3-9 Ready
――石畳の街中。人通りは多い。
響くは、甲高い馬のいななきが先導する荷馬車の爆走音。
ガタガタゴトゴトと人混みを割りながら迫り、悠太たちの近くで急停車する。
「次から次へ何なんだ……」
荷馬車の中から、巨躯の人影が一つ踊り出た。
それはたった一人で、幌馬車に積載していた太く長い丸太の杭を次から次へむんずむんずと引きずり出す。
それらをドッカンドッカンと石畳の大通りのど真ん中に打ち込み、組み合わせ……濛々と立ち込める埃の中、あっという間にお立ち台の櫓が設営される。
確実に通行の妨げになるが、許可などは得ているのであろうか。
呆気に取られる周囲の人々をよそに巨躯の人影は、大地を震わせて何メートルもの跳躍をして、逆光のお立ち台へと降り立つ。
たった今作ったばかりのお立ち台が、ミシリと壊れかけた。
降り注いだのは、拡声器もないのに耳が痛い大音声であった。
「――ん待たせたわねエェブリワン! 予告通り、月例会の承認が下りたわ! たった今からイッツショータイムだこの野郎ども!」
またまともじゃない。
悠太はそれだけを理解した。
どうしてか沸き上がる歓声の中、何やら関係者らしき数人が鏡の反射光を当てて櫓を照らし出す。
巨躯の頭には雄々しいリーゼント、顔には色っぽい下睫毛と口紅。
身体は猛々しい逆三角形で、毛むくじゃらの胸筋、その他僧帽筋大腿筋上腕二頭筋等々がパンパンである。
服は可愛い桃色系パステルカラーで、胸元を大きく開け襟をピンと立てたラテンスタイルとなっている。
「今年もこの時期がやってきたわ! 血沸き肉躍る筋肉の祭典! 『ギルド入団祭』の開催よ!」
集まった大衆が一気に湧いた。
「な、何だ、あの人……」
歓声の中、自然に漏れた呟きに、黒光りの変態男との力比べに区切りをつけた藍色の獣人が答えた。
「あれが名高い冒険者ギルドマスター……『ワヒドマ1世』か」
「ええ、たった一代で冒険者ギルドをこの国一番のギルドにした変態さんね」
変な人に変な人たちがコメントを付けていて、悠太の理解力はもう限界であった。
大衆の歓声を、大男は指を振って収めると静かに語り出す。
「――冒険者とは、屈強な肉体、強靭な筋肉、しなやかな身体を備えた者よ」
フィジカルオンリー。
「そこで、このア・タ・シことワヒドマ1世がマスターを務める冒険者ギルドは……毎年恒例! 今年も今から『ドンパチ入団試験』をやっちゃうわよぉ!」
歓声が再度沸き上がった。
隣のサキュバス姉さんは「いえーい」と知った様子で盛り上がっているし、傍のプードル男は「これが世に聞く入団祭……」とぶつくさ独り言を呟き始めた。
言葉からしてギルドへの入団試験のようであるが……悠太にとっては寝耳に水の話であった。
少年の想定では、普通にギルドの建物に訪問して、普通に窓口で書面手続きを取り、普通に挨拶をして加入できるものだと思っていた。
少なくとも、こんな混沌とした空間に身を置くことは考えていなかった。
「それじゃシャチちゃん、説明よろしくぅ!」
「ひ、ひゃい!」
反射光のスポットライトが壇上のマッチョの脇に移って、いつの間にやらちょこんと立っていた小柄な女性が照らされた。
おかっぱのボブカットに地味な紺色の外套。
緊張の面持ちで台本らしい紙を取り出す拙い仕草。
シャチと呼ばれた彼女の徹底した地味さ加減が、となりのマッチョなオカマとのギャップを引き立てる。
例えるなら、全部盛りのパフェの横に小鉢のおひたしを置いたような、そんなコンビである。
おひたしが、台本を小さな顎に挟んで装飾のある本を取り出した。
――魔導書。
「えと、ええと、マナ『待機』してたの呼び出して……はい、『解放』コール『氷面鏡』!」
櫓の後方に青い粒子が集って、彼女が略令歌を唱えると魔法が発動し、巨大な氷の鏡面が顕現した。
「それから、こっちは『蝙蝠の洞杯』の魔導具で、ええと技名が……『千羽尖兵』!」
今度は禍々しい杯を掲げる。
魔導具の不思議な力を発動させるキーワード――技名を唱えると夥しい緑の光が杯へと集まり、無数の一つ目コウモリを生み出した。
それらはパタパタと、集まった人々に降り注ぐように近づいていく。
身構える悠太のもとにも一匹が飛んで来て、目の前で咥えていた一枚のメダルを放す。
反射的に手で受け止めると、それは獣の紋章が彫り込まれた金色の円盤であった。
「これは……」
首かけリボンの付いたメダルをおっかなびっくり摘まんでいると、辺りに説明が響いた。
「あの、皆さん、コウモリさんとメダルは行き渡りましたでしょうか! ない方は挙手してください、お配りに伺います!」
「……おお、なんて普通な配慮」
こんなにも事務的で、配慮ができる普通の人がいるとは。
黒髪に濃茶色の瞳は日本人にも馴染み深いし、地味でシンプルな服装は元の世界でも違和感なく馴染めるであろう。
この世界でも常識は死んでいなかったのだなと、それだけで悠太は一人感動しきりであった。
「では、ご説明しますね! これから皆さんには冒険者ギルド加入を賭けて、ぶっ潰し合ってもらいます!」
感動は醒めた。
小学生がやる運動会の進行ような拙さと一生懸命さで、彼女は物騒な文言を読み上げていく。
「ルールはシンプルです!
今皆さんにお配りしたメダルですが、殺しさえしなければ、武器、魔法などなど、手段を問わず奪い合ってもらってオーケーです。
フィールドは首都の街全体、広く使ってくださいね! 日没の終了時までに、一枚でもメダルを保持していれば、入団となります!」
「殺しさえしなければ、って……」
当たり前の決まりがわざわざ周知されたことに呆れる。
「ん? 一枚でも?」
それと同時に、矛盾するルールだとも感じた。
入団に必要なメダルは一枚で、既に手持ちのメダルは一枚である。
「あらん? 君、もしかして皆仲良く配られた一枚ずつを持ってれば、全員で入団できるとか思ってる?」
「軟弱な」
勝手に考えを読まれて勝手に蔑まれた。
「本日保持していたメダルの数は、入団後のギルド内のランクに反映します!
例えば5枚のメダルをお持ちのまま入団された方は、いきなりランク5の冒険を受注いただけます!
1枚だけの方は最低ランクのクエストしか受注できませんが、地道に次のランクへの試験クエストに挑んでいけば、上のランクのクエストも受注できるようになりますので、そこはご心配なく!
それではその他、細かなところの諸注意ですが……」
とりあえず大枠の説明の理解で精一杯なので、悠太は一度整理する。
「なるほど、ええと? 手っ取り早く大きな仕事を受けるには、今日沢山のメダルを持って入団する必要があるわけ、だな……」
「そう望むなら他者からメダルを奪う他になく、奪われた者は入団の機会を失う。ふむ、面白い」
「刺激的ね。いっぱい稼いじゃおっと」
事務的に伝えられたルールであるが、場の空気がピリついたのがわかった。
改めて見渡せば、この一画には冒険者ギルドの入団志願者と思しきコウモリの付いた人間がひしめいていた。
実直そうな剣士に、ごろつき上がりのような集団、魔導書を持った老人、まさに老若男女、色々な背景を持っているであろう人々が集っている。
さざめき立つ大衆の中――偶然にも視線が交差したのは、金色の眼光。
それは参戦するのが心配になるほどに線の細い少女であった。
年の頃は、小学生か中学生くらい、十三とか十四歳あたりであろうか。
長い黒髪に赤紫の外衣を羽織り、身の丈ほどの布袋を自らの肩に立てかけている。
金色の瞳は気だるそうに、そして興味なさそうに悠太から視線を外し、大口を開けて欠伸をした。
「おうおう! この諸注意っつうのはいつまで続くんだよあぁん?」
その少女のすぐ隣で、横柄そうな声が上がった。
少女は欠伸を中断し、迷惑そうに顔をしかめる。
これだけの人間が集まれば、不躾で威勢のいい者もいるようであった。
「ちんたらしてんじゃねぇぞ嬢ちゃん、おらさっさと始めようぜぇ」
「ひうっ」
これ見よがしに主張するモヒカンに加え、肩の破けたジャケット。
あまりにもやられ役感に溢れた男が凄んで、おひたしの彼女が怯む。
その様子に調子づいたモヒカンは更に下卑た笑みを浮かべた。
「へへ、殺し以外は何やってもいいんだろ?
楽しみだねぇ、結構な上玉もいるしよぉ、それとあれだよなぁ、ちょっと熱くなって行き過ぎた結果なら、事故扱いだよなぁ」
凄い、ナイフ舐めてる。
「ひうっ、あ、あの、そういう間違いが起きないように、みみ皆さんのコウモリさんの視界とこっちの鏡面がリンクしてましてでして……」
すっかり男に反応を楽しまれているシャチ嬢を横目に、隣のマッチョがやれやれといった感じで肩を竦めた。
そして――パァンと手を叩いた。
よく響いた。
柄の悪い男や周囲のざわめきが一瞬で沈黙するくらいには、響いた。
「はいはい今年も威勢だけはいいわねアンタ達、誰も去年の話とか聞いてきてないわけ?
事故でも出来心でもいいけど、アンタらひよっこがルール引っくり返せるほど、この街は柔じゃないの。
そんなことよりちゃんと残ることを考えとくことね。敵はこの場のひよっこだけじゃないんだからさ」
まるで他にも敵がいるような言い方、その割にルールとして解説する気はなさそうである。
それとも聞き逃した細かな諸注意とやらに含まれていたのであろうか。
思慮する間もなく、マッチョがどこからか銅鑼を取り出し、それと撥を持って両手を広げる。
隣のシャチはおかっぱ頭の耳を押さえてわたわたとお立ち台から逃げ出した。
「――そんじゃ、早速……」
どうも平和に入団はできないようである。
「ハ・ジ・メ♡」
マッチョの前でぶん回された銅鑼と撥が衝突し、空間を震わせる大音量が鳴り響いた。
耳を塞ぐほどのその音を合図に、冒険者志望者たちが動き出す。
「――よし」
心の準備を始めよう。





