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3-8 普通のサキュバスと普通じゃないデス・プードル


 オス、あるいは男は、藍色(あいいろ)(ちぢ)れ毛に覆われていた。


 ここは一時街(いちじまち)

 石造りの建物が並び、人々が行き交う大通りの真ん中。


 石畳(いしだたみ)に爪を立てる両脚は太く、厚手の長ズボンの下からでも筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした肉体が見て取れた。

 上半身は更に隆起した筋肉に覆われている。

 ジャケットの下には鎖帷子(くさりかたびら)、背には悠太の身の丈ほどの大太刀を背負っている。

 眼光は上弦の月のように鋭い。


 しかし首から上、目つき以外は……ひたすらファンシーなプードルのそれであった。


「あ、あのすいません……大丈夫、でしたか?」


 ぶつかってしまったことをおずおずと謝ると、獣頭が目をしかめた。

 くるっとカールした毛並み、垂れた耳、それらに囲まれた犬の輪郭(りんかく)

 これだけ愛らしい要素が揃っていて全く可愛くないのは、やはり不釣り合いな身体付きと鋭すぎる目つきのせいであろう。


「……戦場ではないとはいえ」


 喋った。


「戦場ではないとはいえ、『異界(いかい)の門』の()り人たる『デス・プードル族』の中でも高位剣士の称号と『大犬太刀(おおいぬだち)』を与えられたこの『ヘイルストーム・デス・プードル』たるわんの背後を取るとはな」


 ――悠太の脳は、一瞬にして渋滞した。


 異界の門の守り人たるデス・プードル族。

 大犬太刀を与えられた……ヘイルストーム・デス・プードル。

 それから一人称、わん。


 ざっと並べてまとめて、一体何なのか。

 諸々(もろもろ)ありすぎて、何からツッコミを入れたらいいのか見当がつかない。


 正直、帰還の糸口となりそうな異界の門について尋ねたい気持ちが強い。

 しかしその他雑多なものが気になって仕方がない。


「何か言いたげだな。不意打ちとはいえわんに一撃を入れたのだ、殺す前にひとつだけ、質問に答えよう」


 沈黙を続けなければ殺されるようである。

 しかしながら、沈黙を続けたところで死期が伸びるわけでもないだろうと、悠太は慎重に質問を選んだ。


 正直、意味不明な単語の大半は見た目に関するものである。

 ここは異世界。風変わりな動物だって、魔物だって見てきた。

 プードル族なる亜種族がいることも、赤毛の少女に教えてもらった。

 だから、そんなものはそういうものだと割り切るしかない。


 尋ねるべきは、やはり自分のこれからに繋がる言葉についてであろう。


「……じゃあ、えっと、異界の門って、何なんですか? その守り人って……」


 ()くや否や、獣頭の耳がビッと立ち、股下から覗く尻尾がパタパタと振られる。


「……ほう、ヒュームの小僧にしてはなかなか良い着眼点だな。わん共の誇り高き使命に興味を持つとは」


 どことなくそわそわした様子で、獣頭は腕を組んだ。


「遥か北東の果て、()()()()共の手の及ばん極寒の地こそがエルナイン(この世界)の核だ。

 そこに(そび)えるのが異界の門。次々に()()()()()()()()()()()()()厄災(やくさい)の象徴よ」


「魔物を、吐き出す……?」


 興味深い話であった。

 この世界に吐き出すという言い方が、魔物は――悠太と同じように――別の世界から来たものなのだと受け取れた。


 遥か最果てというあたり、すぐ近くに在るわけではなさそうだが、そこに行けばもしかしたら帰る方法がわかるかも知れない。

 もう少し詳しいことを教えてもらうべく口を開いた悠太であったが、口を挟む間もなく獣頭がずいと寄ってきた。


「そこでこの世界を守っているのがわん共、デス・プードル一族というわけだ」


「うおっ」


 近い。


「わん共はヒュームに尾を振る『プードル族』とも貧弱な『トイプードル族』とも違う。

 鍛え上げられた肉体と研磨された刃により、異界の脅威からこの世界を守っておるのだ。

 ヘイルストームとは、一握りの卓越(たくえつ)した腕前を誇る剣士に与えられる称号である。

 称号を得たものには、(おさ)から魔導具が贈呈される。

 わんの持つこの大犬太刀もまた、先の大戦の功績を認められ(たまわ)った至高の一振りよ」


「す、凄ぇ……」


 質問一つだけって言ってたのに、全部教えてくれた。


 多分、わりと承認欲求が強く自分語りが好きなタイプの犬である。

 情報を引き出しやすいと確信し、悠太はもう一度異界の門について尋ねることにした。


 ――しかしそれは突然、悠太と獣頭の間に割り込んだピンク色の後ろ髪に(さえぎ)られる。


「あらーん? やっぱこの街って面白い男がいっぱいいるのね」


「おわぁ!」


 いきなり目の前に割り込んできた後ろ姿に一歩二歩後退する。


 まず最初に目が行ったのは、ウェーブのかかったピンク色の髪。

 それから、くねくねとくねる細い悪魔の尻尾。

 悪魔など見たことないが、先端がスペードマークのように尖っているので多分間違いない。


「ヒュームの男もいいけど、黒ワンちゃんの屈強な肉体もいいわぁ」


 目の前で尻がくねる。

 一言で表すなら、サキュバス。

 色香で人間を惑わす夢魔(むま)である。


 くねった拍子に横顔を見せる女の頭には、巻き角が生えていた。

 服装は白いブラウスにパンツスタイル、決して露出は多くない。

 にもかかわらず、持ち上げられたブラウスの(しわ)や隠しきれていないヒップラインに妖艶(ようえん)さが(にじ)み出ていた。


「貴様! 魔の者!」


 やはり悪魔らしい。


 獣頭は素早く退いて、物騒(ぶっそう)にも太刀の切っ先を整った顔へと向ける。

 悪魔は切っ先に怯えた様子もなく肩を(すく)めた。


「やだワンちゃん遅れてる?

 アタシたち『デモン』はもう去年にはしっかり市民権得てるわよ?

 今やあの異界の門(古い門)だって顔パスで通過できちゃうんだから。

 まあ、あんな寒いとこもう誰も使ってないけどね」


「ふん! あらかたヒュームの権力者共をかどわかしたのだろう! 誇り高きデス・プードルは認めんぞ!」


「あらいい身体してたから声かけたけど、とんだ堅物だったわね。残念、アタシ異性に求めるのは包容力なのよねぇ。だ・か・ら……」


 彼女は突きつけられた太刀の手前で、パチンと指を鳴らす。


 ――すると、どこからか黒光りの変態服(レザースーツ)に身を包んだ屈強な男が降ってきて、がっしり太刀を握った。

 目隠しと猿ぐつわと首輪をしているあたり、彼もまともではない。


「――そういう危ないもの、しまってくれるかしら?」


 挑発的に笑う女、その下僕っぽい男、歯噛みする獣頭。

 太刀とそれを掴むグローブがギリギリと力比べを始め、事態は一触即発の様相を(てい)した。


 だがそんな最中(さなか)で、女は対峙を下僕に任せ、くるりと振り向いて腰の後ろで手を結んだ。


「さ・て・と、じゃあもう一人の素敵なボクを誘惑しちゃおうかしら」


 また近い。

 しかし同じ接近にしても悪魔の女の方が破壊力があった。

 突き出された顔には夢幻に(いざな)われそうな紫の瞳、そして泣き黒子。

 頬には涙跡のような紋様(もんよう)があった。


 要所に色っぽさを搭載した顔立ちが、上目遣いで見つめてくる。


 拝啓、母さん。異世界の女性は色々と進んでいそうです。

 即座に視線を()らす。


「いやいいえ、自分もそういうの結構なんで。硬派なんで。心に決めた人いるんで。素数数えてるんで」


「うん、可愛い」


 やり取りに齟齬(そご)がある。

 こうなると話題も逸らさねばなるまい。


「ええと、あの、それはそれとして、おたく様は……その、異世界からいらしてるので?」


 会話の内容からして、彼女は獣頭の言うところの異界から来ているようであった。


「うふ、初心な話題逸らしも可愛い。えっと異世界? ああ、地元トークねいいわよ。アタシ、魔界から来てるの」


 魔界。

 荒野、ギザギザの山、赤黒い空にコウモリ。


「魔界?」


「あら、知らないの? じゃあ……異世界って?」


 細く整った片眉が上がった。

 どうも本当にやり取りの齟齬(そご)がある。


 口ぶりから、彼女が魔界から来ていることは間違いない。

 プードル顔の剣士との会話から、魔界は異界の門の先にあるらしいことも推測できる。

 異界の門という名前なら異世界に通じているものだと、悠太は考えた。


 齟齬の原因は――何故『魔界の門』ではなく『異界の門』と名付けられているか、であった。

 

 あたふたしつつもそこまで考えたのだが、またも意識の外から騒々しい気配が近付いてきて、思考を(さえぎ)った。


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