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2-5 心の在り方 ~ゲームと現実の境~


「……ん、あ?」


 悠太の意識が浮上した時にはもう、辺りは昼近くの明るさになっていた。

 ぼんやりと起きて、今までのことを思い返す。

 ――異世界、ステータス画面、バビルーザ……そして、赤毛の少女。


 悠太は慌てて民家を出た。


 ライチの家は広場の外れにあった。

 活気のない村の中、いくつかの視線に追われながら駆ける。

 玄関先でまだ寝ている雲鼠――マグレブがいたので家を間違えることはなかった。


「ライチ!」


 昨日から容体(ようだい)の経過を聞いていなかったので、少し焦っていた。


 遠慮(えんりょ)なく開けた扉の向こうには、ベッドの上で半身を起こし、老婆に身体を()かれているライチがいた。

 包帯の巻かれた腕で隠した胸元は、一糸も(まと)っていない。


 痛々しくガーゼの貼られた(ほお)から耳にかけてが、みるみる赤と怒りに染まっていったので、「うわぁ!」と叫んで扉を閉めた。


 直後、扉に何かが投げつけられた音がして、その音で起きたマグレブに色々と察したような顔をされる。

 少しずつ獣の表情も分かるようになってきた、のかも知れない。


 しばらくすると、老婆が扉を開けて不審そうな顔で(あご)をしゃくった。

 彼女を見送って、今度はノックをして、返答を待って、恐る恐る中を覗く。


()()()、って、どういうことよ」


 想定していたところと別の部分で不満げであった。

 とりあえず人生初の土下座をする。


「あの、ごめんなさい。面目ない。デリカシーなく覗き、挙句テンパって叫び声などをあげたことをお許しください」


 たっぷり数秒、誠意に返されたのは盛大な溜め息であった。


「いいわよ、もう、さっきのは。いいから入りなさい」


 改めてベッドに腰かけたライチはそう言って、自らの隣を指し示す。

 今のやり取りがあった上で同じベッドに腰掛けるよう勧めるのはなかなか距離感が近い。

 つい今しがた焼き付いた(なま)めかしい肢体(したい)のせいでまごついていると、ボフッと再度ベッドを叩かれた。


「……お邪魔します」


 情けない。


 ――隣に腰かけて、窓の外を見る。

 沈黙が気まずくなる前に、そっけなく声をかけた。


「……その、怪我、大丈夫なん?」


「うん、火傷も打撲も大したことないし、鼓膜(こまく)も破れるまではいかなかったみたい」


「そっか、良かった」


 話すべきことは他にも沢山あるはずなのに、続く言葉が出てこなかった。

 しかしながら一番確かめたかった彼女の無事は本当に何よりなので、一息ついて、もう一度「良かった」と呟いた。

 しばしの沈黙の後、今度はライチが口を開いた。


「……ごめんなさい」


 予想していなかった言葉に顔を見やった。

 見ないように見ないようにしていた彼女の顔が曇っていたのは、いつからであったのか。


「……危険な目に、合わせたわ。示し合わせもしないで、いきなりあなたの力を宛てにして、無茶して突っ込んで……引き際を見誤って、あなたも村の皆も、全員危険に(さら)した」


 気にしていたのは、昨日の出来事であった。


「……協力するって言ったのは、俺だよ」


「ううん、(だま)したも同然よ。あなたのお人好しや孤独を利用して……あなたが断れないのをわかってて、確信をもって巻き込んだわ。謝って済むことじゃない。だから……」


 視線は部屋の片隅へ。

 そこには麻袋と羽織が置かれていた。


「隣町までは少し遠いけど、そこまでもたせる食料くらいなら分けてあげられる」


 言わんとすることを理解して、息が詰まった。


「村長にも出てけと言われたんでしょう? あなたは行って。自分の世界に戻ることを考えた方がいいわ」


 彼女の心優しい提案であった。

 しかし、少年の胸には何か怒りに似たようなもやもやがかかっていて、荷物から視線を外し、少し冷たい口調で返した。


「俺は村長に、ライチを連れて逃げろって言われた」


「それは、できない」


「なんで?」


「……そう頼まれたってことは、もう聞いたのよね、村の皆の想い」


 若い者は生き延びるべき。

 そう言って頭を下げた村長の姿が脳裏(のうり)(よぎ)る。

 しれっと鎌をかけられたことを不覚に思いつつ、もはや頷くしかできなかった。


「気にしなくていいの。そんな筋書きなんか、ずっと前からばればれなんだから。若い人たちだって、ほとんどはその気持ちを()んで故郷を後にしたのよ」


 去った者たちに何を思うのか。

 (うつむ)く横顔を赤毛が隠した。


「……ライチは、その人たちと同じようにしないのか?」


 彼女は問いにふるふると首を振った。

 仕草がどこか幼く、声は今にも泣き出しそうだ。


「……できるわけ、ない。だって……」


 彼女は、握り締めた拳をほどいて、枕の下から一切れの紙片を取り出した。


「これって……」


 破れたそれは、何かの一覧表の一部だった。

 鼻をすすり、頑張って涙をこらえたライチは、平静を装って呟く。


「私が連れて来た、行商人の納品表」


「カーレ、さんだっけ? あのお爺さんがいびって追い出したっていう?」


 ――あなた達がいびって追い出したんでしょ。

 広場での会話を思い出すも、そう言っていた本人が顔を横に振る。


「お爺さん達が()()()()()()()()()()()()ああ言ったけど……いびって追い出したなんて真っ赤な嘘」


 伏目がちに見詰めた納品表には、「魔導符」との記載がある。


「最初は本当に追い出したのかと思ってた。でも、追いかけて問い質したら、違った……売るものがなくなったんだもの。行商人が去るのは当たり前よね……」


 悠太の思考は追い付かない。

 村の老人たちの覚悟は、若者を逃がして自分たちは村と果てるものとばかり考えていた。

 それより先を、()()()()()()()()かを考えていなかった。


「私が買うはずだった魔導符を、先に村長たちが買い占めてた」


「それって……」


「まったく、老獪(ろうかい)よ……全部諦めたふりして、生きてこそだなんて匂わせて……本当は誰よりも、憎んでる。憎悪で、自暴自棄(じぼうじき)になってる」


 まさかと(よぎ)った考えは、若者を追い出してきた今までの方針にも符合(ふごう)した。


「集会所で村長とカーレお爺ちゃんが話しているのを聞いたの。村が荒らされるのを黙って見ているのも、荒らされた畑を復興しないのも……バビルーザを一点に誘い込むため。

 お爺ちゃんたちの狙いは、最後の畑、村長の段々畑ごとあいつを燃やすこと……」


 坂に位置した村長の畑。

 気取られないように火を放つにはもってこいの場所というわけである。


「な、なるほど……でも確かに、そうすればバビルーザには勝てる、かも?」


「何人も死んじゃうわ! それにそんなことしたら、本当に村は終わっちゃう! ううん、お爺ちゃんたちは終わらせる気なの! 最期に刺し違えてでも一矢報(いっしむく)いようとしてる! あいつを倒せる確証なんか何もないのに!」


「ライチ……」


 彼女の白い手に、雫が落ちた。


「だから、村を離れない、離れられないよ。お爺ちゃんたちが私のこと、大事に想ってくれてるのを知ってるから。だから、私が何も知らないふりして近くにいれば、自棄(やけ)も起こさないんじゃないかって、私があいつを倒せば、全部全部上手くいくって、思って……」


 嗚咽(おえつ)と共に感情は(あふ)れ出た。


「我慢できなかったの! カーレお爺ちゃんの畑が荒らされるの見て……だって小さいとき、忍び込んで叱られて、手伝って褒められて……他の皆の畑だって、いっぱい思い出あったのに!」


 ――壊されちゃった。


 嗚咽が更に潤んで、彼女は(せき)が切れたように泣き叫んだ。

 してあげられることがなくて、背中を(さす)ってあげると、泣き声は一段と大きくなった。


 落ち着いた印象のライチが、後先を考えずに挑みかかる理由がわかった。

 ずっといっぱいいっぱいだったのである。

 幾度(いくど)となく襲ってくる脅威が、大事なものを一つ一つ壊していき、残りはもうわずかで、そして残された守りたい人たちが破滅の道を行こうとしている。


 早くそんな絶望から抜けたくて、なりふり構っていられなかった。

 悠太という不確かな希望にも、(すが)らざるを得なかった。

 縋られた方の気持ちとしては、不甲斐ない自分に腹が立つばかりである。


 一通り泣き続けて数分、ライチは「……ごめん」とだけ呟いて落ち着きを取り戻した。


「大丈夫」


 気付けば悠太の決心はついていて、自然と言葉をかけることができた。

 泣き(はら)らした目で見返してくる青い瞳に微笑んで、拳を握った。


「ライチは正しいよ。ライチの望む未来が、絶対に正しい」


「ユータ……」


「だから、もう一人で抱え込まなくて大丈夫だ。俺が一緒にいる」


 目の前の少女の涙が教えてくれた。この世界での心の在り方。


 ――しばしば、現実とゲームは区別して考えなければならないと(ささや)かれる。

 元いた世界は現実とゲームに次元の(さかい)があったのだから、その認識は正しい。

 しかしこの世界には現実とゲームが入り乱れており、だから認識を改めなくてはならない。


 『人』には現実のように――親身(しんみ)に接しなければならない。

 ここには間違いなく息づいている人々がいる。

 本気で葛藤(かっとう)している彼女らと一緒に悩み抜かなくてはいけない。


 『手段』はゲームのように――俯瞰(ふかん)から見据えなければならない。

 知り得る科学では説明できない力が周囲に(あふ)れ、この手にも宿っている。

 仕様を見極めて柔軟に応用しなければならない。


 そして、『未来』は――ゲームのように。

 望んだものを掴み取らねばならない。

 知らぬ存ぜぬで済ませてはいけない。

 力を与えられたなら、積極的に関わって、綺麗な物語にしなければならない。


「もう手伝うってだけじゃない、俺が……俺とライチで、この村を守るんだ」


 遠慮なく大団円(だいだんえん)を目指していい。


「……あと、マグレブもな」


 窓枠、もふっと顔を乗せる巨大ハムスターにも笑いかけてやった。

 隣に視線を向けると、ライチは再び流れるとめどない涙を手の平で必死に抑え、仕切りに(うなず)いていた。


「……うん。……うん!」


用語解説

・リターン(魔法)

直前に訪れた街・村へと一瞬で戻ることのできる魔法。

エルナインでは未確認の魔法であり、実質山田悠太専用となる。

対象は悠太本人のみであり、同行はできない。また目的地も直前に訪れた場所のみである。

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