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3-7 飛びまわされてギルド街。

 風の衣を(まと)って、貴重な空飛ぶ体験。

 先行して飛ぶ幼女は、満面の笑みで振り返った。


 ――最初に視界に広がったのは、民家のような低い建物が密集する、まさに住宅街といった区画であった。

 ほのかにパンを焼く香りが立ち込め、住戸の窓枠には色鮮やかな小花が活けられている。


「『二時街(にじまち)』にゃ! ほとんどが人様(ひとさま)のおうちにゃ! 

 『料理人ギルド』の本部があって、居酒屋さんとか美味しいお店もいっぱいあるにゃ!

 夜になったらお父さんたちがプハっと飲んで帰って奥さんに怒られるにゃ!」


「へえ、ベッドタウンなわけか……いや、そうじゃなくて、俺は冒険者ギルドに……」


「次にゃ!」


 (あらが)えないまま、またも旋風に飛ばされ景色は一変する。



◇◇◇◇◇



 今度の街並みは煙突から狼煙(のろし)のように煙を上げ、キンキンカンカンと鉄を打つ音の響く区画であった。

 人通りはそこそこあるが、どの建物も平屋根で装飾は少ない。


 いくつかの店前には、ギラギラと光る刀剣や重厚な鎧が出されている。

 模造品(もぞうひん)であろうか、そうでないと物騒である。


「『三時街(さんじまち)』と『四時街(よじまち)』にゃ! ここには『武器職人ギルドと防具職人ギルド』があって、職人さんたちの仕事場があるのにゃ!

 夜になったら二時街でプハっとやって帰るのにゃ!」


「お前何歳だよ……」


「まだまだ行くにゃ!」


 これは気の済むまで色んな所に連れて行かれるパターンである。



◇◇◇◇◇



 続いての区画では、先程の街とは異なるトンテンカンと木材を叩く音が響く場所であった。

 あまり建物はなく、資材置き場のような空き地が目立つ。


「ん? ここって……」


「ご明察にゃ! ()()()()()()()()にゃ! 『五時街(ごじまち)』、『大工ギルド』のある大工さんの大工さんの為の大工さんによる街にゃ!

 内側で木とか石とか加工して、外側をぐるっと回る水路で仕入れたり運び出したりしてるにゃ。

 ここの人たちが首都(カージョナ)で一番プハっとしてるにゃ!」


「なあ、多分、一旦北行ったんだよね? 戻って来ちゃったの? 俺、北行きたかったんだけど」


「……それはどうかにゃ!」


 誤魔化(ごまか)した。



◇◇◇◇◇



 誤魔化しの確信を得たのは次の区画に、悠太たちの通った街門があったからである。

 人々の往来が激しく、色とりどりの店が並ぶ、慌ただしい雰囲気の区画には、見覚えがある。


「なあやっぱり戻って……」


「危ないにゃ!」


 叫ぶ声とほぼ同時に身体が降下する。

 すぐ頭上をマグレブのように両脇に荷物を抱えた雲鼠(ミルキーマウス)が飛び越えていった。

 見ると、この付近はとりわけ背の高い建物が多く、その屋根を沢山の雲鼠たちが飛び交っていた。


「『六時街(ろくじまち)』は『商人ギルド』のあるお店屋さんの街にゃ。

 今は空前の配達ブームにゃ。ミルキー便でああやって雲鼠(くもねずみ)さんたちが荷物を届けてくれるのにゃ。

 ミーもリンゴとかよく頼むにゃ、時々(かじ)られてるのが届くにゃ!」


「クレームものでは?」


「可愛いから許すのにゃ」


 そういう商業戦略だとしたら結構目の付け所が良いのかも知れない。

 そう感じつつ、悠太はもう一匹雲鼠を(かわ)した。



◇◇◇◇◇



 躱した雲鼠の一匹を追うように移動して、次の区画へと移る。

 見下ろす先には畜舎(ちくしゃ)が多く、軒下(のきした)には沢山の動物の姿が見受けられた。

 雲鼠は元より、牛や馬、ダチョウのような元の世界でも見たことのある家畜もいるようである。


「街の名前はわかる。『七時街(しちじまち)』だろ?」


 どうもカージョナは円形の敷地を時計盤に見立てて区画割りをしているようであった。


「そうにゃ! 通称『女王鬼軍曹ビシバシSM街』にゃ」


 七時にはまだ早い気がする。


「ここには『調教師ギルド』があるにゃ。

 偉い人たちに送るお馬さんとか……あと最近はさっきのミルキー便の雲鼠さんたちを調教してるのにゃ。

 街の外側だと畜産業してるにゃ。

 ちなみにここのギルマスさんは鞭で人をぶつのが好きなのにゃ。

 だから夜はお父さんたちがここでプハっとやるかビシっとヤられてるにゃ」


 この街のお父さんたちも色々と溜まっているらしい。

 世界を(また)いでもそういうところは変わりないようである。


「さあ、次の街はとっておきにゃ!」


「お、張り切ってるな? 八時には何があるんだ?」


「ふふん――この街の全てにゃ」


 にやりと口端を吊り上げて、サマーニャは飛んだ。



◇◇◇◇◇



 今までと違い、空中で留まることなく、街をなめるように飛ぶ。

 眼下で流れていく視界には、川底まで澄み切った運河と、何本も枝分かれする水路、そこに群がるように並べられた住宅街が映る。


「……凄い、綺麗だ」


 これまでの街には多少雑多な印象があったせいか、整理された部屋のように規則正しい街並みと澄んだ水のコントラストに、素直な感想が出た。


「そうにゃ? 綺麗にゃ? 凄いにゃ?」


「何かえらく嬉しそうだな……っと、おい! ちょっと、速い!」


 風が強まり速度がグンと上がる。


「『八時街(はちじまち)』の凄いとこはここからにゃ!」


 張り切るサマーニャは悠太を連れ、河に沿うように上流……首都の中心に向けて飛んだ。

 彼らの先には、中心地に座す巨大な宮殿がある。


「ここには『衛生士ギルド』があるにゃ! この街をピカピカ快適にするギルドなのにゃ!

 それでそれで、このおっきな河の水は……このおっきな『逢王宮(ほうおうきゅう)』から来てるにゃ!」


 滔々(とうとう)と流れる水は、()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 空にいても尚、肌を包む水しぶきが規模の大きさを伝えている。

 圧倒されながら宮殿の外壁に沿って更に上空へ。

 オレンジ色をしたドーム状の天辺(てっぺん)まで高度を上げて、ようやくサマーニャは止まった。


 目の前に迫る天守閣(てんしゅかく)は、柱で支えられた隙間から内部を垣間見(かいまみ)ることができる。


 ――ドームの中を見て、悠太は目を見開いた。


「あ、雨?」


 街は快晴である。

 見上げれば太陽が日差しを送っている。

 しかし、隙間から見えるドームの内部には、土砂降りの豪雨が降っている。


「さっきの河の、もっと言うとこの街の生活に使ってる水の水源にゃ!」


「建物の中だけ雨なんて……どうなってんだ」


 魔法の類であろうか。

 目をぱちくりさせる悠太に彼女は胸を張って答える。


「オカマのおじちゃんとオカマじゃないお爺ちゃんが造ったにゃ!

 この建物全部が『大鯨の天蓋(たいげいのてんがい)』っていう魔導具でもあるのにゃ!」


「これ全部が……魔導具?」


 思わず自分の腕に装備している『大蔦豚の篭手(おおつたぶたのこて)』と見比べた。

 街一つの生活用水を(まかな)うことができるというそれは、ひたすらに壮大であった。


「本当は、この子は街中を水浸しにしたがってるのにゃ。魔導具にされた恨みなのにゃ」


 ――魔導具の意思。

 「(むさぼ)れ」と篭手が語り掛けてきた時の光景が(よぎ)って、(あせ)り頭を振る。


「こんな恨みすら生活のお役立てにしちゃうのが、人の凄いとこにゃ」


 少しだけ寂しそうな横顔を見せて、サマーニャはにこりと笑った。


「さあそろそろツアーも佳境(かきょう)にゃ!」


 頼んだのはあくまで道案内であったが、悠太はもうどうでもよくなっていた。

 むしろここまで(まわ)ったのなら、最後の街まで解説してほしいという思いすら芽生えていた。



◇◇◇◇◇



 続いて訪れたのは、敷地の広い一軒家が並ぶ、高級住宅地のような一画であった。

 遠くには巨大な教会のような建築物がある。


「『九時街(くじまち)』と『十時街(じゅうじまち)』にゃ! (えら)くてブルジョワな人達が住んでるにゃ!

 あのおっきな教会は、『魔導師ギルド』だにゃ! ()()()()()()()()()()()にゃ!」


 魔導師ギルドはライチが向かったギルドであった。

 (おの)ずと目を()らして建物を見てしまう。

 高級住宅地にあるだけあって、清潔そうなギルドであり、何となく安心する。


「ほんでもって魔導師ギルドの向こうには『魔導具ギルド』があるにゃ!

 魔物さんとか連れ込んで怪しい研究をしてるのにゃ!」


 もう一度篭手を見てしまう。

 強い魔物の亡骸(なきがら)から作られるというこれらの道具は、どうもこの世界の文明に大きく関わっているようであった。



◇◇◇◇◇



「お次は『十一時街(じゅういちじまち)』にゃ。矢とかに気を付けるにゃ!」


「矢?」


「矢にゃ」


 物騒な単語に視線を下げると、どこか懐かしい和風な瓦葺屋根(かやぶきやね)の景色から、ちょうど一本の矢が飛んできて、頬を(かす)めた。


「もうやだこの街。すっげぇ色々飛んでくる」


「ここには『傭兵ギルド』があるのにゃ。

 偉い人の護衛に、山賊さんの討伐に、内緒の刺客にと傷だらけの毎日を過ごしてるにゃ。

 だから日々の鍛錬は欠かせないにゃ。

 矢とか剣とか振り回してスパーリングとかスパーキングとかしてるにゃ」


「とりあえず近づかない方がいい街なのはわかったよ」


「スリリングでバイオレンスでサスペンスな素敵なとこにゃんだけどにゃー」


 何一つ素敵な要素がないだろという突っ込みは、再び風音に()き消され、移動となる。



◇◇◇◇◇



 法則的には十二時街であろうか。

 辿り着いたのはひたすら白くて無機質な四角い建物の並ぶ区画。

 非常に清潔な印象を受ける一方、冷たく寂しい街並みであった。


「ここは『零時街(れいじまち)』にゃ。『医療士ギルド』があるのにゃ。

 怪我や病気を治してくれるにゃ! 揺り籠から墓場まで至れり尽くせりにゃ。

 ミーもつい先日、柑皮症(かんぴしょう)を治してもらったにゃ」


「みかん食べ過ぎて肌が黄色くなるやつ……」


「黄色くなったとこ切除して別から移植したにゃ」


「大がかりが過ぎる!」


 渾身の突っ込みはあっさりとスルーされてしまう。


◇◇◇◇◇



 お終いは突然に。


「……さてとにゃ」


 少し声色を落とした彼女は、風音の中でふわりと浮き上がっていく。

 そうではなく()()()()()()()()()()()()のだと理解した時には、既にかなり距離が離れていた。


「ミーのお散歩に付き合ってくれてありがとうにゃ! この街の魅力も少しは伝わったかにゃ?」


「おい! ちょっと待て! これ、落ちてる!」


「『一時街(いちじまち)』、『冒険者ギルド』に到着にゃ!

 きっとすぐお祭りが始まるにゃ! 楽しんでくるのにゃ!」


 まるで助ける気がない。

 最後まで振り回されっぱなしである。


 悠太は悪態を吐きつつ、手の平を下に向けてステータス画面を出す。

 ステータス画面は浮かべた位置に留まる特性を持っている。


 すぐに衝撃が来て、身体が跳ねる。

 上手く腰かけられでもすればいいが、まだ身体も画面もそこまで上手く操れない。


 そのまま何度もステータス画面に身体を受けさせ不器用に落下速度を殺しつつ、石畳の広場が近付いてきた。


 人通りがある。

 これ以上画面を出すのは、危険だと思った。


 ――そう思って間もなく、人影が眼下に映って、衝撃を受けた。


「ぎゃん!」


 しまった、誰かにぶつかった。


 勢いを削いでいたのでそこまでの大事故ではなかったと信じたい。

 実際、尻餅をつく悠太自身にはそこまで痛みはない。

 慌ててぶつかってしまった相手を確認しようとすると、それは競り上がるように巨体を起こし、ジャケットの下の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「く、不覚(ふかく)……何者だお(ぬし)は」


 (いぶか)し気な視線を送る目つきの悪い双眸(そうぼう)は……なんとプードル顔の獣頭に付いていた。


「……猫の次は、犬だ?」


【ギルマスの名前で覚えよう! 数字のアラビア読み】のコーナー(ギルマス名ネタバレ))

作内の首都カージョナは、時計盤に見立てて街が区切られています。

12の街を統治するギルドマスター達の名前には、それぞれ対応する時間のアラビア読みが宛がわれています。


 1=ワーヒドゥ    (ワヒドマ:冒険者ギルド)

 2=イトゥナーニ   (イトネン:料理人ギルド)

 3=サラーサ     (サラーサ:武器職人ギルド)

 4=アルバァ     (アルバ:防具職人ギルド)

 5=ハムサ      (ハンサ:大工ギルド)

 6=スィッタ     (スィッタ:商人ギルド)

 7=サーブァ     (サーバ:調教師ギルド)

 8=サマーニャ    (サマーニャ:衛生士ギルド)

 9=ティスア     (ティスア:魔導師ギルド)

10=アシャラ     (アシャラ:魔導具ギルド)

11=アハダ・アシャラ (アハディオ:傭兵ギルド)

12=イスナー・アシャラ(イズナ:医療士ギルド)


普段からお世話になっているアラビア数字にも聞きなれない読み方があって面白いですね!

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[良い点] ステータス画面の板を破壊不能、自分以外に不可視で出し入れ自由なオブジェクトとして使うという発想や着眼点に惹かれました。 その用途に気付くための導入も自然でしたし、あまりにも矛や盾として使い…
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