2-8 カペル村
一夜明けたカペル村の空は、既にまた夕焼けに染まっていた。
「カーレ爺さん……あのね」
獣と埃の匂いの中、夕日に似た赤毛を触りながら、少女は広場の亡骸に鉈を入れる老人へと声をかけた。
広場で横たわるバビルーザの巨体をそのままにはしておけない。
高齢揃いの村人の中でも、カーレ老人を始め働き手になっていた者が主体となり、村総出での解体作業を行っていた。
作業工程は、まだ十分の一も進んでいない。
にも関わらず、老人たちの表情には苦し気な様子はなかった。
ライチの声に手を止めたカーレ老人は、ぶっきら棒な視線を鉈と亡骸に向けたまま、気まずそうに返した。
「坊主の様子は、いいのか」
「うん、まだ起きてないけど、熱は下がった。ずっと気を張ってて、疲れが溜まってたんだと思う。今はシトさんが診てくれてる」
「お前はどうだ、夜通し看病してただろ。寝なくていいのか」
「大丈夫、実は熱が下がったの見たら安心しちゃって、さっき、私もちょっと寝ちゃってた」
「そうか」
会話は途切れて、ライチはまごついた。
言わなくてはいけないことが山ほどある、五年分もある。
だから、カーレ老人から発せられた言葉に鼓動が跳ねた。
「……すまなかった……ライチ、お前が正しかった」
「そんな、違う!」
彼女は慌てて否定した。
何一つ責める気持ちなどなかった。
「私は、何も正しくなんかなかった、今回だって私だけじゃ何もできなくて、カーレ爺さんにも助けてもらって……悠太が、全部救ってくれて……だから、その……」
言いよどむライチは視線をあちこちに迷わせて、準備不足の脳内を整えた。
「……私が、謝りたかったの。皆の気持ちも知ってたのに。それでも、私が何も失いたくないからって、突っ走って、皆にずっと心配かけてた。酷いことだって言ったわ。
でも、だから、謝って仲直りしたい。仲直りして、元通りになりたい。畑を復興して、若い人も呼び戻して……私、また皆と笑いたいの。だから、ごめんなさい」
カーレ老人の胸は一気に熱くなった。
五年分、熱くなった。
「違ぇだろう! 謝って許してもらわなくちゃならないのはわし等の方だ! 村を守れなかった! 若い者の大切なもんを守るのは年長の義務だ! それを果たせなかった!
お前さんがどれだけこの村を大切に想ってくれているのか、知りながら諦めさせようとした! よそ者などと、家族に向けてはならない言葉を吐いた! すまない、不甲斐ないわし等を、どうか……許してほしい」
ある老人は同調して頭を下げ、ある老人は涙を浮かべた。
ライチ自身も、溢れた感情を抑えようもなく、カーレ老人の胸に飛び込んだ。
「お爺ちゃん……カーレお爺ちゃん!」
孫が祖父に甘えるように、祖父が孫をあやすように、五年越しの抱擁は、村の時間を再び動かした。





