0-3 冒険者ギルドベアライト支部は事務員を大募集しております!
茜色と藍色が混じる村の道を戻る。
悠太は地図につけられたバツ印から顔を上げ、キリッと山を睨んだ。
勇む少年に背後から呆れ声がかかる。
「こらこらちょっと、ユータ君どこ行く気かな?」
少女の金色の目が覗き込んできて、彼の顔前に手を振る。
「どこって……山。バツ印、俺、熊、倒す」
「口調まで単純になってないで、少しは考えなよ。まず行くのはこっち」
指で示したのは地図上でいう村の入り口付近。
昼間のバッドアックス騒動があったギルド支部のあたりであった。
悠太は首を捻る。
「ランク足りてないし、クエストは受けられないだろ? もう直接森入って探した方がいいんじゃ……」
少女は眉間に手を当てて溜め息を吐いた。
「彼女の話を信じるならね。君は何でも鵜呑みにしすぎ。いや、まあ、それは長所でもあるんだけど」
「カナリーさんが嘘ついてるって? 本人いないとこでも失礼なのはどうかと思うぞ」
カナリーの背負った経緯とネピテルの傍若無人ぶりを鑑みて、悠太はむっとした。
「そうは言ってないし、ボクも信じたいと思ってる。でも、やっぱり少し違和感があるんだよ、彼女に」
「違和感って……どんな?」
「断片的に伝えても思い込みが増す一方だよ。支部で色々と擦り合わせてから言う」
すたすたと先を行く後ろ姿に肩を竦める。
ただ、茶化した雰囲気のない時の相棒は、割とまともなことを言う。
それは悠太も知っていたので、大人しく従ってギルド支部へと向かうのであった。
◇◇◇◇◇
――冒険者ギルドの支部は喧騒に溢れていた。
こじんまりとした商店のような広さにごてごてした冒険者がひしめいているものだから、暑苦しくて仕方ない。
建物の中に収まらない冒険者たちは外にまで広がっていた。
酔って大笑いしている者、クエスト受注の順番を巡って揉めている者、てんやわんやの受付嬢、大混雑である。
「こっちこっち」
するすると人混みを抜けたネピテルが手招きをする。
支部の裏口近く、周囲にたむろしている冒険者たちはいるものの、誰も並んでいないカウンターがあった。
窓口には受付嬢の代わりに、1人の老人が座っている。
「ここは?」
「発注カウンター。依頼する側の窓口だから、基本的に村人や調査員くらいしか使わない。普段冒険者どもには縁がないから、今の時間はガラ空きだね。ちょっと待ってて」
カウンターの手前で制止され、事の成り行きを見守る。
ネピテルはカウンターに両手をちょこんと乗せて、上目遣いに老人に尋ねた。
「ねえお爺さん、ボク、教えてほしいことがあるの」
幼い演技は取り入りやすくする為のものだろう。
華奢で背も高くないので、見た目は中学生か、もしかしたら小学生程度……とにかく板についている。
「ボクのお父さんがね、帰ってこないの。もしかしたら皆の言ってる熊さんに食べられちゃったのかなって……だからね、えーとね……こほん、直近の死亡者リストとクエストの受注と成功状況がわかる資料があれば……こほん、ちょーだい?」
難しい箇所の演技を丸々端折ったあたり雑である。
雑な演技を受けて、老人はごそごそと緩慢な動きでカウンターの下を漁り、二枚の羊皮紙を渡した。
「そこの机で見ろ。終わったら返せ。汚すなよ」
ぶっきら棒な反応を受け取って、ネピテルは帰ってくる。
「ボクの演技にかかればどんな男もメロメロだね。ほら情報だよ」
「演技の必要あったか?」
質問に答えはなく、少女は案内された机に紙を並べて、ふむふむほうほうと唸る。悠太も覗き込んで、紙に書かれた表の意味を考えた。
死亡者リスト――死んだ者の名前と、クエストの受注日、タグの発見場所と発見日が記載されている。
クエストの状況表――クエスト受注者と成功か失敗の結果。受注日と結果の報告日が記載されている。
「うん、やっぱり……」
それらを見比べて、ネピテルは口元に手を当てて思案した。
悠太も彼女の感じた違和感にようやく心当たる。
――しばらく表と睨めっこして、二人はギルド支部を出た。
◇◇◇◇◇
認識を整理しながら、夜道を村の奥へと歩いていく。
「ネピテル、あれって……」
「この二週間、リストによれば死亡者は噂通りに増えてる。状況表とも一致してる――その一、クエストを受けて、その二、受注者の死亡により、その三、クエストが失敗してる流れだね」
それは一つ、噂の裏付けとしての収穫ではあったが、悠太たちが気にしたのはもう一つの点であった。
「問題は、死亡者が増える二週間より更に前。火熊の大量発生と重なる時期に……未達成のクエストが多かった。
受注されっぱなしで、成功とも失敗とも報告されてないクエストが多いんだ」
「……事件は、二週間より前から起きてた?」
「かもね。冒険者なんていい加減だから、失敗の報告をしない奴なんてザラにいる。大半は大見え切って受注したものの、失敗してきまりが悪くて逃げたようなケースさ。
だから死者が増えたことよりも表面化しにくかったかも知れない。
けどこれ、大真面目に見れば火熊の大量発生と同時に大量の行方不明者が出ていたってことだからね」
「つまりは二週間前を境に、二つの事件が起きていた。『火熊の大量発生と行方不明者の増加』、『大火熊の目撃報告と死者の増加』……」
「本当に二つの事件かね? ボクとしては、一つの事件の一段階目と二段階目だと思うよ? とにかく、転換点は二週間前……カナリー姉弟がクエストを受けた日だ」
悠太は押し黙って、歩く先を見据えた。
村の奥地、民家の光がまばらに散らばっている。
二人は支部で見つけた情報を、カナリーに報告するつもりでいた。
彼女が隠していたことを確認したかった。
――そんな時に、森の入り口で悲鳴が上がる。
「い、いたんだ! 本当に、大火熊が! どうしよう僕の相棒が!」
そんな言葉を聞いて、見捨てられるはずがなかった。
助けに駆けようとする悠太が視線をやると、ネピテルは呆れ顔で手を振った。
「……いってらっしゃい。こっちはボクだけで大丈夫。ただ……」
言葉を区切って、黒髪の少女は釘を刺した。
「気を付けてね。これ多分、『魔導具』が絡んでる」