3-3 首都カージョナ
おせっかいな宿屋を発ってから三日目。
郊外の宿場町を出て、朝日が照らす馬車道を真っすぐに進む。
沿道にちらほらと民家や牧場が並ぶようになり、人の往来というものが出てくると、遠くに目的地が見えてきた。
小高い丘から俯瞰するそれを、少年は腕を日除けにして見晴らした。
その腕には、現代日本の学生服姿に似つかわしくない黒の篭手が装備されている。
「おお、あれが……」
街は、海と見間違うほどの大河の畔にあった。
「『首都カージョナ』、別名ギルド街……大きいわね」
まだ一望できる距離があるというのに、視界にはいっぱいに細かなオレンジ屋根の群れが広がっている。
目を引くのは中央に堂々と鎮座するインドの宮殿のような巨大建造物であった。
その宮殿に群がるように、大小の建物が密集している。
街の周囲には白い塀が築き上げられており、巨大な門は遠くからでも視認できた。
いくつかの門から放射状に伸びる街道や、大河を渡る大橋が、この街が国の中心地なのだと告げている。
首都へ近付くにつれ人通りは多くなり、悠太たち以外にも雲鼠に乗った旅人や乗り合いの幌馬車、牛が荷を引く行商が忙しなく行き交っていた。
ふと、悠太はその中の異形に目を留めた。
「……ライチ、あれ、被り物か?」
視線の先の路傍には、立ち話をする二人の男。
その片方にはどうも……小型犬の頭がついているように見えた。
「馬鹿、失礼よ」
「いや犬……」
「いや馬とか鹿じゃなくて……はあ、あなたの世界、『亜種族』の人たちはいなかったの?」
コクコクと頷くと、赤毛の少女はこの世界では獣頭の彼らを含め、色々な姿形の種族がいると教えてくれた。
「せめてエルフ族とドワーフ族……それとあのプードル族くらいは覚えておいた方がいいわよ。私たちヒュームと結構な交流があるんだから」
「プードルで一括りなの?」
犬族の中のプードルではなくて?
この世界の獣頭は全員プードルなの?
元の世界にいた者なら誰もが思うそんな疑問は、全て「そうよ」で両断されてしまった。
納得のいかないままの悠太に気もくれず、ライチは街入りの準備に腰袋を漁り始めた。
「……プードル族。慣れないだろうなぁ」
返答は白毛の雲鼠がしたくしゃみだけであった。
◇◇◇◇◇
――門前まで来ると、いよいよ巨大な建造物が威圧感を放ち、緊張に手汗が滲む。
それはライチも同じなのであろう。
村から出たことのなかった彼女は、関所の窓口から身分証の提示を求められ、かなりしどろもどろになっていた。
身振り手振りでひと通り慌てて、何とかカペルの村長から渡されていた紹介状を出して切り抜ける。
「出入り一つにあれこれと……都会って面倒ね」
「ごめん紹介状の代わりにウバ茶の葉っぱ渡して通ろうとしたのはちょっと笑った」
真っ赤な顔が脇腹を小突いた。
――やっと街の中へと足を踏み入れると、一層目まぐるしくなる往来と、わっとデシベルを上げる喧騒が待ち受けていた。
濃紺の石畳にいくつもの足と車輪が交錯し、建ち並ぶ石造りの建造物が青空をギザギザに切り取っている。
――都会を知らない少女と、世界を知らない少年は、しっかり面食らってしまった。
「……あのさ、とりあえず宿で一休み、みたいな」
「何言ってんのよ……早々にギルドに入らないとでしょ?」
わかってはいたことであるが、一旦落ち着きたかった。
気を取り直して今後について確認する。
「ギルド街って言われるくらいだもんな……確か、『十二ギルド』だったか」
「ええ、この街の働き口は十二あるギルドのいずれかに所属してる。とりあえずは食い扶持の確保しなきゃだし、ギルドに入団するのが最優先になるわね」
ギルドは元の世界で言う所のお店や会社と考えて良さそうである。
悠太にもファミレスのアルバイト経験くらいはあったが、これから訪ねるギルドではそんな経験など全く役に立たないのであろう。
「さて、今日はこれからが本番ね……」
同じようにうんざりしていてもしっかり行動を進めようとするライチを非常に頼もしく思った。
だから女々しいことを承知の上で、一旦の別れに溜め息を吐いた。
「じゃあ、そろそろだな」
「……情けないわね。今生の別れじゃあるまいし。それとも、やっぱ一緒にいてあげようか?」
「いや、大丈夫。いつまでもライチに甘えられないさ」
道すがら、首都カージョナに着いてからの動きは話し合っていた。
各々、宿場町で得た前知識を頼りに目指すギルドに入団する。
そこでそれぞれの目的に向かって歩んでいくのである。
彼女の言う通り、今生の別れではない。
同じこの街で暮らすのだから、何度だって顔は合わせられる。
ただ、目指すものと目指す手段が違う。
必然的に一緒にいる時間は短くなることは間違いない。
寂しいという気持ちは偽りようもないが、心細いとは思わなかった。
「……よし!」
悠太は気合を入れ、深く息を吸い、静かに吐き出す。
「ユータ?」
そして通りの真ん中、オレンジの葺き屋根が連なった先の青空に向けて、宣誓した。
「ふう……俺の目的は……元の世界に帰ること!
まだ何の手掛かりもない。だから、情報が沢山必要になる。
それも壮大で、不思議な、世界に関する情報だ。
だから入団するギルドは、冒険者が集って、未踏の地と謎だらけの財宝に挑むっていう……『冒険者ギルド』!
そこで俺は、元の世界に帰る方法を探しまくってやる」
声に出すと、幾分か都会の圧力を押し返せた気がした。
何人かが通りすがりに不思議そうな視線をくれるが、あまり気にならなかった。
隣から笑みが零れて、視線を向けると見つめ返してくれた。
「……なんてな。その、自己暗示、みたいな」
「良いじゃない面白そう。じゃあ私も宣誓しようかしら。
……私の目的は、ユータの助けになること。そうなれるように強くなること。
世界を越えるなんて聞いたこともない力、冒険だけで見つかる保証はないもの。
だから私は……『魔導師ギルド』で学ぶわ。転移の大魔法を見つけ出して、元の世界に帰してあげる」
ライチが魔導師ギルドに入る。
最初は、向き不向きの点で疑問があった。
精霊にほとんど愛されていない彼女が本当にやっていけるのかと。
ただ、それは彼女の考えを聞いて杞憂であったと気づいた。
「それに……勉強すれば、私みたいに精霊に愛されてない人でも、魔法を使って戦って、大事なものを守る方法を見つけられるかも知れない。その可能性を研究したい」
故郷のような苦しみを味わう村を減らしたい。
一途な想いに悠太も協力したいと思った。
「ライチならできるさ」
確信はあった。
律儀に「まあ、これはあなたの件が終わってから」だなんて言っているが、今もどこかに魔物に蹂躙されている村があるのなら、真っ先に取り組むべき志である。
――だから、それを笑われるのは気分が良くない。
「おーっほっほっほ!」
それこそ創作の中でしか聞いたことのない、耳鳴りがするような笑い声。
とりあえず率直な心の感想は……マジか。





