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3-12 傭兵ギルド ミザリー・テザル


 女子寮を出て――走って、追われて、逃げて、十数分。


 八時街(はちじまち)の運河は両岸を石で固められ、インターロッキング(レンガ調のブロック)が敷き詰められた遊歩道となっている。


 運河にまっすぐ沿う幅広の遊歩道には、ベンチや街灯がちらほらと配置されており、内地側(ないちがわ)は高く黒い鉄柵(てっさく)がどこまでも続いていた。

 息を整え鼻呼吸に戻すと、ところどころに配置された花壇からふわりと良い匂いが香る。


 散歩でもできればさぞかし気分が良いだろうと悠太は思った。

 お散歩モードを許さないのは、風に揺れるオレンジ髪のはねっ毛である。


「もう逃げないんですかー?」


 サングラスとぶかぶかの長袖が体型と不釣り合いな少年は、挑発気味に腕を広げた。

 悠太は身構えて少年のトレードマークであろう大きなサングラスを睨む。


「まあ、流石に疲れたしな。さっきの女子寮みたいな所から逃げた後も、何でか色んな魔法使いに襲われたしさ」


 ひらけた周囲をそれとなく見渡すが、どうやらそっちの追手は()けたようである。


「あはは、傭兵ギルド(うち)と魔導師ギルドはアンチ冒険者ギルドですからね。あの人たちも冒険者狩りしてたんでしょうねー」


「俺さ、今日この街に来たばっかなんだけど、何で冒険者ってそんな嫌われてんの?」


 少年は間合いを詰めつつ問いに応じた。

 能天気な口調の裏で、色々な攻め手を画策しているであろうことは悠太にも感じ取れた。


「大体は(ねた)み。なんだかんだ言ってカージョン連合(この国)の大きな収入源は冒険者ギルドですから、やっぱギルドの中でも花形的なポジションなんですよ。

 すると入隊希望者も増えるでしょ? 似たような人材層を拾いたい傭兵ギルド(うち)なんかは死活問題なわけ――です」


 ――極めて素早い動き、ではなかった。


 しかし歩行の中で突然に挟み込まれた踏み込みは、一瞬で距離を縮め、容易に悠太の(ふところ)まで辿り着いていた。

 かろうじて拳を振り被るようなモーションだけ(とら)えることができたので、両の篭手を交差し防御態勢を取る。


 次の瞬間、こめかみにガツンと衝撃が走った。

 一瞬だけ視界が歪んで足元がふらついた。


 至近距離だというのに姿を見失う。

 気配は、まだ近い。


 連撃をかけられると不味いと判断し、拳を我武者羅(がむしゃら)に振りかざしながらその場から大きく飛び退いた。


「おっと、悪くない判断ですねー」


 まだ視界が歪んでいて、転びながらの着地となった。


「くっ……何だっけ、それ、()()()()()?」


 無論、剣も盾も実物はこの世界に来て初めて見た悠太であったが、とりわけその武器の種別には自信が持てなかった。

 逆手に持った握り部分に垂直に鉄棒がついているその武器は、確か漫画ではそう呼ばれていた。


「へぇ、お兄さんこれ知ってるんですか? もしかして武器マニアだったり?」


 平凡な会話の中で踏み込んでくる少年は――立ち上がる頃にはまたも射程内にまで迫っていた。


 もう気を抜いてはいない。

 しかし、少年の踏み込みは呼吸の間を狙った巧みなものであった。

 見えるのに避けられない。

 また小柄な体型のせいで攻撃の始点が異様に低く、対応が慣れない。


 突き上げてくる拳を篭手の甲で受けようとして、最初の攻防を思い出した。

 先程は同じ防御態勢を取ったにも関わらず、鉄芯(てつしん)を横っ面に食らった。


 用心して正面と左側を守るように身構えると、「外れでーす」と聞こえて逆側面から衝撃が来た。


 トンファーの握り部分に回転をかけることで自在に攻撃方向を変えてくる。

 その曲芸のような使い方が正しいのか否かは別として、厄介なのは間違いなかった。


「この……」


 被弾したにせよ、心構えができていた分、ダメージは先程より浅かった。

 反撃に出ようと防御を解いた左腕でパンチを繰り出す。


 のけ反り、余裕の回避を見せた少年は勢いそのままに悠太の(あご)を蹴り上げて、バック宙しつつ距離を取ろうとする。


「ぐ……させるか!」


 良いようにヒットアンドアウェイをさせて(たま)るかと、悠太は大蔦豚の篭手の御技(みわざ)――四蔦縛(しちょうばく)を叫ぶ。

 この篭手を始めとする『魔導具(まどうぐ)』は、特定の『技名(わざな)』に呼応し大気中のマナで魔法のような現象を起こす。

 魔物の力を宿すその篭手から空中の少年を目がけ、四本の緑のツタが伸びた。


 トンファーが得物なら切り裂くことはできない。

 確実に拘束できると踏んだ。

 しかし、少年はサングラスを外して放ると……大きな瞳に笑みを浮かべた。


 特に魔法も魔導具も使っていない。

 しかし――少年の動きは、空中を自在に駆けた。


 身の軽さを活かし、ツタにトンファーを当てることで攻撃と自身の軌道をずらし、猿のように器用に拘束から逃れ切った。

 ツタは数秒ほどで追跡を止め、うねりながらその身を構成していた緑の(マナ)(ほど)ける。


 遊歩道の内地側、どこまでも続く鉄柵の前にくるくるすとんと降り立って、少年は微笑む。


「いやはや危なかった。流石魔導具だけあって破格の性能ですねー」


 表情の仮面が剥がれない彼とは対照的に、悠太の表情は苦しかった。

 連戦と逃亡の疲れと、初めて魔導具の攻撃を(かわ)されたショックが大きかった。


如何(いか)に道具が強くても、使うのはお兄さんなんですから、もっと使いどころと使い方を考えなきゃですよ?」


 少年は舌なめずりをして、もはや隠すことなく踏み込む予備動作に移った。


「さて、魔導具、次にマナ溜まるの何秒後でしょうか?」


 どこまで一般に知れ渡っているかは不明だが、魔導具の仕様も熟知していそうである。

 大蔦豚の篭手は、『四蔦縛』を繰り出す為に百秒近くの充填時間(インターバル)を必要とする。

 魔法と魔導具の技との違いの一つである。


「くそ……『気高き尊よ』――」


「まだ、させてあげません」


 集歌で粒子(マナ)を集めれば、多少再使用までの時間を短縮できる。

 悠太が首都に至る道中で試したその仕様すら承知済みのようで、少年は間髪(かんはつ)入れずに飛び込んできた。


 ――変幻自在の攻撃に悠太は防戦一方であった。


 集歌を唱えながら防御するほど手慣れていない為、粒子も集められない。

 数発に一発は貰う衝撃は、重くはないものの確実にダメージを与えていった。


「……俺ね、目がいいんです」


 無数の殴打の中、脈絡のない呟きが聞こえた。

 その間も攻撃が止まることはない。


「昔むかし、兄貴たちに出会うまで……俺はスー・フェイ(東の大国)のスラムにいました。

 そこじゃ処世術なんか使いません。生き残るにはひらすら強くあるか、もしくは、死ぬ気で観察して、察知していち早く逃げるしかないんです」


 微笑みの顔に一瞬だけ怒りが宿った気がしたが、それはすぐさま楽し気に覆い隠される。


「人間って意外と単純ですよね。

 力の入れ具合や骨格、肌の発汗具合……いくら隠してもそういう情報を(いつわ)ることができません。

 そういうのを見抜ける力を、俺はスラムで身につけました。

 だからお兄さんが今左右どっちを警戒してるかとか、筒抜けなんですよ。ほらまた一発」


 ご高説に(あわ)せて容易く脇腹に一撃を食らわされ、よろめいて河岸へと押しやられていく。


「魔導具や魔法も同じ。マナの集まり方でどんな技かはある程度予想できるし、お兄さんのツタなんかは生き物っぽいから一層読みやすいですよね。

 ほんともう、お兄さんのことは全部全部、余裕で見通してますよ。そう、例えば……」


 声のトーンが冷たくなった。


「お兄さんがまだ奥の手隠してること、とかね」


 衝撃が鳩尾(みぞおち)を襲い、息が詰まって(うずくま)る。


 少年は追撃せずに距離を取った。

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で遊歩道の鉄柵に背中を預け、悠太が睨みつけると身勝手に首を傾げた。


「おかしいですね。今の一発入れたら何かしら仕掛けてくると思ったのに。

 奥の手隠してるのはわかってますよ? そういう顔、してます。

 使えるけど使いたくない、使ったら(あと)がないって顔」


「はは、けほっ、目、本当に良いんだな」


 心理状態まで見透かされるとなると、もう笑って肯定するしかなかった。

 確かに悠太はステータス画面という奥の手を隠していたし、それを人に対して使ったら終わりだとも思っている。

 問題はこの思考が、恐らくは寸分違(すんぶんたが)わず伝わっている()()()()()()ということである。


「やっぱあるんですね、奥の手。俺、お兄さんの本気が見てみたいんですが」


 瞳を爛々(らんらん)とさせる少年の殺気が増した。


「な、何か目的変わってね? 殺し、なしだよな?」


「知りませーん。俺は最初からこうしたかったですよ?

 兄貴たちには悪いけどコンサートチケットだのは二の次、こういうエキサイティングな狩りがしたかったんです。

 普段はギルド内外問わず争いはご法度ですから」


 そう言って少年は悠太の篭手を指差した。

 攻防とも呼べないタコ殴りを経て、粒子の再充填は完了していた。


「さて、篭手(それ)の準備もできたみたいですし、そろそろ本気出して下さい」


 つかつかと歩み寄りながら、少年はトンファーを風切り音と共に回す。


 悠太は、拳を突き出し次の一撃に賭けることにした。

 大事なのは位置関係――悠太は運河を背負っており、少年の背後には鉄柵が並ぶ。


「……行くぞ、『四蔦縛(しちょうばく)』!」


 至近距離でも何でもなく、単純にツタを撃ち出した。

 それは四本とも一直線に少年の手足に向かい、事もなげに避けられる。


「あんまり失望させないで下さい」


 そう言う少年の後方でツタは広がり、悠太の狙いを――遊歩道の鉄柵を掴んだ。


 ツタにギリギリと力が入り、ギ・ギ・ギと鉄柵がしなる。

 そして、柵の根元でガコンと台座が外れる音がした。

 悠太が『レベル』で増強された力の限りそれを引くと、張り巡らされた鉄柵が広く倒れかかった。


「ちょ、あらら?」


 焦ってくれたなら重畳(ちょうじょう)と、悠太は拳を振り被る。


 鉄柵は遊歩道に沿って張り巡らされている。

 面で倒れてくるその範囲から逃れるには、少年は悠太のいる運河側へと進まなければいけない。

 左右への回避を封じた今、彼に逃れられる場所はない。


「食らえ!」


 柵の範囲から逃げる少年に、拳をぶん回した。


 ――しかしそれは、彼の頬を(かす)めて、すれすれを回避される。


「あーあ、小細工ばっか。本気出さないなら……」


 呆れ声に呆れ顔。

 完全に読みの上を行かれた。

 懐に入られる。

 繰り出した拳はもう、防御に回せない。


「死んじゃうかも知れませんよ?」


 カウンターで迫る鉄芯には、恐るべきことにはっきりと殺意が乗っていた。

 刃物ではなかろうと、被弾すれば胴を貫くであろう勢いがあった。


 ――ゴブリンの牙、バビルーザのツタ、それ以降久しい死のビジョンが脳を支配した。

 このビジョンから逃れるにはどうすれば良いか。


 答えは、実は簡単である。

 悠太が拳を解いて、手の平を少年の頭に向けて、そして、()()()()()()

 さすればシステマチックなあの画面が少年の頭に、赤い花を咲かせるであろう。


 小生意気な瞳と、目が合った。


「っ!? 嘘でしょ!?」


 反応は速かった。

 少年は攻撃を中断し、脱兎の如く跳ねて転げて逃げ出し、倒れた鉄柵の向こう側にまで間合いを広げた。

 今までの余裕はどこへやら、その目は見開かれ、頬に汗が伝い、肩で息をしていた。


 無論、悠太はステータス画面を出してはいない。

 殺人者となる覚悟は、死が迫る中でも決心できなかった。

 だが、少年を恐れ(おのの)かせる為には、その事実を予感させるだけで充分なようであった。


「……あ、あなた、何者ですか。今俺に、何をしようとしました?

 魔法じゃないし、その魔導具の力? いや、何か、それよりずっと異質な……」


「ま、まあ、奥の手だしな、明かさないでおくよ」


 悠太は悠太で、何とか誤魔化してこの場を穏便に済ませようと必死であった。

 その様子を見てどう感じたのか、少年は、武器を収めた。


「……やめます。お兄さん、思ったよりずっとリスキーでした。

 身体能力も、思考も、完全に見切ってたはず、完全に勝ってたはずなのに……あの瞬間のお兄さんの目は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そのまま両手を上げると、彼は後退りを始めた。


「兄貴たちへの恩返しのついでと思ってましたが、これ以上は割に合わない。俺は退かせてもらいますよ」


 願ってもない申し出である。

 

「そりゃどうも。兄貴さんたちによろしくな」


「ええ、俺は『ミザリー・テザル』。お兄さんとはまた会う気がします。その時は奥の手、見切ってみせますからね」


 願ってない申し出である。


「お、おう……俺は、悠太。まあ、その、次の時はお手柔らかにな」


 引きつった笑顔で片手を振る。

 早く独りになりたかった。


「……お兄さん、本当に強いのか抜けてるのか、わからない人ですね」


 少年は言い残して九時街の方向へと去っていく。

 去り際の言葉が意味深で、少し引っかかった。


 その引っかかりが取れたのは、彼からメダルを取り返していない事実を思い出してからであった。


用語解説

ミザリー・テザル

傭兵ギルド所属の『テザル3兄弟』の末っ子。

兄弟の契りは交わしているが、長男イワザ・テザルと次男キカザ・テザルとは血が繋がっていない。

東の大国のスラム街出身で、略奪の横行する環境の中で動体視力と観察眼を養った。

そのまま略奪者の一員になるはずだった自分に、傭兵という道を示してくれた兄たちを心から慕っている。

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[良い点] 実力者ショタ! 生き残るために研ぎ澄まされた能力という裏付けがあり、そんな彼を通してユータくんの異質さを語らせても違和感を持たせにくい、という見せ方の巧みさを感じました。 自分で自分の異質…
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