)と刀身を持つ。


傀儡界雷(あの技)は恐らく、刀身に触れた者を雷で操る御技だ……自他問わず、無理矢理な」


「そっか……人の身体は、電気信号で動く」


 思わず呟いた。

 スポーツ漫画だかテレビの競技特集だかで聞いたことがある話である。

 大きな剣をネピテルが細腕で振るえることも、刀身に触れた途端にサラーサが降伏の姿勢を強要されたことも、黒い雷によって筋肉が操られたせいと見て間違いない。


「流石、魔王の剣、武器になっても全部従えたいってか」


「それともう一つ……確信はねぇが。切っ先を向けられたら気を付けろ」


「切っ先? それってどういう」


「ちっ、悪いが頼んだぜ」


 殺気が増した。

 サラーサが、顔をしかめながらモヒカン男へと肩を貸した。

 少女の身体を赤黒い雷が走り、長髪の毛先が静電気で広がった。


 悠太は、()()()()()()()()()()()()()()


 ――脳裏(のうり)に、昔一度だけやったゲームの記憶が(よみがえ)った。

 それはやたら難易度の高いロールプレイングゲームで、ボスキャラが開幕に即死技を使ってきたり、何気ない技の威力が凄まじかったり、HPが異様に高かったりと、とにかく心が折ることに終始しており、クリア後は二度と手をつけることはなかった。

 そのゲームをクリアして悠太が学んだこと、それは強敵相手には、とにかくなりふり構わないこと、使えるものは全てを使い切ること、そして諦めないこと、いわゆる全身全霊という言葉であった。


「……この画面、人に向けたくねぇけど」


 人の想いを考慮してくれるほど、少女は甘くなさそうである。


 ――視界の先でバチっと黒が光って、耳元でガキンと音がした。


 左側面。

 見てからでは間に合わない神速の一撃が(はじ)かれたところであった。

 博打(ばくち)でステータス画面を配置して、空いた方向を篭手で守るしかなかった。


 即座に画面を消して、大剣に手を伸ばす。

 体勢を崩している内に、画面で剣を壊してしまおうと思った。


「さっきといい今といい、何か不思議なことしてるね、見えない壁?」


 ネピテルの体幹(たいかん)はその身を走る雷に弾かれ、崩れた体勢から無理矢理に回転すると逆側面の脇腹へと大剣を叩き込んで離脱した。


「がふっ!」


 決して軽くない一撃に、悠太は膝を付いて、それでも視界に少女を映し続けた。


「何か色々と話してたようだし、『傀儡界雷』のことはわかってるんだよね?

 にも関わらず手を伸ばしたあたり、大剣(これ)を奪い取る算段でもあるのかな?」


「……げほ、さぁな」


 次はどこに画面を配置しようか。

 悩ませようとした脳細胞から、警鐘(けいしょう)が鳴った。


 次も少女が同じ攻め手を仕掛けてくるとは限らない。

 たった今、悠太の狙いを警戒したばかりなのに距離を詰めてくるであろうか。


 見れば包帯の細腕は刀身を地面に平行に突き出し、切っ先をこちらに向けている。


 ――切っ先を向けられたら気を付けろ。


 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()悪寒(おかん)が走った。

 悠太は慌てて前方に画面を二重に並べ、木の集歌(魔法の準備)を叫んだ。


「――『気高き(みこと)よ』! ええと、『連れ子と流れ烏兎(うと)流れ』――」


 集まる緑の粒子の向こう側、金色の双眸(そうぼう)が標的に狙いを定めた。

 大剣が、激しく赤く黒く邪悪に発光した。


「貫け――『砲雷(つづみかずち)』」


 まずピリッと(しび)れを感じた。

 聴覚がノイズがかった不快感を覚えた。


「『赤子のくぐる大輪(たいりん)の』……」


 ノイズの中、可能な限り集歌を続け、そして――真っ黒の衝撃が訪れた。

 黒い閃光があっという間に視界を包み、全身がバラバラになりそうな電撃の奔流(ほんりゅう)に押し飛ばされた。

 まるで雷の大砲、というかもはやSFに出てくるような荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)である。


 手足が焼ける、息ができない。


 ……思えば、サラーサが操られる直前、彼女は刀身を押し退けるように手を当てていた。

 あれは悠太たちに向けられた刀身がこの御技を放つことを予期していたのであろう。


 ()()()()()()()()()()()のであろう。


「ぐ……コール……『治癒(ヒール)』」


 うわ言のように呟くと、緑の光が何とか意識を繋ぎとめてくれた。


 回復した視界に映ったのは、直線状に(えぐ)り取られた石畳。

 その(あと)の先には大剣の少女。

 後ろを振り返れば閃光が家屋の間を抜けた跡がある。


 半端な『治癒(ヒール)』では治り切らなかった火傷がいくつもあり、服の下からもれなく激痛を与えてくる。

 物理的な実体のない攻撃では、ステータス画面も防ぎようがない。

 

 宙に浮かぶ画面は、HPのゲージが回復して尚、半分以下であることを告げていた。

 刀身は未だに悠太へと照準(しょうじゅん)を定めている。


「この技は防ぎきれないらしいね」


 お気に召したらしい。

 悠太にはもう集歌を唱える余裕はなかった。


 その分の集中力を全導入して、必死に攻略法を考える。

 頭の中を探して、景色の中を探して――石畳の上の銀色を見つけた。


「遠距離攻撃持ちが、お前だけだと思うなよ!」


 悠太は魔導具『大蔦豚(おおつたぶた)篭手(こて)』を装着した右腕を突き出す。


「『四蔦縛(しちょうばく)』!」


 篭手から四本のツタが伸び、三本がネピテルに襲い掛かり、無惨に()ぎ払われる。


「こんなものにボクが捕まるとでも?」


「いいや掴まえたぜ、()()()をよ」


 残る一本が縮んでそれを引きずってくる。

 カラカラと引き寄せたのは、サラーサが落とした銀色の大金鎚(おおかなづち)であった。


 遠慮なくその長い(つか)を手に取る。


 すると――不思議なことが起こった。

 それまで付けていた篭手が、なんとパッと消えてしまったのである。

 影も形も、まるで最初からなかったかのように、消えてしまった。


「え」


 遠慮(えんりょ)願いたい。

 恐らく新しい仕様、何らかの条件を満たしたのである。

 新しい仕様を土壇場(どたんば)で放り込むのは、心底遠慮(えんりょ)願いたい。


 行方を探す暇はなかった。

 既に刀身は悠太に狙いを定めていた。


 考えるのは後回しであった。


「ふん、金鎚(そんなの)持っても変わらないよ。もう一度……消し飛べ、『砲雷(つづみかずち)』!」


「く、確かサラーサさんは……」


 思い返した光景は金鎚(かなづち)を振り上げるパワフルなバンダナの女性。

 見よう見まね、悠太もパワフルに叫んだ。


「『(がん)(しょう)(へき)』!」


 鎚を地面に叩きつけた瞬間、頭がズキリと痛み、野蛮な声が流れ込んでくる。

 ――ぶっ潰せ! 矮小な蟻共を!

 大蔦豚の篭手同様、魔導具の素材が、生前の愉悦(ゆえつ)渇望(かつぼう)している。


 (だいだい)色の(マナ)が弾けて、(つち)を中心にドゴンドゴンと分厚い岩の槍がそびえ立った。

 それは堅固な壁となり、同時に(とどろ)いた雷撃を防いで見せた。


「危ねぇ……だけど、これで……」


「ボクを攻略できたつもり? 甘いねぇ」


 涼し気な声が岩肌の向こうから聞こえ、次の瞬間――横一閃、岩の尖塔(せんとう)は叩き壊された。

 魔剣は少女に限界を超えたパワーを与えている。

 瓦礫(がれき)の舞う視界で、金色の眼は振り抜いた大剣を挑発的にまた悠太へと向けた。


 歯噛みして、もう一度技名を叫んで金鎚を振り下ろす。

 岩障壁(がんしょうへき)は、発動しなかった。


「……マナの再充填(リチャージ)が」


 魔導具は通常、技を繰り出すために一定の充填時間(リチャージ)を要する。

 ――魔王の魔導具を除いて。


「貫け――」


 処刑宣告に近い技名が叫ばれるより前に、一歩、強く踏み込んだ。


 金鎚の柄先ギリギリを持った片手を最大限に伸ばして、振り上げる。

 テコの原理を考慮すれば、とても常人が長物を振り上げられる体勢ではない。


 が、レベルによって強化された身体は、大剣の切っ先を小突き上げることに成功した。


砲雷(つづみかずち)――って、何だよその馬鹿力……!」


 射線が跳ね上げられ、黒雷は茜空へと撃ち上げられた。


「うっせ、その成りで馬鹿でかい剣振ってる方が馬鹿だからな!」


 接近戦の脅威(きょうい)に感づいている様子のネピテルは、大きくバックステップを踏んで間合いを広げた。

 悠太は無理な体勢で凌いだせいで追撃はかけられなかった。


 仕切り直し。

 少女の細腕に巻かれた包帯に、血が滲んだ。


 それでも少女が剣を構えるから、少年も武器を構えなければならなかった。



◇◇◇◇◇



 ――少し離れた商店の屋根の上、二人の攻防を眺めながら金髪のサラーサは口笛を吹いて()せた。


「げほ、やるじゃねぇかあの坊主。俺の『岩窟像(がんくつぞう)鉄鎚(てっつい)』を利用した上、結構使いこなしてやがる。

 ……嬢ちゃんもそう思うだろ?」


 言葉を向けた先には、応急手当をされたまま気絶するモヒカンの男……の横に降り立った雲鼠(ミルキーマウス)がいた。

 その背から降り立った赤毛の少女は、臙脂(えんじ)色の上着を腰に巻いていた。

 所々破れた服が目を引くが、今日に限っては気にされることはなかった。

 彼女は眼下の攻防を見守りながら、焦ったような不安なような声をかけた。


「ユータ……あの、私あそこで戦ってる彼とは知り合いで……あれも入団祭の対戦、なんでしょうか? なんか危なそうな雷が……」


 まだ状況を把握しきれていないライチ・カペルは、胸に手を当てて冷静に努めようとしていた。

 しかし伸びているモヒカンの男が、深刻そうな状況を物語っているせいで鼓動(こどう)は早まるばかりであった。


「彼氏のことが心配ってか?」


 至って呑気(のんき)そうに振る舞うサラーサに彼女は少しむっとしつつ言葉を返した。


「知らないならいいです。不穏な気配がする……助けに行かないと」


「待ちな」


 今度は真剣な声のトーンで、サラーサは勇み足のライチを止めた。


「嬢ちゃんの勘は当たってる。

 ありゃ街のイベントにしちゃちょいと禍々(まがまが)しい代物が絡んだ戦いだ。

 ……だからこそ、想いだけで突っ込むな。

 今あの坊主は自分のことで精一杯だよ。守るものが増えると不利になるぞ」


「……黙って、見ていろと?」


「そうだ。まあ万が一ってことがないように周りでギルマスが目を光らせてる。安心しな」


 未だにズキズキ痛む腹のことは隠して、サラーサは首を(めぐ)らせた。

 視線に従って周囲を見渡すと……首都のオレンジ屋根の上、遠巻きに観戦するいくつかの人影が見て取れた。


 腕組み睨みつけている軍服の女性。

 毛むくじゃらの(あご)を摘まんでしげしげと観察するプードル族の老人。

 そして、ライチの横にズシンと駆け付けたリーゼントの大男。


 雄々しい髪型と口紅の組み合わせの時点で違和感を覚え、ライチは一歩引いた。


「お待たせサラーサちゃん。あの子がそうなのね?」


 喋り方で二歩引いた。


「来たな主催者。あんたが来たってことは、他は大体落ち着いたか」


「ま、ね。今年はちょっと良い子ちゃんが多くて不作ね。

 あらかたイトネンちゃんに狩られちゃったわ。

 まあ面白そうな子たちは面白そうなところに収まりそうだからいいけど」


「そりゃ重畳(ちょうじょう)。んで、手筈(てはず)は?」


「何事もなければ観察。何事かあるか日没が来たら、一斉に剣を押収かしら。

 シャチちゃんからコウモリ預かってきたから、雷の中でも特攻できるわよ」


「脳筋」


「ありがと。そういうわけだから可愛い子猫ちゃんも彼氏ちゃんの心配しなくていいわよ」


 否定するのも疲れそうなので、赤毛の少女は不機嫌そうに黙ったまま、不安げに戦いを見詰めた。


「あらあの子たち、何か話し始めたわ」


 オカマの視線の先、幾多の攻防を経た二人は、共に肩で息をしていた。


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