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3-11 私たち! 歌とダンスの三原色! RGBライトカラーズでーす!


 時計盤の街――首都(カージョナ)を反時計回りに追跡していく。

 標的は突如として現れたオレンジ髪の少年である。


「見つけた! 待てよ!」


 無機質な白塗りの病舎(びょうしゃ)が並ぶ零時街(れいじまち)

 一時街(いちじまち)で悠太が勝ち取ったはずのメダルを持ち去った少年、その後ろ姿を見つけた。


 雑多な物は全て仕舞われているかのような整頓された街並み(ゆえ)、見失うことなく追跡していく。

 ひょいひょいと屋根や塀の上を行く少年は時折振り返っては、大きめのサングラスを直しつつ舌を出して笑う。


「こんのぉ……!」


 からかわれていることは明白で、俄然(がぜん)捕まえてやる気になった。


 ――それが罠だと気付いたのは、十一時街(じゅういちじまち)の雑多な風景に差しかかってからであった。

 両脇に石造りの集合住宅が(そび)え、互いに洗濯物干しのロープを渡し合っている細い路地――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……もしかして、誘い込まれた、系?」


 見上げると、少年が路地に渡された物干しロープに逆さ吊りにぶら下がって、サングラスをくいと抑えた。

 ぶかぶかの服とオレンジ色のはねっ毛は重力に従って垂れ下がる。


「あはは今気付きました? あの『何たらナイフ』っての倒したって驚かれてたんで少しはやる奴かなーと思ったんですけど、お兄さん普通に(にぶ)いですねー」


 降りかかった『なんたらナイフ』を払っただけなのに、勝手に期待されて勝手に失望される。


「てなわけで、さ、()()()()ファイトでーす」


 高みから見下ろす少年の声が号令となって、前後の二人が一歩を踏み出した。


 ――前方、路地奥の闇から踏み出したのは、長剣を両手で構えた男。


「……よくやった、ミザ」


 口元まで覆ったスカーフが特徴的で、短髪に切れ長の目、軽装にマント。

 至極一般的な剣士に見える。


 ――後方、路地の入口を塞ぐように仁王立ちするのは、メイスと大盾を広げる太い男。


「でゅふふ、よくやりましたぞミザ、これで今年も賞与確定!

 年末『RGBライカラ』コンサートチケットが手に入りまする! 待っててねぇアオサちゃん!」


 脂汗の(にじ)む顔を挟み込むイヤーカフが特徴的で、脂ぎった髪に豚鼻、銀色の重装備。

 至極偏見に満ちたオタクの口調に聞こえた。


 ――何となく後ろの奴の方がヤバそうなので、一歩前へと進んでおく。


「……何なんだよお前ら?

 コウモリいないってことは入団試験の参加者じゃないだろ。何で俺を狙うんだ」


「お兄さんそんなことも知らなかったんですか? もしかして『入団祭』今年初めてのお上りさん?」


 田舎者扱いにも慣れた。

 もう怒りも沸かない。


 というより、冷静さを保つよう努めないと危なそうであった。

 どうも前後の二人は、開幕の一時街で相手にしたモヒカンより強い気がする。

 不用意に攻めてくるような迂闊(うかつ)さはなく、悠太を舐めてはいない。


 じりじりと距離を詰められる中、路地上の声だけが余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)である。


「じゃあ教えますよお兄さんを狙う理由。聞く余裕があれば、ですけどね……?」


 ――前方の剣士が身を低く、突進してきた。

 モヒカンの時と同じようにいなして走り抜けるか、との考えは即座に否定された。

 至近距離とは言えない間合いで剣士は足に踏ん張りを利かせ、マントで軌道を隠したロングソードを斬り上げる。


 間合いは長く、路地は狭い。

 余儀なく後方へと回避する。


「ギルド入団祭っていうのはですね、おたくら冒険者ギルドだけがやってるわけじゃないんです。

 色んなギルドがそれぞれの(もよお)しをやって、入ってくるギルドメンバーや迎えるギルドメンバーのやる気を鼓舞(こぶ)するわけですね」


 背中に圧力を感じて振り向くと、そこには銀色の大盾が迫っていた。

 視界を覆うそれが目隠しとなり、振り下ろされるメイスへの対応が遅れた。


 体重移動が間に合わず、やや正面から篭手で受けることになる。

 防御して尚、びりびりと腕が(しび)れる。


「うちの『傭兵(ようへい)ギルド』のマスターは大の冒険者ギルド嫌いで有名なもんで。

 陰湿(いんしつ)なことに毎年嫌がらせみたいな(もよお)しをしてるんですよねー」


 間髪入れずにロングソードが兜割りに振り下ろされる。

 何とか篭手で逸らし剣閃(けんせん)の横に入る。


 剣士は飛び退きつつ燕返しに剣を跳ね上げ、悠太が懐に入ることを許さなかった。


「くそ、こいつら……」


 篭手の見た目から戦闘スタイルがバレているのか、一定の間合いを(たも)って嫌らしく攻めてくるのが歯痒(はがゆ)かった。


()()()うちの催しは――『メダル狩り』。

 目障りなギルドの芽を()みつつ、あぶれた脱落者をうちの入団者にしようっていう(こす)い考えです」


 突破口は、多分後ろの大盾大男である。

 悠太を間合いに入らせまいとする大盾は、構えると相手自身の視界も塞ぐことになる。


「まあ、狙いはどうあれ、奪ったメダル一つにつき傭兵ギルドから賞金3万リフが出るので、うちの兄貴たちとしては参加しない理由がないんですよ」


 悠太は腰を落とし、剣士に向かって片腕を突き出した。

 黒皮に緑のラインが入った篭手の魔導具――大蔦豚(おおつたぶた)篭手(こて)は、技名(わざな)を叫ぶことで四本のツタを操ることができる。


「――四蔦縛(しちょうばく)!」


 篭手が緑に光って、剣士の切れ長の目が見開かれる。

 その四肢を拘束する為にツタが伸びて――二閃三閃、斬り捨てられる。

 しかしその間の数拍だけ、剣士の動きが抑制される。


 それが悠太の狙いであった。

 意識を後方へ切り替えて、渾身の一撃を演出するためにテレフォンパンチよろしく腕を大きく振り被った。

 太った男は「でゅふっ」と笑うと大盾を前に構えた。


「そんなわけで、お兄さんの首にかかったそのメダルも……この『テザル三兄弟』が頂戴(ちょうだい)します!」


 悠太は大盾に殴りかかった拳を(ほど)き、その上淵(うえふち)を掴むと一気に跳び越える。

 太ったツムジを「でゅっ!?」と踏みつけて跳躍し、路地の入口へと着地する。


 とりあえず挟み撃ちは回避した。

 後は逃げるのみである。



◇◇◇◇◇



「あ、逃げた……うーん、魔導具使いかぁ。でも兄貴たち、今のって名乗りに合わせて何かしらこう、絶望を与えちゃったりすべきとこじゃないですか?」


 ロープにぶら下がってケロッとした顔の少年を見上げて、太った男が吠える。


「でゅ、ミザぁ! 僕たちばっか戦わせて、少しは手伝えって!」


「えー、おびき寄せたら後は任せろって言ったのキカザ(にい)なのに……」


 激昂する男の前に、少年は頭をかきながらトッと降り立った。


「これでアオサちゃんに会えなくなってみろ、僕はお前を許さない!」


「年末コンサートでしたっけ……踊り子1人にそこまで(こだわ)んなくても。

 ねえ、イワザ(にい)も何か言ってやって下さいよ」


 弟の助けを求める声に、長兄は剣を背負いつつ呟いた。


「……俺も、会いたい」


 長兄は無口である。

 口元を隠すスカーフもあり、あまり考えが面に出たことはなかった。


「……年末コンサート、楽しみだった……だから……傭兵(おしごと)、頑張った」


 故に、弟たちも彼がこんなにもご執心であったことは、初めて知った。


「……まだ、チケットのお金、足りない」


 声が震えていた。


「……足りない」


「……よっし張り切って追いましょう! イワザ兄任せといて下さい!

 俺がちゃんとメダルぶんどって来ますから! だから泣かないで!」


「そうですぞ兄者、いや同志よ! 奴はどこに行きましたかな!

 匂いからして十時街方面ですかな! 追いかけましょうぞ!」


「……うん……泣かない」



◇◇◇◇◇



 ――逃げ切った。


 十時街(じゅうじまち)の民家の裏で、悠太は汗を(ぬぐ)った。


「なるほどね、冒険者ギルドマスター(あのマッチョ)が匂わせてたのはあいつらか……」


 参加者以外にも敵がいる。

 他のギルドが冒険者ギルドのメダルを狙ってくるなら、この入団試験の突破率に大きく影響する。

 少なくとも悠太自身はもう一度追い込まれたら、今度はあの少年も加勢されたら、メダルを死守できる自信はない。


「とりあえず十一時街は抜けたけど、もっと離れとくか……アレ使えるのかな?」


 ぶつくさ独り言を呟きながら、悠太は石畳に手の平を向ける。

 周囲を見渡し人がいないか安全確認し、ステータス・オープンと念じる。

 石畳に沿うように出現させたステータス画面に視線を落とし、木の集歌(魔法の準備)を唱える。


 大気中に漂う緑の粒子を集めて行使する魔法は……『帰還(リターン)』。

 ステータス画面の箇条書きには、悠太が使うことができる魔法が羅列(られつ)されていた。


 『帰還(リターン)』は直前に訪れた街の入口へとワープする魔法である。

 上手く行けばカージョナの六時街――最初に首都に入った場所まで移動できると踏んだ。


「さぁ、コール『帰還(リターン)』!」


 ――という略令歌(魔法の行使)は、民家の裏で(むな)しく消えた。

 悠太の身体は全くワープする素振りを見せず、集めた粒子は退屈そうに散っていった。


 視線の先……ステータス画面には、『街中でリターンは使えません』。

 悠太はおちょくるようにテレビゲームっぽさを入れてくるこのステータス画面のことが、嫌いだった。


 ――苛立ちの溜め息を吐いた瞬間。

 民家の壁が大盾にぶち破られた。


「でゅふ! 見つけたよぉ! アオサちゃん!」


「……の、チケット」


「の、購入費用!」


「はぁ!?」


 飛び散る瓦礫(がれき)、半壊した民家の中には麺をすする食事中らしき住人の姿がある。

 信じられないことに、三兄弟は住居をぶち抜いて悠太を追いかけて来たのだ。


「ちょ、お前らやりすぎだろ! いくら何でも(ひと)()を……」


 突っ込んでいる暇もなく長剣が振り下ろされた。

 飛び退いてそのまま逃げる。


「いやはや太っ腹ですよねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ? そりゃ加減もしなくなりますって」


「無茶苦茶だなあのマッチョ!」


 必死に逃げながらオカママッチョを恨む。

 いくら路地に飛び込んでも、ジグザグに角を曲がっても、そこは流石に土地勘の差がある。

 地の利は完全に三兄弟にあった。


 家屋を壊して塀を壊して、適切なショートカットを繰り返して追い付いてくる。

 これではいずれまた追い込まれると考えた悠太は……遠くに見える巨大な教会のような建造物へと、一直線に向かった。


「とりあえず十時街も抜けて……九時街(くじまち)だっけか」


 何となくあの目立つ学院まで辿り着けば、三兄弟のホームではなくなると思った。

 そう思った理由は高級住宅街な雰囲気を(かも)し出している九時街に、三兄弟の風体(ふうてい)が似合わないという偏見からである。


 ――何とかかんとか逃げ続け、ようやく街並みに変化が見られた。

 どこか高級感のある屋敷が並ぶ街路を疾走しつつ、後ろをちらりと(うかが)う。


 ドタドタと追いかけてくるのは涼しい顔の剣士と、暑苦しく顔を歪める重装の男。

 厄介にもオレンジ髪の少年の姿は見えない。

 どこかに潜んでいる可能性を考えるなら、迂闊(うかつ)に路地には入れなかった。


「……本当に、修理費あのマッチョ持ちなんだろうな」


 前方に見えてきたのは、通りの行き止まりの敷地。

 開放された門の奥、二、三階建ての二棟が繋がったかなり大きな屋敷が見える。


 恐縮(きょうしゅく)だが建物の内部で()かせていただいて、さっさと逃げ(おお)せよう。

 悠太は覚悟を決めた。


 ――この世界に来てから、道徳観、倫理観といったものを大分改めなくてはならなかった。

 また自分は、自分の都合の為に迷惑をかける。

 加速を付けて、高級そうな扉まで数メートル。


 踏み切って跳躍。


「ごめん、くださぁい!」


 思いっ切り蹴破(けやぶ)った。

 レベルにより増強された身体能力を持ってすれば容易(たやす)かった。


 予想外であったのは、室内――赤絨毯(あかじゅうたん)のホールで悲鳴を上げる大勢の赤い学生(ブレザー)服姿の女の子たちの存在。


 それともう一つ。


「え、ユータ?」


 もの凄く安心できるこの世界での心の拠り所、ライチ・カペルとの再会であった。

 やけにスローモーションな一瞬の中、澄んだ青い瞳と目が合うと、続けて彼女はちらりと悠太の後ろを追う者たちを確認した。

 そして表情を鋭くする。


「――駆け抜けて、突き当り、左のドア、裏口よ」


 流石、数年間も魔物と命がけのやり取りをしていただけあって、咄嗟(とっさ)の判断が早い。

 本当に頭が上がらないほどに理解者である。


「サンキュー!」


 合掌して礼を表現しつつ、悠太はホールを走った。

 驚愕で固まった女生徒たちの間を遮二無二(しゃにむに)駆け抜ける。

 ライチも同じ制服を身に纏っていたようであったし、何かしら魔導師ギルドに関係する施設だったのかも知れない。


 悠太が突き当りの扉に行き着く頃――背後でヒステリックな怒号と怯んだ男たちの声が上がった。


「きゃあああ! こ・こ・は! 男子禁制です! 万死に値します!」


「でゅ、ここは楽園、ですかな?」


「……かわいい」


 兄弟が次に聞いたのは集歌の大合唱で、次に口にしたのは断末魔の大絶叫であった。


「……魔法学校の女子寮ってとこか? ホールで止まってたら俺も危なかったな」


 本当にライチ様様であったと、肝を冷やしつつ裏口に出て、悠太は危険な花園を後にした。



◇◇◇◇◇



 走り去る後ろ姿を見定める双眸(そうぼう)に気付いたのは、ライチ・カペルのみであった。


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