2-6 I'll be back作戦
――大蔦豚バビルーザ。
巨体とたてがみのようなツタ、残忍で強かな性格をした魔物。
ずっと村を悩ませ続けたこの大物を倒すにはどうすれば良いか――三日間、赤毛の少女の回復を待ちつつ、準備に費やした。
丘や森を散策し、村の周りの地形を把握した。
村に戻るとライチと共に集歌の暗記と打ち合わせをした。
村の老人たちは、余計なことはせず二人で村を出るようしきりに促していた。
にもかかわらず三日後の朝、居座るだけ居座った悠太が「ライチを一人だけ残して村を去る」と伝えた時、彼らは酷く驚き、そして落胆した。
カーレ老人に至っては殴りかかってきたほどである。
それでも、そういう位置関係にしなくてはならなかった。
バビルーザは以前に村が魔導師を雇った際、ほとぼりが冷めるまで森に身を潜めた。
そして魔導師が去ってすぐに村への襲撃を再開させたという。
彼の魔物の厄介なところはこの強かさである。
このことから悠太が村にいては姿を現さないだろうと考えられた。
逆に、彼が村を去るというタイミングさえ作れば、おびき出せるのではないかとも考えた。
だから村の入り口、木橋の上で赤毛の少女と一時の別れを交わす。
「じゃあ、行くよ」
「うん、きっと知らせるから」
「……無茶するなよ?」
これが決戦の始まりだと知っているライチは、少し緊張した様子であった。
茶化すように言うと頬を膨らませて長い睫毛を俯かせる。
「わかってるわよ。もう私自身も自棄にはならない。ちゃんと勝ちに行くわ。あなたを信じてね」
何となく表情が豊かになったようで、決戦前にも関わらず嬉しくなった。
その気持ちが悠太の表情にも出ていたのか、彼女は照れくさそうにしっしと手を払って促す。
悠太は微笑んで、村を発った。
◇◇◇◇◇
――街道を一人進む。
食料は三日分、移動手段は徒歩。
地図によると隣町は山間を抜けて南、海を横目に山際を進んだ先にある。
悠太はこの距離を三日かけて歩く。
その間に村に再びバビルーザが現れれば、集会所で危険を報せてくれた伝烏で教えてくれる手筈である。
そして報せが入り次第、『帰還』の魔法でカペル村へ戻る。
「……何度か試したけど、大丈夫かな」
『帰還』――直前に訪れた拠点へと一瞬で戻ることができる魔法。
ライチ曰く、このような魔法は聞いたこともないそうで、三日間で判明した仕様は次の通りである。
一つ、唱えることができるのは悠太のみ。
一つ、移動することができるのも悠太のみ。
一つ、ライチやマグレブを連れて移動はできない。
また、ステータス画面に書かれた説明を信じるに、隣町に辿り着いてしまうとカペル村には戻れないようであった。
だから、三日間の移動で最終的に報せがなくとも、隣町には立ち寄らずに戻ることになっている。
その場合は作戦空振り、次の手を考えなくてはならない。
――動きがあったのは、二日目の昼前であった。
山間を抜け、海が一望できる峠に差しかかった所で、後方から一羽の青い鳥が追い越した。
――チリン、チリン。
あの日、強敵の襲来を伝えた音が鳴る。
ライチからの合図であった。
悠太は「サンキュ」と鳥にひと声かけて、集歌を唱えた。
やはりバビルーザは、悠太という脅威が村から距離を取った後に報復を開始した。
森から見ていたのか、それとも村の匂いでも嗅ぎ分けているのか。
ともかく悪質なタイミングであった。
普通の移動手段では引き返しても間に合わない距離、心底カペル村を絶望させようとしているのがわかる。
焦りはあった。
リターンで戻れるとはいえ、伝鳥がここまで追いかけてくるまでの時間はどうしてもかかってしまう。
その間の時間稼ぎはライチとマグレブが買って出た。
今頃村では彼女らが陽動を行っているはずである。
無茶はしないと約束してくれたが、それでも前の戦いの光景がどうしても頭を過る。
「頼む、無事でいてくれよ……コール――『帰還』」
溢れる緑のマナを抱いた悠太は、はやる気持ちを抑えつつ、峠から姿を消した。





