3-5 セブンスシルエット
「おんやぁ? アタシ好みのガキは東側に回りましたのう」
「お、マジかよタヌキババア。さっきの騒ぎ見るに、あのガキは結構見どころあるぜ。俺っ様のギルド来ねぇかな」
「誰がババアじゃ失敬な」
「いやババアなのは認めとけよ」
「お黙りな、これじゃから品位に欠ける輩を月例会に呼ぶのは嫌なんじゃ」
「うふふ、落ち着いて下さいなスィッタさん。ハンサ君の口が悪いのと汗臭いのはいつものことですよ」
「そうじゃがのう……」
「そうじゃがのう、じゃねぇよ! おい糸目……イトネン! 誰のどこが臭ぇって?」
「口と脇と服かしら。また現場から直接来たでしょう? 会議に無作法ですよ、すぐに大鯨水栓浴びてきなさいな」
「そうじゃそうじゃ」
「現場からわざわざ呼びつけたのはババアてめぇだろうが! くっそ……どう思うよアルバ!」
「え!? ええ、あの、僕も……少し臭うなと……」
「そ・こ・じゃ・ねぇよ! このシスコン眼鏡!」
「む、そうじゃったアルバ、主の姉はどうした。今日は必ず来るようにと念押ししたのじゃが? むしろお主など呼んどらん。帰って構わんぞ」
「ええ……『反対派』ってだけで酷いなぁ。サラーサ姉さんなら例のお尋ね者を捕まえるって、委任状だけ僕に預けてアシャラ老と街を探し回ってるよ」
「件の北方の逃亡者じゃの。ふむ、そして『サラーサ』と『アシャラ』か……」
「うふふ、武器職人ギルドと魔導具ギルドのマスターがご執心ってことは、魔剣とかそういう類のものでも紛れ込んでるのかしら。包丁に使えるなら私も欲しいわ」
「手刀で大体おろせるだろうがよてめぇはよ。まったく料理人ギルドらしくないゴリ……」
「ハンサさんそれは……ああ、言わんこっちゃない」
「見事に手刀でおろされたのう」
「あらやだ困ったわ、意識飛んでる人って決議に参加できるのかしら。もう定刻なのに」
「イトネンお主、わかってて殺っておるな?」
「どうかしら? ……まあ、風物詩になりつつあるあの大騒ぎにもうんざりしてきましたし、ここらで一度、否決にならないかな、とは思ってます」
「……どうしよう、この人姉さんより怖い……」
「うふふ、さて、と。では定刻も参りましたし、月例会始めちゃいましょうか。そっちのご婦人お二人もいいかしら?」
「……さっさとしろ。貴様らと違い自分は忙しいのだ。資料は目を通した、早々に決議を済ませろ」
「定刻開催は構いませんが、今月の議長は冒険者ギルドです。イトネンさんではなく、そこで震えて固まっている彼女が開会宣言すべきでは」
「それもそうだけど、でもこの娘、サブマスで今日が初めての月例でしょう? 凄く緊張してるみたいなのよ。ほら見て、こんなにぺたぺた触っても動かない」
「大の男一人を沈めた手だからなぁ……凶器当てられてる気分なのでは?」
「あらあらそんな遠慮しなくていいのに。
ほら、騒ぎの発端の冒険者ギルドマスターが肝心の承認会議もほっぽり出してる体たらくじゃない?
可哀想と思ってね。サポートしてあげてもいいでしょう?」
「随分と親切じゃの、お主はあの乱痴気騒ぎには反対の立場じゃったはずじゃが?」
「うふ、それとこれとは別ですよ。ここのところの代替わりで月例会の参加率落ちてるもの。
今日だってまだ七人、やっと半数超えただけですよ。
ギルマスの皆が忙しくて来づらいのはわかるけど、その下のサブマスや代理の子たちが一部のガラの悪いギルマス達を怖がって出席に乗り気じゃないって、結構な問題になってるのよ?」
「視線が自分とハンサに向けられているようだが、イトネン貴様も大概避けられているぞ」
「あらそうかしら? ねえサブマスさんもそう思う? ……うふふ、そうよね、そんなことないわよね」
「そういうところじゃぞ」
「じゃ、開催宣言と決議号令以外は私が代役してあげる、いいかしら? ええと……」
「……シ、『シャチ』と申します。あの、ありがとうございますイトネンさん、私、ぼ、冒険者ギルドのサブマスターになってからこういう場は初めてで、あの、ええと、では始めさせて頂きます、今期、えの、第四回目の月例会を……」
「いやいや、遅れちゃったのねん。すまぬのねん」
「ひうっ」
「ちっ、来おったかエルフのヘビジジイ」
「あら遅かったですね『ティスア』さん。シャチちゃん怖がらなくてもいいわ。このお爺さん耳尖ってるし悪の神官みたいに見えるけど、神官さんほど気難しくないから」
「それじゃただの悪人では……」
「ちょっと失礼なのねん。儂だって傷付くのよん。まあ、いいや。そこのお嬢ちゃんが議長? あの馬鹿のとこの一員の割りにまともそうじゃない。君、さっさと検討事項だけ決を取っちゃってね」
「ひゃい! でも、あの、まず月次報告と、各ギルドの懸案事項……」
「資料はもう見たよ、そこら辺はもういいから。皆忙しいのねん、わかる?」
「ひうっ」
「ティスアさん。遅れて来ておいて厳しすぎでは?」
「あのねイトネン君、あの冒険馬鹿は決議終わり次第おっぱじめちゃうよ? 儂はさっさと対策に回りたいのよねん。貴女やアルバ君も同じでしょう?」
「あはは、確かにそうかも……」
「……もう、ごめんねシャチちゃん。あ、カンペ用意してるのね? 偉いわ、じゃあ、こことここだけ読んじゃって?」
「ひ、ひゃい! 第四回月例会、開催します! 検討事項! 『第七回ギルド入団祭』開催について! 説明は資料の通りです! 決議おねがいしまっしゅ!」
「もう、涙目だね」
「というかヤケクソじゃの」
「――じゃあ……議長を除いた『時計盤』通りに私から。
二時街、料理人ギルドマスター、イトネン。この議事に反対の一票を投じます。
大半の平和に暮らす人間にとっては食卓を囲う安らぎを奪われる無駄な騒ぎに過ぎません」
「次は僕ですね。イトネンさんに同じくです。
四時街、防具職人ギルドマスター、アルバは本件に反対します。
去年僕はサブマスターで修理依頼の相談窓口でしたが、この騒ぎのせいで依頼が殺到して処理できなくなるんですよね。
……あ、ちなみに、姉さん、武器職人ギルドマスターのサラーサは議長委任の委任状を提出してますね」
「いてて……ぐ、俺様は賛成だ!」
「あ、生きてた」
「このハンサ様の丈夫さ舐めるなよ……へへ、この祭り、修理費は冒険者ギルド持ちだからなぁ、大工ギルドとしては稼ぎ時なのさ」
「アタシも賛成さね。
六時街の商人ギルドマスターとして、このスィッタ、特需を逃しはしないよ」
「七時、調教師ギルドマスター、サーバ。自分も本件賛成する。
普段は魔物にしか鞭を振るえんからな。たまには人の躾もいいだろう」
「完全に私情で賛成してる人いるけど、儂はどうかと思うね。
九時街、魔導師ギルドマスター、ティスア。勿論反対よねん。
逢王議会からも睨まれてるし、今年はスー・フェイの戴冠式もある。目先の利益に目が眩むとパイプ増やせなくなるかもよん」
「――さて、衛生士ギルド、魔導具ギルド、および傭兵ギルドは欠席ですので、最後は私ですね。
零時街、医療士ギルドマスター、イズナ。反対です。
別に開催自体は構いませんが、騒ぎに首を突っ込んで負傷した方の治療を優先することはありませんので、ゆめゆめお忘れなきよう」
「ひうっ」
「さあ、賛否は出揃ったわね。
えっと、この場の賛成が三票、反対が四票。議長委任が一票……議長の冒険者ギルドは主催だから当然賛成ね。委任も加算して賛成に追加二票。
……はあ、最終的に賛成五票に反対四票で決議承認。去年と同じね」
「ふん、わかっていても不快なのねん。儂は失礼するよ。お嬢ちゃん、人の迷惑を考えるなら出来るだけ寄り道してゆっくり帰ることねん」
「終わったな。では自分も失礼する」
「おっし、んじゃ俺っ様は材木ゴーサイン出してくるかね」
「呑気でいいねぇ事後処理勢は。アタシも行くよ。早速各商店にポーションだの魔導符、観戦用にドークと麦芽酒も回しておかんと」
「ぼ、僕も、ああああもう、何人の職人さんに頼み込まなきゃいけないんだぁ……姉さんのとこ何人か借してくれないかなぁ」
「……全く、誰も彼も形式をまるで守る気がありませんね。そこのシャチさん、一応閉会宣言なさい。時刻を議事録に残しますので」
「ひゃい! あの、終わりです!」
「はあ……では、私も怪我人の受け入れ体制だけは作らねばなりませんので、失礼致します」
「あらあらお気をつけて。イズナちゃんも大変ね。さ、シャチちゃんお疲れ様でした。私ももう行くけど、大丈夫かしら?」
「は、はい! イトネンさん、色々と、ありがとうございました! あの……」
「どうかしたの?」
「あの、イトネンさんはお祭り、反対なのに、こんなに良くしてもらって、ごめんなさい」
「うふふ、シャチちゃんはいい子ね。でも皆大人だから、決議されたことに対してはもう気持ちを切り替えてるわ。私も別に多数決で決まったなら納得よ。ただね」
「はい?」
「あの騒ぎ、私たちの出番あるでしょう? その時は、潰す勢いで『間引く』から、そこは恨みっこなしでお願いね」
「……ひゃい」





