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3-19 Black Thunder Girl !!

 ▼やまだゆうた。


 ▼レベル20。


 ▼開放済機能、ステータス画面、イクイップ画面。


 ▼使用可能魔法、『治癒(ヒール)』、『火ノ玉(ファイヤーボール)』、『帰還(リターン)』、『氷ノ鍛冶師(コールドスミス)(シールド)』。


 ▼所持品、大蔦豚(おおつたぶた)篭手(こて)詰襟(つめえり)の学ラン、()り切れそうなスニーカー、メダル1枚。



◇◇◇◇◇



(いま)だ、1枚か……まずいかなぁ、どうだろなぁ」


 時計盤を模した首都(カージョナ)の八時街から七時街を抜けて。

 山田悠太は西日を背負って六時街(ろくじまち)の大通りを歩いていた。

 

 茜に染まった石畳には、昼間同様に無数の影と喧騒(けんそう)が行き来している。

 まだまだ店じまいには早いようで、景気良い呼び込みも飛び交っていた。


 人を隠すには人の中とはよく言ったものである。

 今のところ争奪戦のメダルを狙う襲撃にはあっていない。


「実際、どれくらいメダル取っとくべきなんだろ?」


 人波の中、一人首を(ひね)る。

 悠太が勝ち取ったメダルは、ミザリーと名乗った傭兵ギルドの少年に持ち去られてしまった。

 追跡も考えたが、ちゃっかりとメダルを狙う襲撃者(別ギルド)の多い方向へと逃げた少年を追うことは難しかった。


「……ランク1って、低いよなぁ」


 周囲に見えないように手の中のメダルを見て溜め息。

 とりあえず最初に貰った1枚はキープできている。

 メダル争奪戦のルールによれば、この1枚さえ残っていればギルドの入団自体はできる。


 懸念(けねん)されるのは仮にメダル1枚で入団した場合の待遇(たいぐう)や自由度である。


 入団時のメダルの枚数は入団後の冒険者ランクとやらに直結すると言っていた。

 ランクが高いほど、より高度な冒険への参加が認められるそうである。


 さてランク1で参加できる冒険とはどのようなものか。


 ――元の世界でもギルドに入って冒険(クエスト)をこなしていくゲームはプレイしたことがあった。

 その知識に(なぞら)えるなら、ランク1のクエストは薬草集めや野山の散策など、お使い程度のものというのが相場である。

 少なくとも次元やら空間を超えるような大仕事になりはしない。


 更に言えばここはゲームのような世界であってもゲームの世界ではない。

 意外と現実的かつシビアに、最下位のランクの人間は冒険にすら行けない雑用係にされる可能性だってある。


「それは良くないよなぁ」


 悠太の目的は元の世界、現代日本への帰還。

 あちらで心配しているであろう家族や友達の為にも、可能な限り早く帰りたい。


 であれば、やはりこの入団祭の内に多くのメダルを稼いで、帰還の手がかりになりそうな冒険へと挑みたいところである。


「けどなぁ」


 延々と悩み続ける少年は頭を抱えた。

 メダルを増やすには誰かから奪わなくてはならない。

 不可抗力で返り討ちにしたのならともかく、自分から狩りに行くことは躊躇(ためら)われた。


 メダルを奪うということは、奪った相手の夢や希望をも奪うことだからである。

 それは魔物の命を奪うこととは別方向で精神にくるきつさであった。


「……となれば、ギルドマスターとやらに挑んでみるか?」


 ()()()()()()()による上空からの放送は悠太にも届いていた。

 参加者とは別に、10枚分の価値を持つメダルを保有するギルドマスターたちがいるらしい。

 いわゆる主催側が用意したチャレンジイベントで、メダルを奪ったところで誰も傷付かないのは精神衛生的に良い。

 勿論、勝てるかどうかは別であるが。


 などと考えながら歩いていたからか、前方から駆けてきた通行人とぶつかった。


「わっ、すいませ……」


 謝る間もなく、通行人は駆けていく。

 随分(ずいぶん)と焦っているようであった。


「……って、何だ何だ!?」


 考えに夢中で気付かなかったが、見渡せば往来(おうらい)は結構なパニックで、人影たちは誰も彼もが悠太の横を駆け抜けて逃げていく。

 慌てて建物の中に避難する者も少なくなく……気付けば、あれだけ混み合っていた大通りに残ったのは、悠太ただ一人となっていた。


「あれ?」


 呆気(あっけ)に取られていると、大通りの十字交差点に、また一人の慌てた男が駆け込んだ。


「あいつは……」


 横顔には見覚えがある。

 モヒカンと凶悪な人相、手に持ったダンビラは、半ばからぽっきり折れている。


「確か、何たらバットの」


「てめぇは!」


 交差した視線。

 悠太は男の状態を見てギョッとした。

 吊り上がった眼の片方は見るも無残に()れており、身体もあちこちを()りむいている。

 全身がボロボロであった。


「俺、そこまでやったっけ……?」


 入隊祭開催直後の一騎打ちを思い返すも心当たりはない。

 悠太は腹に一発、会心の一撃を入れただけである。


「ちっ、今はそれどころじゃ、なあもうあんたでいい、助け……」


 のっぴきならない様子の懇願(こんがん)の最中。


 乱れたモヒカンと折れたダンビラが、真横から赤黒く照らされた。

 次の瞬間――脇腹に一撃、男の身体が弓なりにしなって人形のように吹っ飛んだ。


「は?」


 男は店の石壁に打ち付けられ、「カハッ」と赤い血を吐いた。


「おー、よく飛んだねー」


 呑気(のんき)で幼さの残る声色であった。


 たった今まで彼が立っていた石畳(いしだたみ)に、真っ黒な大剣が突き立てられる。

 岩石を切り出したような無骨(ぶこつ)な剣。

 肉厚で金棒(かなぼう)に近いそれは、(ほの)かに赤黒い光を宿していた。


 剣を握るは、包帯(ほうたい)を巻かれた細腕。

 小柄で華奢(きゃしゃ)

 黒いシャツ、黒い短パン、四肢に包帯。

 年の頃は十代前半ほどに見える。


 (ほこり)混じりの風が少女の黒く長い髪を(なび)かせた。

 宝石のような金色の瞳は悪戯(いたずら)っぽく、そして涼し気に、壁にめり込んだ男を眺めていた。


「飛んだって、お前、人を……マジかよおい、ちょっと大丈夫かあんた!」


 悠太は慌てて男に駆け寄った。

 ぐったりと項垂(うなだ)れて瀕死(ひんし)の状態だが、どうやら息はある。


「助げ……あいつ、やべぇ……」


「わかったから喋るなって! おい死ぬなよバッドナイフ! ええと、『気高き(みこと)よ』――」


 息も絶え絶えの男を前に、悠太は治癒を準備する(木の集歌を唱える)


 ――背後から、とんでもない殺気が背筋を舐め上げた。


「嘘だろ!?」


 躊躇(ちゅうちょ)する暇もなかった。

 身体が勝手に振り向き、手をかざしてしまう。

 

 手の平の先数センチに浮かべた白く光る板。

 ステータス画面と呼ばれるその板は、悠太以外には不可視かつ決して傷つくことのない無敵の盾である。


 ガチン――と火花が散って、静電気のような耳鳴りを感じた。

 見上げると、大剣の一撃をステータス画面に(はじ)かれ目を丸める少女がいて、彼女はバチリと音をさせて距離を取った。


「くそ、コール『治癒(ヒール)』。ごめん余裕ないからこれで我慢してくれよ」


 途中までの集歌。

 わずかながら緑の光が弾けて、バッドナイフの表情が少しだけ(やわ)らぐ。


「――そいつ助けちゃうんだ? 君を襲った奴なのに?」


 人を小馬鹿にした声であった。

 目の前の光景をまるで他人事のように言う神経がわからなくて、悠太は睨み返した。


「ああ、襲われたよ、そんで返り討ちにしてやった。それで恨みっこなしだ。そりゃ助けるさ」


 黒髪の少女は首にいくつものメダルをかけ、頭上にコウモリを乗せている。

 どうやらギルドマスターではなく参加者の一人らしい。


「……何でここまでするんだ? こいつはもうメダル持ってなかったはずだろ?」


「そうだね、だからもういいや」


「は?」


「君はメダル持ってるんだもんね、じゃあ君に狙いを変えた方が得だ」


 ウィンクして指さす先は、悠太の首元のメダルだ。


「……つまり、こいつを半殺しにしたのに大した理由はなかったと?」


「まぁ誰でも良かったんだけど、そいつボクのメダル盗もうとしてたんで丁度いいかなって。

 それに意味がないわけじゃない。これも効率よくメダルを手に入れる作戦さ」


「作戦?」


「そ。この通り弱い者いじめは目に余るでしょ?

 だから運営側がこの祭りの体裁(ていさい)考えるなら、いつか止めに入るだろうと思ったのさ。

 例えば、参加中のギルドマスターを差し向けてくれるとかね。

 ギルマスのメダルは普通の十倍の価値だから、是非とも狙いたいってわけ」


 得意げに語る少女は不釣り合いな大剣の(つば)に腕を回し、視線をチラリとずらした。


「だからそのモヒカンにこだわる必要はない。

 次は君をいじめながらギルマス釣りを続けるとするよ。

 安心して。失格になったら(たま)らないし、ちゃんと半殺しで留めてあげるからさ」


「考え方飛躍(ひやく)してるって言われないか? 普通にギルドマスター探すって選択肢ないわけ?」


「どうやってさ。ボクこの街来たばっかなの、ギルマスの顔なんか知らないもん。

 ほらね誘き出すしかないだろ? ボク、間違ってる?」


「少なくとも人としては間違ってると思うぞ」


「君にボクの在り方を()かれる()われはないよ」


 またバチっと音がして、一瞬であった。


 反応のしようもない速度で、少女は視界から消えた。

 ステータス画面は、手をかざさなければ出すことができない。

 その動作すらもさせてもらえないまま、悠太の側頭部に攻撃が迫っていた。


 しかし、衝撃の代わりに響いたのは金属同士がぶつかり合う激しい音であった。


 悠太は鳥肌を(しず)めながら、助けに入ってくれた女性を視認する。

 真っ赤なバンダナから零れるウェーブした金髪が風に舞った。


「こりゃビンゴだな。ふふん、俺の見立てに狂いはなかった。

 ざまぁみろアシャラの爺め、出し抜いてやった」


 大剣を受け止めたのは、身の丈程もある長い金槌(かなづち)(つか)であった。

 細く引き締まった腹筋がうねり、女性は少女を振り払う。


 大きく退()いて、少女は口端を上げた。


「釣れた。あんた、ギルマスさんだね」


「武器職人ギルド、大鍛冶(おおかなち)の『サラーサ・ヴェルナー』だ」


 酒焼けしたようなハスキーな声。

 シャツを縛ったへそ出しルックにくびれた腹筋。

 スリムなデニムに包まれた脚は長く細い。

 整った顔は、石膏像(せっこうぞう)のようだと比喩するには躍動感(やくどうかん)が多い。


 堂々と名乗った金髪の女性は、続いて黒髪の少女へと(あご)をしゃくった。


「で、お前が噂の『ネピテル・ワイズチャーチ』か」


「……ボク誰にも名乗ってないはずだけど?」


「北の方じゃ有名人だろ? 大罪人ってな」


 その一言に、ネピテルと呼ばれた少女は眉をひそめた。


「そういうルートの情報ね。じゃあおばさんも、ボクとこの剣が狙いってわけ?」


 その一言に、サラーサと名乗った女性が眉をひくつかせた。


「おば……ま、まあそんなとこだ」


 悠太は自信を持ってほしいと思った。

 確かに声と雰囲気には世の中の()いも甘いも吸い尽くしたような貫禄(かんろく)があるが、容貌(ようぼう)は十代と言っても通じなくはない気がする。

 失礼な内心が読まれたのか、一瞬だけ流し目が悠太を睨み震え上がらせた。


 苛立ちを(かま)えた金槌に乗せて、サラーサはネピテルへと視線を戻す。


「悪いが()()()は押収させてもらうぜ。

 一鍛冶師として興味をそそるのは勿論だが……野放しにしておくには危険すぎる」


「ふざけないでよ。これはボクの物だ。誰にも渡さない」


 少女は細腕で大剣を水平に持つと漆黒(しっこく)の刀身に手を()えた。


 ()()()()()()()とサラーサが電光石火、鎚を振り被って距離を詰めた。


「――『傀儡界雷(くぐつかいらい)』」


 黒い雷光が少女自身に走った。

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