3-1 仕方がないじゃん
▼やまだゆうた。
▼レベル20に上がりました。
▼イクイップ画面が開放されました。
▼ライチ・カペルが仲間になりました。
▼――カペル村をクリアしました。
◇◇◇◇◇
「――今日は隣町までね。そこから野宿と、もう一つ町を経由して――早くて三日後くらいには首都よ」
白毛の巨大ハムスターは魔物の力で風を纏う。
トーン、トーンと地面を蹴って木々の背景を後方に送っていく。
その背中で手綱を握るのは、透き通る青い瞳と肩ほどで切り揃えた赤毛を持つ少女、ライチ・カペルである。
ハムスターの両脇には鞍から下げた革袋が三つ、先端に布を被せた槍が括り付けられている。
――まるでロールプレイングゲームのようなファンタジーの世界。
その中で一人。
現代日本の学ランを靡かせる山田悠太は、少女の後ろで振り落とされぬよう強く鞍を掴んでいた。
緑の丘から深緑の山間を駆け抜ける。
太陽が照りつける青い海沿いへと出る。
潮風の吹き上げる岩場を疾走した。
日の傾きと共に見えてきた平原を内陸側へ曲がる。
――夕焼けの隣町には、煉瓦造りの民家が建ち並んでいた。
いくつもの木枠の窓がついた二階建ての宿屋。
白毛の雲鼠から飛び降りたライチがご褒美の赤い実を差し出した。
「はいこれ。マグちゃんありがと、疲れたでしょ? 今夜は沢山食べてゆっくり休んでね。
繋ぎ場にいっぱい藁を敷き詰めてくれるようにお願いしてくるわ」
シルクのような白毛を優しくかき乱して、絡んだ汚れを落としてやるとマグレブは頬擦りを要求した。
悠太も続いて背中から降り、快く触れ合いを楽しんでいる様子のライチに目を細める。
さて、一体どうしたものか。
山田悠太、十七歳。
どうも目の前の少女に恋をしている。
意識したのは、マグレブを気遣う今の姿からか、村を出る間際のカーレ老人の一言からか、旅立ちの風に赤毛が揺れた瞬間からか。
いやきっと、初めて出会ったその時から一目惚れはしていたのであろう。
「よっし俺からも、マグレブありがとな! それと荷物持つよ」
白々しく浅はかな優しさアピールは野生の勘に見透かされ、押し潰されそうな量の荷物を一気に押し付けられた。
結果潰される。
「こら意地悪しないの」
彼女は軽くはない革袋を身体全体で背負い込んで、腕を伸ばして助け起こしてくれる。
思えば命の恩人であるのだから、元より好意的な印象はあった。
加えてひた向きで気立て良し顔良しスタイル良しときた。
異性として意識していなかったのは、一重に全く余裕のない環境にいたからに尽きる。
だからバビルーザの件が落ち着き、出発の際に囃し立てられ、いざ旅立ってみるとどうしても意識してしまう。
「……単純だなぁ、俺」
元の世界には帰らねばならない。
その上で帰郷の願望と、彼女への恋情がせめぎ合って、自分が不誠実な人間なのではないかと自嘲の笑みが浮かんだ。
「何笑ってんのよ気味悪い。それじゃ私、宿屋の人に交渉してくるから少し待ってて」
男子に比べて切り替えの早い女子は、もう出がけの恋人扱いなどとっくに気にしていないご様子で。
「うん、ああ、了解」
麗しい後ろ姿はスタスタと宿屋の木扉へと進んでいく。
呆けた様子で見送ると、夜の宿屋前には黒髪の少年と白毛の魔物だけが残された。
「……なんだよ。仕方ないじゃん」
黒くつぶら瞳が抗議と窘めの視線を送ってくる。
人に比べて表情筋が乏しい魔物相手ではあるが、それくらいは容易に察せるようになった。
気まずい時間は、宿屋の入り口からライチが交渉成立の声をかけるまで続いた。





