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0-2 大火熊のウ・ワ・サ

 肩で息をする学ランの少年に、黒髪の少女ネピテルは竹の水筒を差し出した。


「はいお疲れさん」


 村の奥地、まばらに民家の立ち並ぶ区画で悠太とネピテル、そして栗毛の女性は合流した。


「サンキュ」


 水筒をありがたく受け取り、ぐいと飲む。


「ぶはっ!」


 吹き出す。ドロッとしていて青臭い。


「ネピ……お前これ何だ!」


「スムージー」


 答える顔が半笑いだ。


「最近イトネンに作ってもらってるんだ。朝飲むと凄く調子よくなるの」


(のど)乾いてる奴に渡すもんじゃないよね!」


「善意の施しに文句つけるの?」


「悪意が半笑いに出てんだよ!」


「あ、あの」


 飛び込んできた第三者の声に勢いよく振り向く。

 少し威圧的だっただろうか、女性の肩がびくりと()ねる。

 しまったと悠太は罰が悪そうに視線をそらす。

 その横でネピテルが笑いをこらえる。


 女性は鳶色(とびいろ)の瞳を戸惑ったように迷わせ、近くの民家を指差した。


「えっと、助けてくれてありがとう。あの、喉が渇いているならお茶、飲んできます? うちそこなので」


「え、いやあの……」


 たった今知り合ったばかり、一度は断るのが奥ゆかしさというものであろう。

 しかし、街を出てから水分を口にしていなかったのと、先程の一悶着(ひともんちゃく)と、トドメのスムージーのせいで悠太の喉はからからであった。


「……お邪魔します」


 女性について行きながら、ネピテルがまた悪戯っぽく笑う。


「丁度いいや、火熊関連で絡まれてたみたいだし、お茶しながら話聞いてこう。いやはや君は恩を売るのが上手いね」


 ()()()()()()()()()()()()とは言えず、未だ口に残る野菜の味を噛みしめながら、彼女の家へと向かった。



◇◇◇◇◇



 木造の家は二階建てで、二十代半ばくらいの女性が一人で住むにはやや広すぎる気がした。

 失礼にも見渡していると、ペルシャ柄の絨毯(じゅうたん)の敷かれた居間に通され、木の椅子を勧められる。


「冷たいのがいいでしょ。カペル産のウバ茶よ」


「カペルって、西の?」


 知らない世界で知った響きを聞いて、思わず尋ねた。

 悠太がこの世界へ来て最初にお世話になった村の名前がカペルであったのだ。


「ええ、あそこら辺はここより暖かいから、茶葉に甘味が出るのよ。私が幼い頃は毎日飲んでたわ。大分前からあまり売ってなくてね、今はお客さん用」


 カペル村は長年魔物に悩まされていた。

 その影響が遠隔地まで伝わっていると、本当に世界として繋がっているのだなと実感する。


「うん、美味しいね。おかわり!」


「お前、話聞いてたか?」


 厚かましいネピテルを(たしなめ)めつつ、もう一杯ついでくれる彼女に頭を下げた。


 そこに、お茶の香りに誘われてか、部屋の奥から一頭の犬が現れる。

 灰色がかってはいるが、ゴールデンレトリバーに似た人懐こそうな犬種であった。


「あら、ラッキーもお客さんに挨拶? 良い子ね」


 一通り飼い主に頭を()でられた犬は、カチャカチャと木の床を歩いてネピテルの方に足を運ぶ。


「へえ、君ラッキーって言うの。ほら、お手お手」


 いきなり芸を強要するな。


 そう突っ込もうとしたところで、ネピテルの差し出した手がガブリと噛まれる。

 悲鳴が部屋に上がって、逃げる少女を犬が楽しそうに追った。


「あらもう仲良くなったのね。微笑ましいわ」


 女性は何でもなさそうな顔で微笑んで、悠太の前に座った。


「どこを、どう見れば、そう見えるんだ! ちょいユータ! お茶飲んでないで助けろ!」


 先程のスムージーの恨みがあったので、悠太は「頑張れ」とだけ答えておく。


 どったんばったんとする室内で対面し、とりあえず自己紹介から始めた。

 悠太が名乗ると、女性は自身の襟首につけたギルドタグを見せた。

 それは同僚の証である。


「冒険者、だったんですか」


「ええ、カナリーよ。冒険者ギルドに所属はしてるけど……さっき見た通り実力はへっぽこよ。改めてありがとうね、助かったわ」


 いえいえと謙遜(けんそん)しながら、悠太はタグに注目した。

 銀色に輝くタグの星は三つ。

 へっぽこを自称する割りに、先程の大男たちと同じランク3のようだ。


「星の数なんてあてにならないわよ。()()()は正規に試験クエストを受けてランクを上げたわけじゃないの」


「というと? それに私たちって」


「うん、まずそこからよね……えっと貴方たちも、大火熊のこと聞きに来たのよね?」


 チラリとラッキーに頭を(かじ)られるネピテルを見たあたり、さっきの会話は聞かれていた。

 あの大男たちと同類に見られてしまったのか少し表情が曇った気がして、気まずさを感じる。


「ううん、いいのよ貴方たちなら。別に隠すことでもないし」


 気持ちを切り替えるように、彼女は表情を明るくした。


「……私は弟と姉弟(きょうだい)で冒険をしていたの。

 自分で言うのもあれだけど、あまり()えない冒険者でね、ランク1の、ちょっとした僻地(へきち)の採集クエストを受けて日銭(ひぜに)を稼いでいたわ。

 ここにも湿原鼠(グラスマウス)の捕獲ってそこそこ簡単なクエストの為に訪れたの。もう五年も前になるかな。その時はここに村なんかなかったのよ?」


「え、そうなんですか? あんなに賑わってるのに?」


「それに関しては少し自慢(じまん)しちゃおうかしら。ここに村が出来たことにはね、私たち姉弟も関わってるの」


 少し鼻息を荒くして、カナリーは席を立った。


 ラッキーに腕ひしぎ固めをかけるネピテルの横、壁に飾られた額縁(がくぶち)を示した。

 そこには日本語で「カナリー殿、ウッド殿」との宛名で書かれた表彰状があった。


 ――未だ慣れないこの世界の気持ち悪さ。

 それがこの都合の良い言語である。

 ごく普通に日本語が用いられているが、外国人的な顔立ちの人間もいるし、獣頭の獣人もいる。

 人々は多様なのに、言語は統一されているのだ。

 実際に息づいている彼らを酷く作り物染みて感じてしまうこの感覚が嫌いで、悠太は言語に関して深く考えることを避けている。


「火熊ってね、以前は乾燥した荒野にだけ生息する魔物とされてたの。自分の身に(まと)ってる火で木を焼いちゃうから森になんか住めっこないってね。

 そんな中で湿原鼠を追ってた私たちは、この森で繁殖(はんしょく)してる火熊たちを見つけたわけ。

 後で調査に来た衛生士(えいせいし)ギルド曰く、気候柄湿度(しつど)が高いから、山火事にならないんですって」


「なるほど、新しい生息地を見つけたんですね」


「そう、で、もう死に物狂いで三日三晩、本当にもう死ぬ直前で何とか一頭を仕留めてね、ギルドに持ち帰ったの。その功績が認められて、私たちはランク3の冒険者に昇格したってわけ」


 胸を張る彼女にパチパチと拍手して、感心した。

 なるほどネピテルの言っていた通り、試験クエストを受けなくてもランクを上げる方法はあったわけである。


 しかし、得意げな表情だったのはそこまでであった。

 彼女はどこか寂しそうな表情で窓から外を……賑わう村を見つめる。


「でもね、やっぱり元がへっぽこ過ぎて、ランク3のクエストは失敗続き。ギルドにこうして環境を整えてもらって、ここで火熊を狩るのが精一杯。

 まあ、何とかノウハウは覚えたからね、今では大分安全に狩れるようになって……スローライフって言うのかな? ひとまず不自由なく暮らせてたの」


 やはり寂しげに、彼女は言葉を区切って押し黙った。

 その先を口にするのを戸惑っているようだ。


「ここからが本題ね……さっきの大男たちや、貴方たちが聞きたいだろう情報よ」


 大火熊、そんな言葉が(よぎ)って悠太は(つば)を呑んだ。

 ネピテルも耳を傾けながら、ラッキーに吊り天井固めをかけられている。


「彼らが私に案内しろだなんて迫ってきたのは、私が噂の大火熊の目撃者の一人だからよ」


 話の流れから、ある程度予測はついていた。

 恐らくは、姿の見えない弟も関係しているであろうことも。


「あれは二週間前……雨の次の日だった。

 ここが他の狩場より優れているのは、ぬかるんだ地形を利用して火熊の動きを止められるところなの。雨上がりだとそういう罠にかけやすくてね、私たちはそれを上手く利用しないと安全に狩りができないから、ここぞとばかりにクエストを受けたわ。

 いつも通りに夜に出かけて、いつも通りにぬかるみに()めて、いつも通りにトドメを刺そうとしたところで、あれが現れたの」


 カナリーは腕を抱き、(うつむ)いて身体を震わせた。


「通常の個体の七倍はあったと思う……山のように大きな火熊が見下ろしてきて、私を……それで、弟が庇ってくれて、私何もできなくて、逃げて、逃げて……」


 よほど怖かったのか、言葉が進むにつれて震えは大きくなっていた。


「あの、あまり無理はせずに」


 悠太の言葉に現実に引き戻されたのか、カナリーは顔を上げて、深呼吸をした。


「……旅の、旅の人についてきてもらって、助けに戻ったわ。でも……そこに弟の姿はなかった」


 震える声がそう呟いて、虚空に消えた。

 悠太はかける言葉に迷い……ネピテルはラッキーを追って隣の部屋までドタドタと追いかけていく。


「うるっさいなもう! 少しは大人しく……」


「ユータ! ユータそっち行った! その馬鹿犬捕まえて!」


 飼い主の前で馬鹿呼ばわりするなと思いつつ、騒々しいのも嫌になってきたので腕を広げて捕獲に動く。

 特に苦労せず、隣の部屋から飛び出してきたラッキーを抱き止める。

 彼は口にくわえていた腕輪(ブレスレット)を悠太に渡して誇らしげにワンと一鳴きした。


「おおう良い子だ。えーとこれは、腕輪?」


「あ! ちょっともうこの子ったら!」


 慌てた様子のカナリーがブレスレットに手を伸ばしてきたので、なすがままに手渡す。

 それを両手で握りしめるような仕草に違和感があって、尋ねた。


「それは?」


「……これ、弟がいつも付けてた形見なの。現場で見つかったのはこれだけだったから……」


「そう、だったんですか……」


 興味本位で踏み込めるラインは超えてしまったと、悠太はそれ以上何も聞かなかった。

 カナリーもそれを感じ取ってか、話のまとめに入る。


「だから、だからごめんね。私は大火熊を見たけど、その住処までは知らないの。勿体ぶって話したのに、何の役にも立てなくてごめんなさい」


 辛い思いをさせた上に謝らせてしまったと悠太は焦った。


「いえいえ! 全然そんなことないです! こっちこそ色々立ち入ったこと聞いちゃってすみません!」


「あ、でもせめて大火熊と遭遇した場所を教えてくれると嬉しいかも」


「お前ほんと……」


 デリカシーのないネピテルに呆れた悠太は「こら」と頭を抑えて下げさせる。

 カナリーは無言で首を振って、一枚の地図を取り出した。


「……出会えるかわからないけど、地図の、この辺りよ。これを教えることが正しいかはわからないけど……その、私も、(かたき)を取ってくれる人を望んでたのかも知れない。さっきの腕前なら、貴方たちならきっと……だから……」


 弟の仇を取って欲しい。ただ誰にも危険な目にあって欲しくない。

 そんな葛藤(かっとう)が透けて見えたので……悠太は格好つけることにした。


「教えてくれてありがとうございます……俺たち、行ってきます」


 火熊の狩りは夜が有利だという。

 夕焼けも暗くなってきた頃、悠太たちはカナリーの下を後にした。


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