0-1 ステータス画面ってそう使うの?
はじめまして、初投稿です。堀子タツと申します。
ずっと興味のあった異世界転移ものを書いてみました。
初回なので読み切りっぽい0章をご用意いたしました。是非ともお立ち寄りください!
それでは、よろしくお願いいたします!
▼名前――やまだゆうた。
▼特徴 ――普通科男子高校生。黒色の瞳。伸びかかった前髪。
▼持ちもの――詰襟の制服。泥だらけのスニーカー。普通の高校生であるという自負。それから、魔法と、魔導具と――ステータス画面。
◇◇◇◇◇
――元の世界に、戻れるだろうか。
晴天の下、揺れる荷馬車の上。
木々に囲まれたぬかるんだ小道、小鳥は歌い、風は湿地を撫でつける。
現代日本の住宅地で育った山田悠太は、何ともファンタジーな世界でぼんやりと考えていた。
突然で理不尽な交通事故、その後、理由すらわからないまま、自分はゲームのような異世界にいる。
そこまでは、つい最近慣れた。
問題は、あれだけ帰りたかった元の世界に、だんだんと固執しなくなってきていることだ。
現状帰る方法がないということを差し引いても、当初よりは焦りを感じなくなっている。
家族のことを思い出したって、自分が消えた世界を想像したって――その実、異なった世界で人間関係を築いてしまっている。
少し怖いのは、この不可思議で破天荒な世界に慣れてしまった自分自身が、元の世界に帰れたとして――元の世界に戻れるだろうか、ということだ。
◇◇◇◇◇
「お、そろそろ見えてきたね。ユータ起きてる?」
悪戯好きそうな金色の瞳、長い黒髪を揺らして、まだ幼さの残る少女が覗き込んでくる。
年の頃は十六歳。
華奢な身体つきのせいで一回り幼く見える。
少女は赤紫の外衣と黒い半ズボンに身を包み、腰に黒い双剣を下げていた。
山田悠太は荷馬車に積まれた藁に背中を預け、青空を見上げていた。
物思いに耽る内にわずかに感じていた眠気を振り払い、揺れる荷台に立ち上がる。
ピンと背伸びし景色を見渡すと、一面には開けた湿原と泥の道。
隣で藁に前のめりに体重を預けはしゃぐ少女が「あそこあそこ」と指をさす。
広がる湿地帯が終わりを告げ――山を背負うようにその村はあった。
「あれか……何だっけ、ヒグマ村?」
「やっぱりボクの話聞いてなかったね。ベアライト村。噂のダンジョン『火熊の碧洞』がある村だよ」
へそを曲げる少女に適当に謝りつつ、冒険者二人は村へと辿り着いた。
◇◇◇◇◇
――村の入り口。
木板を組み合わせたアーチの門構えの前で馬車が止まり、泥でぬかるんだ地面へと飛び降りる。
青々とした山の麓に広がる村には、宿場のような大きな建物が数棟、奥の方にはまばらに民家があるようであった。
涼やかな風景と真逆な熱気は、人々の活気のせいであろう。
「うお、人多いな。皆冒険者か? あっちにもこっちにも、首都の六時街みたいだ」
「そうだね、火熊が大量発生してるって事情もあるだろうけど、流石はランク3の冒険者への登竜門って感じ」
「ええと、火熊を倒すのがランク3に上がる為の試験クエストだっけ?」
「うん、需要のあるクエストは昇格試験にされやすいみたい。
火熊の毛はあちこちの街灯に使われてるから、需要面は申し分ないよね」
ちょうど目に入った宿屋の灯具を眺めて唸る。
「あー、見たことある。なるほどなぁ……」
悠太の感覚としては、この世界の科学はそれほど進んではいない。
物語によく出てくる中世だか近世だかのヨーロッパの世界観であると認識していた。
その上で、この世界では剣と魔法が日常的に用いられ、そして魔物が闊歩している。
人々はそうしたファンタジーなあれこれと、時に戦い、時に寄りそいながら生活を送っているようであった。
中には悠太の世界の科学を用いても実現が難しいだろう技術もあり、日々感心することは尽きない。
今日も一通り感心したので、とりあえず悠太は……街に帰ることにしたかった。
「……よっし、じゃあ……散歩も済んだし帰るか!」
帰りの荷馬車にヒッチハイクの合図を送るべく手を上げると、ガラ空きの脇腹に鈍痛が走る。
「ごふっ」
少女が双剣の柄頭で小突いたのだ。
悠太はうずくまりながら抗議を唱える。
「だって俺ら、まだランク1だろ?
……というか散歩って言うからついてきたのに……まあ、馬車乗ったあたりから怪しいとは思ってたけどさぁ……」
「ボクたちが最低ランクなのは入団の時にくらった卑劣極まる不意打ちのせいだろう? ボクは納得してない。百歩譲って我慢するにしてもだ、さっさと見合うとこまでランクを上げるんだよ」
先日二人が所属した「冒険者ギルド」には実力を示すランクという制度があった。
現在は両名とも、最低のランク1である。
「……それに、もしかしたら棚ぼたでいい魔導具とか見つかるかも知れない」
少女が腰に携えた双剣をぽんぽんと叩きながら言う。
魔導具――剣と魔法のある世界なら半ば当然かもしれないが、魔法の道具もある。
雷や氷を纏う剣、七日七晩大雨を降らせる天蓋……バラエティには事欠かない。
「ほら、早くこっち。ボクの復讐、手伝ってくれるんだろう?」
悠太を置いてスタスタと歩いていく少女を追って、彼は優柔不断な自分を呪った。
「安請け合いするもんじゃないなぁ」
少年がなりゆき上、元の世界への帰還よりも優先して引き受けた約束。
それがこの少女、ネピテル・ワイズチャーチの復讐の手伝いであった。
それからというもの、何だかんだ少女に振り回される日々が続いている。
小柄な割りに歩幅が大きい少女に追いつき、尋ねる。
「でもさ、そもそもランク3の試験クエストって俺ら受けられるのか? まだランク2ですらないのに」
「まあクエストは、受けられないだろうね」
にやりと不敵に笑うネピテルに、悠太は大きな不安を覚えた。
「冒険者ランクを上げる方法はね、正規の試験クエストに挑む以外にも二つある」
「早速、正規の方法じゃないのね……」
「それは、カージョンにとって大いに役立つ開拓をした場合と、偶発的に巻き込まれた事件事故で解決に大きく尽力した場合さ!」
彼女の性格からして、狙いが後者であることは明白であり、悠太は嫌な顔をした。
「――例えば、未知の魔物を討伐するとかね」
やっぱり。
「そこで、あのガテン系情報屋から仕入れた噂さ。あくまで噂の段階だから、逆にまだギルドのクエストに指定されてない。
ゆえに、散歩中のランク1冒険者が不幸にも、残念ながら、誠に遺憾なことに、噂の事件に巻き込まれちゃって、偶然解決しちゃった日には、ランクは3にも4にもぶち上がるって寸法だよ」
「……で、その噂って?」
「えっとね……『ここ二週間の間に、超巨大火熊が出た』って噂。あ、死者も出てるらしいよ」
さらりと言ってのけた内容が血生臭く、悠太はぞっとした。
「死者っておい……確かなのか? だったらギルドが動いても……」
「ギルドなんかすぐ動かないよ。別に冒険者が死ぬのは珍しくないし。それこそランク1のウルフ退治だって死ぬ奴は死んでる」
それに加えてと肩をすくめ、少女はぼやく。
「大火熊に関係あるかわからないけど、どうやらここ数か月、火熊が大量発生してるみたいでね。試験以外のフリークエストとして狩りに来てる連中もいっぱいいる」
「なるほど、村の規模のわりに賑やかなのはそういう理由もあるのか」
「だろうね。ギルドの見方としては、『人がいっぱい集まればその分だけ事故も死者も増えるし、適当な噂も出回る。大火熊の嘘だって実しやかに流行るだろう』……らしいけど」
なるほど。
正直、悠太一人であればこの説明で納得してしまう。
「……でも、ネピテルの見方は違うのか?」
「まぁね。人がいっぱい集まればその分死者も増えるだろうってのは納得してない。
普通、冒険者が集まればその分、攻略の共有ができるし救助も呼びやすくなるから死者は減るんだ。
大量発生自体は数か月続いてるのに、死者だけこの二週間で増えたのはおかしいと思う。それこそ、強力な個体が現れでもしない限り……」
それは少女の高説の途中であった。
「きゃあああ!」
人だかりで悲鳴が上がった。
見ると、なんとスキンヘッドの大男が大通りの真ん中でうら若い女性を締め上げているところであった。
「いいから案内しろ! てめぇ知ってるんだろう! 大火熊の住処をよぉ!」
それこそ熊の咆哮のような怒号は、女性の苦しそうな表情を更に歪めた。
「何だあれ? 随分手荒いナンパだね。でも大火熊の住処かぁ、あんな一庶民に聞いたって……って、あれ、ユータ?」
他人事のように考察しているネピテルをよそに、悠太は駆け出していた。
大男の傍らには何人かの倒れた人たちがいる。
身の丈ほどの大斧に軽装鎧、見るからに気の短そうなスキンヘッドから、止めに入った人たちを片っ端から殴り倒したのだと見受けられた。
――この世界に来て、安穏と暮らしていた悠太の思考は大分変わった。
決断と行動が早くなった。
それと、荒療治に抵抗がなくなってきた。
そうでなければ生き抜けない場面が多すぎた。
素早く駆けて、大男の膝裏に蹴りを見舞う。
体勢を崩した男はよろけた拍子に女性を放す。
彼女の栗毛が踊って、落下する身体を抱きとめて、背に匿う。
まるで物語のヒーローのような動きも、この世界では大真面目にやらなくてはいけない。
「何だぁテメェは」
「兄貴の邪魔してんじゃねぇ!」
大男がゆらりと体勢を戻し、その陰から手下感満載の細身の男が出てきて吠える。
「あの、ええと、ち、ちょっと落ち着こう? 聞きたいことがあるなら、まず話し合いが大事だと、思うよ?」
口調までは偉ぶる必要がなかったので、そこは小市民のままである。
大男は苛立たし気に悠太を睨み、少年の襟首につけられたギルドタグへと目を付けた。
「ふん、ははは、ランク1の雑魚がヒーロー気取りか。ふざけやがって」
「はぁ? ランク1? 何でまたそんなのがここに? クエスト受けられもしないのに? ぎゃははホントおふざけだ! さて、これを見ても減らず口叩けるのかなぁ?」
挑発的にそう言う手下が見せつけたのは、魔導書と呼ばれる本と、胸元に光る銀色のタグであった。
「俺たち兄弟はランク3の冒険者なわけ。兄貴の斧と俺の魔法で火熊も倒した。いわばお前の先輩。実力だってワンランクもツーランクも上なわけだ。口の利き方には気をつけな」
言葉尻にドスを利かせ、兄弟は凄む。
しかし悠太は気圧されなかった。
少年はこれまでにも、彼らよりずっと恐ろしい魔物や、異常な人間に出会ってきている。
その態度が気に入らないと、大男が斧を構えた。
「糞ガキ、『バッドアックス』の通り名に聞き覚えはないか?」
ない。
「はぁ~、駄目ですね兄貴、こいつぁランク1の上に田舎者みたいだ。おい、ないなら覚えておきなランク1。世の中にはたてついちゃいけねぇ相手がいるんだぜぇ?」
「ふん、時間の無駄だな。小生意気なガキが目障りだ。みね打ちで勘弁してやる。その代わり村の外まで吹っ飛ぶだろうがなぁ」
大男は斧を軽々と振りかぶった。野次馬から悲鳴が上がる。
確かに刃の向きに配慮はあるが、そもそも巨大な鉄塊で殴りつけられたら一たまりもない。
悠太は息を吐いて、腰を落とし構えた。
「じゃあ、一応恨みっこなしってことで」
少し格好つけた台詞の後、自らの腕を見て彼は思い出した。
「やべ、篭手……」
ぼやいたのは彼がこの世界で愛用している武器のことであった。
散歩だと聞いていたので、街の武器屋に預けたままである。
当然そんな事情が考慮されることはなく――無情にも斧は、悠太の横っ面に向けてスイングされる。
普通ならまともに食らえば頭蓋骨粉砕、防御してもその部位が粉砕骨折、いずれにしろ何かしらの粉砕は免れない状況だ。
しかし、丸腰の悠太に焦りはなかった。
この世界において、どうも自身が特別仕様であることは、わかっていた。
念じて、斧の軌道に手を向ける。
そして、西洋風な村風景に馴染まないそれは現れた。
「ステータス、オープン」
手の平の先数センチが白く輝き――光の板が現れ、文字を連ねる。
山田悠太、レベル28。
HPと攻撃力、守備力云々、使用可能魔法『火ノ玉』等々。
それはまるでテレビやスマホゲームの主人公のように、自身の現状を表すステータス画面である。
だが、彼がステータス画面を開いた目的は、そこにある情報を読むことではなかった。
――ガキンと、金属の激突音が響いて大男の斧が弾かれた。
弾いたのは、宙に光るステータス画面だ。
それは今も、傷一つつかずにそこに浮いている。
「な、何だ!? 何かに当たって……」
そのステータス画面は、世界の理を無視する存在であった。
悠太以外の目には見えず、しかし確かに存在する。
開いた位置から絶対に動かず、そして、いかなる攻撃にも傷つかない。
ただの高校生であるはずの悠太がこの世界を生き抜けている要因は、この有用な画面を念じるだけで使役できる能力によるところが大きい。
そしてもう一つの要因が、レベルという概念であった。
レベルが上がるほど強くなる。
これもまた、ゲームになぞらえた不可思議であった。
「流石に村の外までは吹っ飛ばさないから、勘弁な」
腰を低く、拳を振りかぶり、スニーカーが踏み込む。
最初は、レベル1であった。
それがレベル10になると水平にニメートルもの跳躍ができるようになって、レベル20にもなると雷に打たれても死ななかった。
そして、現在レベル28の悠太が繰り出した拳が、大男の腹部をとらえる。
「待っ……」
「せー……のっ!」
叩き込まれた拳。
それは衝撃波と派手な打撃音を置いてスキンヘッドの巨体を数メートルも吹っ飛ばす。
村の泥土に巨体がワンバウンドツーバウンドし、最終的には大の字に。
拳は大男をいとも簡単に気絶させた。
沈黙が場を包み、風音が野次馬の間を駆け抜けた。
「あ、兄貴……?」
腰巾着の細男が目を丸めた。
大男に返事はない。
力加減はしておいたので、多分、大事ないと思う。
丈夫そうだし。
やがて、野次馬は大騒ぎの歓声を上げた。
荒くれ者も多い冒険者は大番狂わせが大好きだ。
「すげぇな兄ちゃん! あの『バッドアックス』を!」
「何だ今の! 武術ってやつか! 回し受けからの発勁ってやつか!」
一気に詰め寄られ、もみくちゃにされて悠太は慌てる。
「え、いやあの……!」
助けを求め、相棒である黒髪の少女を探す。
押し寄せる人波の隙間に、大手を振るネピテルと、彼女に手を引かれる先程の栗毛の女性を見つけ、悠太は頑張って野次馬を押し分けた。
何とか逃げおおせる悠太を、細男が兄貴分の大男を助け起こしながら、悔しそうに見送った。