3-4 金髪ロール多めキャラ濃いめ執事あり高笑い増し増し
「おーっほっほっほ!」
――マジか。
それこそ創作の中でしか聞いたことのない、耳鳴りがするような笑い声。
その音源を探して振り返ると、すぐ横を通り過ぎた馬車が停まり、黒塗りの車体の扉が開いた。
「田舎者どもが何を熱くさえずっているかと思えば、分もわきまえず大魔法だの、精霊に愛されていない者のためだの……」
わざわざ降りてきたのは、フリフリの深紅のドレスを身に纏い、金髪にやけにボリュームを持たせた女性であった。
ドリルのような巻き髪が四本くらいついていて重そうである。
「あまりにおかしくって笑ってしまいますわぁ!」
「……え、俺たち?」
「やだ降りてきたわ、こっち見てる」
雲鼠のマグレブはライチの影に隠れた。
長いドレスに脚が隠れていてもわかる仁王立ち。
誇らしげに腕組みをして真っ直ぐ不敵な笑みを浮かべている。
そして女は、色んなものを揺らしてツカツカと歩み寄って来た。
対峙してみると、歳はライチと同じくらいに思えた。
特徴的なのは強気そうなつり目と宝石のような赤い瞳、あとやっぱり重そうな頭である。
「あの、何か俺たちに用で?」
「下賤の者に名乗る名前は持ち合わせていなくてよ!」
ああ、会話の成り立たないタイプの人であった。
「そこの貴女、この『ガーネット・ファーレンフィード』を前にして魔導師ギルドに入るなどと宣っていましたわね?」
「早速名乗った……」
「名乗ったわね……」
マグレブは欠伸をした。
堂々と名乗った女は無遠慮に赤毛の少女を睨み、すらりとした指を突き付ける。
「魔導師ギルドは魔法の真理を解く崇高なるギルド、精霊に愛された高貴なる選ばれし者のみが集い研鑽に励む場ですの!
貴女、精霊に愛されてもいないとほざいていましたわね。そんな田舎者が来たところで邪魔になるだけですわ。お止めになった方がよろしくってよ!」
お手本のような選民思想の差別、対するライチの返しはただ単に呆れ気味であった。
「まさか、それを言いに来たの? わざわざ馬車を降りて?」
「私は慈悲深いのですわ。精霊に愛されているかは生まれ持っての気質。後天的に集歌の効率を上げられる量はごく僅か……おーっほっほっほ!
私は才能なき者が無駄に夢見て無用に挫折を味合わないよう忠告して差し上げてますのよ」
「忠告ありがとう。ところで、あなたはギルドの入団審査の権限でも持っているのかしら」
何となく、赤毛の少女の態度も熱くなってきた気がした。
ライチ・カペルは冷静沈着に見えて結構な激情家である。
「高貴なる私にはもっと相応しい役割があるのですわ! まあ仮に私に裁量をお任せ頂けましたら、きっと今より才気溢れる有能なギルドと……」
「権限ないのね。なら用はないわ。ご忠告ありがとう、さよなら」
ご高説に被せた容赦のない言葉。
ライチは「行きましょ」と続けて悠太の腕を引っ張り、場を去ろうとした。
少し角は立つ気がするが、対応としては正しいと感じる。
不審者のいる場所からは早々に離れるべきであろう。
しかし、不意にかけられたトーンを落とした言葉に、足は止まった。
「愚かですわね。精霊に愛されない者が努力する時間があるなら、お金で才能ある魔導師を雇ったほうが早くてよ」
ライチの眉がピクリと跳ねた。
「……それが、できたら」
苦労はない。
なけなしの金で魔導師を雇っても、狡猾な魔物なら身を隠し逃げ遂せる。
そもそも魔物に蹂躙され、金銭的に余裕がない。
金髪の彼女の言葉は、そういう村があるという実情を踏まえた発言には、聞こえなかった。
だから、少しカッとなったのだと思う。
「お前さ――世間知らずだな」
言ってから、この世界で自分がこれを言うかと……学ランの少年は自嘲した。
ただ、この論点においては少なくとも目の前の女より、悠太は実態を知っていた。
ライチは歩み出た少年の背に驚きを向ける。
「ユータ……」
「あら見るからにお上りさんの田舎者が言ってくれますわね。ファーレンフィード家の次期当主として数々の社交の場で経験を積む私と、田舎から出もせず狭い世界で暮らしていた貴方がたのどちらが世間知らずかしら」
「どっちもだろ。その人がどんな状況に置かれて、どれだけの努力を重ねて、どんな想いで誓いを立てたか……それを想像もできないのは、しようともしないで馬鹿にすんのは、世間ってのを知らないからだ」
初めて彼女が口篭もった。
「まあ、俺も自分の世間知らずは否定しないさ。実際あんたの言う社交界なんて全然知らないしな。だからあんたがそこで何をしてるのかも知らない。
とりあえず、下らない先入観と面の厚さが必要なんだろうな、とは思ったよ」
自身でも驚くほどに煽りの文句が出てくる。
元の世界で姉や友達と口論になった時も、ここまで喧嘩腰に挑発したことはなかった。
それほどに、隣にいる少女の今までを踏み躙られたくなかった。
少し意外であったのは、それまで高慢ちきに振る舞っていた彼女が、表情を冷ややかなものに改めたことである。
「……田舎者には理解できないことですわ」
そう呟いて、女は流し目を馬車に向けた。
すると、かっちり固めた白髪にタキシード、モノクル眼鏡の老人が跪いて、一冊の本を掲げた。
女は執事にそれを掲げさせたまま、両手を広げる。
「いいでしょう。では如何に貴方がたが無謀で、愚かか、思い知らせてあげますわ――『番う焔よ』」
――街中で彼女が唱えたのは火の集歌、魔法の合図であった。
この世界の魔法は、大気中の粒子を『集歌』で集め、『令歌』で命令することで発動する。
驚くべきはマナの集まる量であった。
彼女の広げた片手には、たった一フレーズでハンドボール大の赤い光が集まっている。
それはライチが目一杯集めたのと同じくらいの量である。
「まさか、街中でやるつもりかよ」
街のざわつきが悠太たちに向けられ、二人は身構える。
マグレブも毛を逆立てて臨戦態勢となる。
その様子を見た彼女は口端を吊り上げると、もう一つ悠太たちを驚かせた。
「――『靡く雫よ』」
「え、水の……?」
ライチが困惑した。
詠唱の途中で挟まれたのは、あまり聞き馴染みのない集歌であった。
それが水の集歌だと確信したのは、広げたもう片方の手に青い光が集まったからである。
ライチから聞いた話では、集歌は基本的に一属性分しか唱えられないという。
途中で途切れたり、別の歌を唱えると、今まで集まっていた粒子の光が散ってしまうのだと。
「『紅蓮の海に授かりし』――」
今度は火の集歌に切り替えた。
彼女は巧みに歌を操り、二属性のマナの光を集めていった。
そして赤と青の光が夥しく渦巻いた頃、執事から本を手に取って命じた。
悠太は密かに自分とライチの前へと、それぞれステータス画面とイクイップ画面を浮かべた。
「コール『待機』」
略令歌と共に本が光る。
しかし、粒子には何の変化もないようであった。
「あらあら身構えちゃって、その様子じゃ『待機』の魔法すら知りませんのね」
挑発的な笑みが戻ってきて、ようやく理解する。
彼女がもう集歌を唱えていないにも関わらず、赤と青の光は霧散していかない。
「粒子を、待機させる魔法……」
「魔法を学ぶ者なら扱えて当然ですわね。ま、待機させる間もなく粒子を散らせてしまうようなその辺の凡夫には無用の長物ですわ」
鋭い視線がライチを射抜いた。
その視線には、先までと違う真剣な侮蔑が込められていた。
「言い方を変えましょう。『合集歌』も『待機』も知らないようでは、魔法を学ぶのに最も重要な知識探求心、つまりは意欲が足りていませんの。
意識の低い者は周囲を堕落させますわ。正直迷惑、ですので田舎にお戻りなさい」
ライチが置かれていた環境的に魔法など学べるような余裕はなかった。
それでも当の本人が押し黙ったのは多分、今にして考えれば「もっと魔法について突き詰められたことがあったのではないか」という律儀さによる後悔のせいであろう。
渦巻く粒子の光に街のざわめきは更に大きくなっていき、雑踏から野次や煽りが飛ぶようになってきた。
その様子に金髪の少女は肩を竦めて、本を閉じた。
すると煌々と光っていた赤と青の光は何もしないまま本に吸い込まれて消えていく。
「ふん、私の高貴な魔法は下賤の者どもの見世物ではありませんの。さて、田舎者のお二人さんも広い世間を知れたようですし、ここはお暇致しましょうか。さあセバスチャン! 参りますわよ!」
こちらの返事を待とうともせず、ガーネットはドレスを靡かせ、踵を返した。
白髪の老人は差し出された手を丁重に馬車まで導き、扉を閉める。
「それでは馬車を出しますぞお嬢様。それと恐れ入りますが、爺の名はヤマでございます。セバスチャンではございませんのでお忘れなきよう……」
間違いようのない名前なので、確信の上でらしさを優先したのではないか。
「そうでしたわね! では参りますわよヤマさん!」
「はいな」
えらく庶民的になった気がする。
「ち、ちょっと!」
呆気に取られていたライチが呼び止めるのと同時に、馬が嘶き、車輪が回る。
「それでは、ごきげんよう」
もう話すことはないと言い残し、馬車は高笑いと共に去って行く。
乱闘騒ぎを期待していた野次馬たちも勝手な失望の愚痴を残して往来へと戻っていった。
元通りの喧騒が、やけに静かに聞こえた。
「……何だったんだあいつ」
呆れを口にしてライチを見やる。
赤毛の少女は神妙な面持ちで去り行く馬車を眺めていた。
「まさか、あいつに言われたこと気にしてる?」
ほとんどは根拠のない罵倒であったが、中には自分たちが顧みるべき文言もあった。
生真面目なライチがそれらを真に受けて、魔導師ギルドへの加入を躊躇っているようであれば、背を押してあげようと思った。
「うん、結構気にしてる……あんなでも尤もらしいこと言ってたわ。私、ユータのことをとやかく言えないくらいの世間知らずみたい」
悠太は「そんなことない」とフォローを入れようとしたが、それが杞憂とわかって口を噤んだ。
「だからこそ、逆に興味が出た。『合集歌』は話に聞いただけ、『ステイ』? なんて知りもしなかった。でもこの二つって、本来無理だってされてたことを実現させる技術だと思わない?」
疑問形で締めつつも答えは悠太に求めていない。
何か変なスイッチが入ったのか。
彼女は俯いて、虚空を相手にぶつぶつと呟いていく。
「単なる集歌じゃ二属性以上の魔法は行使できないから合集歌を作った。文言の選択は多分集歌の中でも別属性の興味を引きやすいものを選んでるんだわ。それにステイの魔法だって、ストックできないっていう粒子の特性を誰かが不便に感じて、それを改善する為に考案されたのよ。きっと金髪世間知らず女が唱えた以上に複雑な魔導陣で令歌が構成されてるはず……」
悠太は思う。
元いた世界のゲームなんかを彼女にやらせたら、結構のめり込んでくれるんじゃないだろうか。
「とにかく、魔導師ギルドにはかつての不便や無理を改善する方法が保管されてる! そんな実績のあるギルドなら、入らない理由がないわ!」
「お、おう」
結果的にライチのやる気が上がったので同調しておく。
「そうと決まればさっさと加入してこないと。じゃ、ユータ、私たち行くわね!」
彼女はマグレブの手綱を引いて一歩踏み出す。
「あ、お、おう」
取り付く島のなさに、同じ反応しか返せない。
一応これからは、別のギルドを選択して、生活の基盤も異なったものとなるのである。
少なくともこの世界に来てからずっと一緒にいた悠太としては、もう少し名残惜しさのようなものを匂わせて別れてほしかったと思ってしまう。
「……女々しいか」
頭を掻いて溜め息を吐く。
これからは頼りきりでは駄目だと誓ったばかりである。
気持ちを切り替えて自分のギルドへと向かおう、そう決めて顔を上げる。
すると、雑踏に紛れる間際のライチが一度だけ、くるりと振り返った。
「怒ってくれたの、嬉しかった。私、ユータの為に頑張るね」
……ああ、女々しくて贅沢で我が儘であった。
「お、おう! あの、ずっとありがとな! また……またな!」
反則級の置き台詞に、気の利いた言葉も出ないまま、お礼の言葉も届いたかどうか。
忙しない別れ際が終わって、硬直したように挙げられていた片腕を下げる。
「……俺も、頑張らなきゃな」
悠太も決意を新たにし、ライチと別の通りへと歩を進めた。
◇◇◇◇◇
――そんな悠太の姿が映る水晶を、遥か宮殿の中階にて、七対の双眸が見詰めていた。





