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5-55 3 DAYS LATER


 襲撃と、絶望と、奇跡の夜は、何食わぬ顔で(のぼ)る朝日に照らされ、跡形(あとかた)もなく消え去った。

 残された人々は奇跡により、本来顔を(ゆが)めるべき苦痛や悲しみを奪われ、呆気(あっけ)に取られた。


 全ては夢――石畳(いしだたみ)に舞い降りた大狼(おおかみ)も、曇天を暴れ回った龍虎(りゅうこ)も、暗闇に浮かんだ赤い月も――全部全部、幻想だったのでは。


 そう考えるには、少々目の前の瓦礫(がれき)の山が邪魔であった。


 ――そんな不思議な夜明けから三度目の正午は、(まぶ)しい日差しの快晴。


 トンテンカンと釘を叩く音を(かな)で続ける街の雰囲気(ふんいき)は明るい。

 決して、浮かれているわけではない。


 大切な者は失わなかった、しかし失いかけた。

 大切な者を失いかけた、しかし失わなかった。


 家を焼き出されたが、命はある。

 命はあるが、家を焼き出されてしまった。


 先に投げかける自問の順により、微妙に変化する心境の落とし所こそが、復興(ふっこう)へ情熱を注ぐことであった。

 人々は生活への不安を奇跡で打ち消して、鼻歌を歌いながら瓦礫を運び、材木を打ち立て、炊き出しを振る舞った。

 当然、気持ちを前向きにするには先導者(せんどうしゃ)が必要である。


「おらぁ! 長屋(ながや)一丁(いっちょう)!」


 木板の屋根、太陽にテラテラ照らされる上腕二頭筋を伝う汗が(はじ)けて(きら)めく。

 頭に巻いた白タオルと白タンクトップは、三日間洗われておらず、灰褐色(はいかっしょく)になり果てた。


「がははこのハンサ様にかかりゃ長屋の十棟や二十棟、朝飯前ってやつよぉ!」


 巨大なL字工具を肩に、三日で全ての区画に仮住(かりず)まいの長屋を建てたのは、大工ギルドのマスター『ハンサ・ガウディオ』であった。

 それこそ朝食の握り飯でも(こしら)えるが如く、いくつもの長屋を打ち建ててきた彼だが、ようやく過労が身体中に回りふらついた。


「がはは……朝、飯、そろそろ、食いてぇ、かも……」


 屋根にぶっ倒れたタンクトップの大男。

 ぐるぐると目を回す頭部を――赤いネイルの細指が掴んで、(なま)めかしい太腿(ふともも)に乗せた。

 柔らかな感触に「おほ」と下品な声を出すギルドマスターに落とそうとした慈愛(じあい)の眼差しは、自らの豊満な胸に(さえぎ)られる。


「お疲れ様、ハンサ君」


 色気とは無縁の黒の大工衣装を身に(まと)って(なお)、生半可ではない色気を振りまくピンク髪のデモン族(サキュバス)、ティカは、夢見心地なギルドマスターの頭を()でて言う。

 そして、彼の代わりに細腕を振り上げ、号令をかけた。


「さて、アガワ君とイガワ君も目が覚めたし、ここからは復帰組が活躍しちゃうんだから! おらー! 行くわよ皆―!」


 朝飯前の大工は大勢いたが、彼らの食事は今しばらく後になる。

 彼らがギルドマスター同様に過労と空腹で倒れると、料理人ギルドのご婦人たちがその口に炭水化物をぶち込んでいく。

 ご婦人たちがもっとちゃんとした食事を用意したいと嘆けば、武器及び防具職人ギルドが鉄板を叩いて調理器具を作ってやった。


 ――入れ替わり立ち代わり支え合い。


 奇跡により繋ぎ留められた命たちは、オレンジ屋根がひしめく街の復興スピードを上げていく。



◇◇◇◇◇



 活気づく街の中央に(そび)える巨大な宮殿――『逢王宮(ほうおうきゅう)』。

 「街の復旧を第一に」という触れ込みに忠実に、(かたむ)いた宮殿の復旧は最大限、()()()()()()()()()()

 国を治める十二の王は、三日前、夜明けに民衆の前で勅命(パフォーマンス)を終えた後、今しばらく堅固な護衛の下で自室に(こも)る。


 (から)の王座がぐるりと囲う円形の謁見間(えっけんま)では、白ずくめの司祭服にマッシュルームヘアの気難しそうな中年男性が、(ひざまず)く二人の大柄な男を見下ろしていた。

 一人は、雄々しいリーゼントにはち切れそうなラテンシャツが特徴の冒険者ギルドマスター『ワヒドマ一世』。

 もう一人は、煌びやかな黄金鎧に身を包んだ顎髭(あごひげ)の逢王兵()()()『レガオン・ゴルドー』である。


 首都(カージョナ)の顔である『十二ギルド』と『逢王兵』を代表する二人を前に、マッシュルームヘアの逢王尚書(ほうおうしょうしょ)『ヘスマガル・ショーネカーブ』は細い片眉を吊り上げて報告を求める。


「して、ワヒドマ君。()()()()()()()について、釈明(しゃくめい)と報告は取りまとめておるのだろうな? ん?」


 ヘスマガルの口調は辛辣(しんらつ)だ。

 (おおむ)ね元からの性格のせいなのだが、そこに付け入る隙があると尚更(なおさら)追及の色が濃くなるのが彼の特徴であった。

 そんな口調には慣れっこな筋肉質なオカマは、顔とリーゼントを上げ、迷惑そうに頬に手を添えた。


「ヤダ報告はするけど釈明なんてできないわよ? あんなの不可抗力ですもの」


 ワヒドマの口調は不遜(タメ口)だ。

 概ね元からの性格のせいである。

 その態度に慣れることができないマッシュルームヘアの男は、頬をひくつかせ、腕組みの指を激しく振動させる。


「言葉遣いに気をつけろとは言っておるな? 君たちギルドマスターはいちいちいちいち……私は第五代王直代弁者たるヘスマガル・ショーネカーブと知って……」


 ギルドマスターとヘスマガルのやり取りは大抵始めにこの(くだり)がある。

 そのことに慣れている黄金鎧の逢王兵は、「うぉっほん」と咳払いをして話を(うなが)すことにした。


「ヘスマガル様、こやつの不敬には後ほど厳粛(げんしゅく)な処置を望みますが、今は状況の把握を」


 真っ当な意見にヘスマガルは邪見な表情を浮かべて停止する。

 そして、しぶしぶといった様子で鼻を鳴らした。


「ふん、改めて襲撃者の末路をについてだが……こちらに寄こされた事前報告によれば次の通りだ――」


 奇跡の夜明け、一網打尽に縛られたローブの襲撃者たちは、尋問(じんもん)のため(ろう)へと移送されるはずであった。

 しかし、手配した馬車を待つ間、一人の襲撃者が獣のような(うな)り声を上げ始めた。

 その者の変化はすぐに現れた。

 獰猛(どうもう)な雄叫びとともに肥大化する身体、伸びる剛毛と双角、裂ける口に剛腕――(まさ)しく魔物と化したその者は、拘束を引きちぎり、味方であった全ての襲撃者を引き裂き喰らった。

 そして、近くの逢王兵にまで襲いかかったところを、居合わせたワヒドマに斬り伏せられたのであった。


「――相違あるかね?」


 奇跡の直後の惨劇、その場には襲撃者たちを縛り上げた張本人のワヒドマが居合わせている。

 そのことがワヒドマが今回招集された理由である。


「ないわよ。よくまとめられてる」


 簡潔に答えるワヒドマに納得がいかない様子のヘスマガルは、これ見よがしにへそを曲げる。


「ないでは困るのだよワヒドマ君。

 君は何のためにギルドマスターの称号を与えられ、その不遜な口を開くのを許されていると思っているのだね?

 全てはこのカージョン連合国に利するための実力を買われてのことだよ。そうだなレガオン将軍?」


 話を振られたレガオンは内心では称号の意義など興味はなかったが、自身の疑問をぶつけるために言葉責めに乗る。


「まったくでございますな。話を聞くに、彼奴(きゃつ)等が隠し持っていたのは、先の襲撃でも用いられたという『蝮女樹(ふくめじゅ)呪珠(じゅず)』、()()()()()()()でございましょう。

 今の話、一つはその携帯を見過ごしていた落ち度、もう一つは魔物化したその者から『呪珠』を()がし、情報源の死守をしなかった落ち度。

 これら二つの内、一つくらいはできたのでは? ねぇギルドの花形、冒険者ギルドのマスター殿?」


 ワヒドマは冒険者としての実績は言うまでもなく、その戦闘能力も他とは一線を画す。

 そのことはレガオンも認めており、だからこそワヒドマが襲撃者の持ち物を見落とし、そして魔物化の解除を試みなかった点に合点がいかなかった。


「もうイジワル言わないでレガオンちゃん」


 彼の疑問に溜め息を吐くワヒドマは、視線を大理石の鏡面に落とし、惨劇の情景を思い起こした。


「……なかったの」


 落とした呟きは神妙な口調であった。

 普段の不敬でおちゃらけた口調に慣れていた二人は、思わず傾聴する。


「勿論、捕まえた時にはそりゃもう身体の隅から隅までまさぐって持ち物検査(モチケン)したわよ。

 でも彼らは誰も怪しい魔導具は持っていなかった。そしてそれは、魔物化した後も変わらなかった。

 魔物の身体のどこにも『呪珠』の根は()っていなかった。

 後でアシャラ老から解剖(かいぼう)の報告が来るわ、そちらさんと共同でやってるんだから信用してくれるでしょ?」


 解剖、それも多角的な視点の立ち合いの下では、ヘスマガル、レガオン共に唸るしかなかった。

 調べればわかるような虚言をつく男ではないのは、両者とも理解している。


 それが意味するところまで想定を続けたヘスマガルは、眼光鋭く頷きを繰り返すと、ワヒドマをジッと見下ろす。


「――話はわかった。だがその解剖結果とやら、慎重に出したまえよ。君の話が本当だとしたら……」


「――検問の在り方から何から、見直ししなきゃよね」


 敵は魔導具を用いずに魔物化する。

 今回の襲撃では主要な方法ではなかったが、今後意識しなければならない点であるのは間違いなかった。


「今は結果を待つのみか――この件は継続して審議することとする。良いな?」


 跪く巨漢の二人に異存はなかった。

 煮え切らない着地点に一番納得がいかない様子だったのはヘスマガルであったが、時間は有限と次の話題に移る。


「さて、次の検討事項だが、レガオン将軍。被害者について……()()()()()()を聞こうか」


 今回眉をひそめたのは、ワヒドマであった。

 本襲撃における被害者数が限りなくゼロであることは、この三日で集められた報告により確定的である。

 その要因であるブラン・シルヴァの奇跡がどういった代物(しろもの)であるかも、奇跡の現場に居合わせたライチ・カペルから聴取している。


「奇跡が全てを回帰させた以上、勘定は難しくございますなヘスマガル様。

 僭越ながら逆に伺いましょう――貴殿の都合の良い実利的な被害数とは、いくつでしょうかな」


 レガオンの返答と『実利的』という言葉でワヒドマは悟る。


「ちょっと、()もしない死者をでっちあげるつもり?」


 不機嫌な声を上げつつ、彼もヘスマガルとレガオンの打算は理解できた。

 王名を(じか)に背負う彼らは、この襲撃とその対応の結果を政治的に利用()()()()()()()()()のだ。

 どのような評判が広まれば国への攻め手を遅らせられるか、どの程度の数字が現実性(リアリティ)を備えるのか。

 「誰も死なないで国を守れました」では虚勢か絵空事としてしか広まらないのは明白だ。


 ヘスマガルは爪を(かじ)り、数秒の思考時間を終えた。


「私の仕事は、王の意志の代弁であり、王のご発言を妨げぬ事実を用意すること……」


 呟いたヘスマガルは、蛇のような視線をレガオンへと向け、()()()()()()


「五百前後が望ましい――フェンリル(傾国級)をけしかけられた現実味は若干薄れるが、堅固な守りを主張できる。そして――」


 黄金鎧の逢王兵は、続く言葉を待った。

 それはもう、ギラつく眼光で楽しみに待ち望んだ。


「――報復(ほうふく)の正当性を主張するには十分な数字だ」


 ワヒドマは目を伏せて呟く。


「……野蛮ね」


 冒険者は哀れんだ。

 悠太やネピテル(ギルドメンバー)の友人らしい天使(ジナス)のことは十分に聴取できていないが、報復(そういうこと)を嫌って奇跡に命を捧げただろうことは容易に想像ができた。


「――もっと解き明かさないといけない謎が、この世界にはあるのにね」


 意味深な呟きはヘスマガルの眉をひそめさせたが、興味を得るには至らなかったのは言うまでもない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 大工ギルドの見せ場が書かれていてよいですね。 [気になる点] 蝮女樹の種(?)。マジテン特化の自爆アイテムでしたか。 種を量産化されるようだと厄介ですね。
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