表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

158/166

5-54 明星の行方

5-54~5-60の更新分となります!


 首都の北、悠太は自らと同じようにステータス画面を操るマギ・アキトと名乗る襲撃者から、この世界の真実――の『欠片』を知らされました。

 動揺と歴然たる実力差のもと、一度は敗北する悠太でしたが、ブラン・シルヴァの助けとフェンリルの行動により、辛くも勝利をもぎ取ります。

 しかし勝利の代償として悠太を始めとした多くの命が奪われゆくことを知ったブランは、自らの命を引き換えに全てを救う選択をしたのでした。

 ――カージョン連合国首都カージョナ、そのとある夜。

 宵闇(よいやみ)を彩るのは、月明かりの青と星明りの黄、そして輝く緑の粒子(マナ)たちであった。


 輝く大樹の緑の奇跡は、誰にも平等に降り注いだ。

 街中で怪我をした民衆たちや、戦いの中で傷ついた逢王兵(ほうおうへい)や傭兵たちは当然のこと……淡い光は、()()()()()()()()()()()()()()()()


 首都の北に広がる森の遺跡、意識なく(とら)らわれていた紅炎(こうえん)の剣士の目が開いた。


 首都の東を流れる大河、ズタズタの功夫(クンフー)服の男がゴポと息を吹き返した。


 そして街中、兵との剣戟(けんげき)の中で命を落としたローブの暗殺者たちも息を吹き返す。

 襲撃の失敗を(さと)り、それぞれに街を抜け出そうとする彼らは……黒光りする筋肉の剛腕にむんずむんずと首根っこをひっ捕らえられ、一まとめに縛られた。


 手練れたちを一人残らず捕まえたのは、遠征から戻った巨躯の男であった。

 その頭には雄々しいリーゼント、その口元には赤いリップ、ピンクのラテンシャツがはち切れそうな胸筋。

 丸太のような上腕には血管がビキビキと走っている。

 見事な逆三角形の体型をした男は、街の惨状を見渡し、何とも似合わぬ可憐(かれん)な言葉づかいで()びを(つぶや)いた。


「急いで戻ったものの……ごめんなさいね、遅すぎたわ」


 冒険者ギルドマスター、ワヒドマ一世が北の空に想いを馳せる背後――一網打尽に捕えられた暗殺者の一人が、歪んだ笑みで奥歯に仕込んだ『種』を噛み潰した。



◇◇◇◇◇



 輝く大樹の緑の奇跡は、誰にも平等に降り注いだ。


 首都の南、草原の中で凍てついた赤髪の魔物(ハルピュイア)も、氷を溶かされ力なく倒れ込む。


 そして更に南下した森の中に、哀れな(うめ)き声が響いた。

 声の主は、崩れたブロンド髪と端正な顔を地面に(こす)り付け、腕を()うように伸ばす。


「……こんな、ことが……この、私が……!」


 男の名は『ディマリオ』。

 襲撃の夜、一時は傾国級(けいこくきゅう)の魔物『フェンリル』を従えていた男である。


 緑が照らす森において、その男の這いずる身体には、()()()()()()()()

 腹から下にずり下がる臓物を引きずりながら、上半身のみで街から逃亡を図る。


「許さない、奴ら、私にこんな無様な、姿を……!」


 草原での戦いに敗れた彼は、風の衣(エアクローク)で逃亡する背後からフェンリルの一閃を受け、身体を分断されて落下し、絶命したはずであった。

 ()()()()()()()()()()()()()により命を繋いだものの、中途半端に奇跡の範囲から遠のいた彼の身体は完全には治癒されなかった。


 ――こんなはずではなかった。


 死ぬのなら死ぬで、話はついていたはずだ。

 男は、奇跡が嫌いであった。

 しかしこの明けつつある夜はどうであったろうか。


 あの赤髪の女が奇跡を引き寄せ、そこからケチが付き始めた。

 奇跡的にフェンリルの洗脳が解け、奇跡的にフェンリルの標的が自分になった。

 そして今も、奇跡としか言い様がない力で命を拾っている。


 翻弄されることも嫌う男は、這いながら苛立ちをおさえるのに必死であった。


「何が……神の教団だ。魔王の武器も、フェンリルも、私の思い通りにならないこと、ばかりだ……!」


 燕尾服の襟下(えりもと)につけていた紋章を掴み、怒りに任せて放る。

 (むな)しい他責(たせき)は、森に響いて誰にも届かないはずであった。


 ところが、這いつくばる男の進路に、黒づくめの脚が立ちはだかった。

 その人物は長刀を腰に差した男で、体格はディマリオより一回り大柄である。


「……あ、貴方(あなた)、は」


 男はディマリオが放り投げた『剣と翼の紋章』を拾い上げる。

 肩に巻かれたマントには、同じ紋章が付けられていた。


 髪は短髪、輪郭は骨太だが引き締まっており、武人のような印象である。

 男は垂れ目だが鋭い視線でディマリオを見下ろすと、おもむろに溜め息を吐く。


「最近、どうも(かん)が鈍ってんな。詰め過ぎか」


「何を言って……いえ、良いところに来て頂きました、『鍛冶屋(かじや)』さん。早く、私をスー・フェイへ」


 『鍛冶屋(かじや)』と呼ばれた男とディマリオの利害は一致しているはずであった。

 (ゆえ)に這う男は黒刀の男に助けを求める。

 ところが、黒刀の男はディマリオの弁に耳を(かたむ)けることなく、溜め息を続ける。


「『魔王の連刃(魔王の力)』と『フェンリル(傾国級)』を預けてこれだよ……運の足しにもなってねぇや。お陰で……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し」


「い、イベ……?」


 同じ紋章をもっていたディマリオにも、彼のぼやきの意味はわからなかった。

 そして、意味深な発言への問いに返答はない。


 男は腰の(さや)からおもむろに、黒の刃を抜いて半月を描いた。

 切っ先は、ブロンドの髪に向いた。


「なっ!? あ、貴様(きさま)……何を……!?」


 男はディマリオという男の徹底的に奇跡を――つまり『運』を排除する姿勢は(この)んでいた。

 しかし、結果はこの体たらくで、最早(もはや)彼の運命には毛ほどの興味もない。


「悪いが運の悪い奴は嫌いなんだ。不運が移る」


 気怠(けだる)そうに、答えにならない答えを吐いて、男は切っ先を振り下ろそうとした。


「そんな、ふざけるな貴様ぁ!」


 断末魔にも興味はなかったが――しかし、刃はブロンドの髪の寸前でピタリと止まる。


 慈悲(じひ)を与えたわけではない、この場に気配もなく現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)に意識を移したからだ。

 男は垂れ目を細め、茂みからよろよろと現れた少女へと刀身を向ける。


 その少女は――黒い染みのついた臙脂(えんじ)色の学生服(ブレザー)と、固まった返り血に汚れた髪が鮮烈(せんれつ)であった。


 カージョン連合国での名は『ニナ・マルム』。

 またの名は、黄龍四師団長『鹿角(カカク)』、()()()

 かつて、百面の名で呼ばれていた少女は、刀の牽制(けんせい)を気にすることなく、よろけながら二人に近寄る。


 その姿に、地を這うディマリオが驚きながらも歓喜の叫びをあげた。


「か、鹿角(カカク)、さん……ああ良い、今は貴女(あなた)でも! このイカレた男を殺し、私とスー・フェイに戻りましょう! さあ!」


 既に正常な判断力を失っているディマリオであったが……(すが)って手を伸ばした対象は、輪をかけてまともな精神状態をしていなかった。


 ――少女は夜通し、呟き続けていた。


「……ふふ、薄めなきゃ、ニナを、薄めなきゃ、ダレンも、ランパードも、嗚呼(ああ)、待って皆、駄目よ、私よ? 今はシキロナが鹿角(カカク)してるんだから、大人しく……」


 少女は、()()()()()を得意とする暗殺者の末裔(まつえい)であった。

 対象の記憶や思考を全てなぞることで実現する完璧な変身は、今まで多くの諜報任務を成功させてきた。


 しかしこの夜、彼女は成り代わったニナ・マルムの人格に主導権を奪われ、自我を脅かされた。

 今まで成り代わってきた人間の中のどこに自分がいるかわからない。

 だから彼女は苦しみ続け、今もこれからも、無限の錯乱(さくらん)状態に(とら)らわれるのだ。


 焦点(しょうてん)の定まらない瞳は、歩く度にぐるぐる回って――やがて、地を這う男を見つける。


 乾いた血で割れた(くちびる)が、震えて笑った。


「あ、()()()()()……やった、これで、また、私を薄められる」


 少女は駆け寄ってディマリオの横に座り込んだ。

 そして、上ずった悲鳴の男の上半身を、まるで人形を拾い上げるかのように(つか)み上げた。

 その瞬間、ディマリオは自らの運命に絶望をした。

 すぐ目の前で、あまりにも混沌を(はら)んだ瞳が、見詰めているからだ。


「ねぇ見せて、見せて見せて見せて! あなたの喜楽怒哀(キラクドアイ)を!」


 ディマリオを愛しそうに抱き締めた少女を眺め、垂れ目の男は黒刀を鞘に戻した。

 その後、(あご)に親指を当て「ほう……」と唸り声を落とすと、少し思考の時間を挟んで呟く。


「……少しは運が向いたか? なかなかのユニークキャラじゃないか」


 男の声に反応して、少女は血濡れの顔をぐにゃりと男に向けた。


「お兄さんもだよ? 後で、見せてね?」


 どこか魔物めいた雰囲気の少女に、男はぶっきら棒に答える。


「キラクドアイというやつをかい? まあ構わんが……そうだな、なら俺についてくるか? そこでならもっと多くそのキラクドアイ(お気楽何たら)とやらを見られるだろう」


 返答は、満面の壊れた笑みであった。

 垂れ目の男はその表情にゾッとしつつ、そそくさと(きびす)を返す。


「まあ、歓迎しておこう。行くか――ヴォルク教団へ」


 宵闇(よいやみ)を彩った月明かりの青と、星明りの黄、そして輝く緑の粒子たち。

 優しく穏やかな光たちは、夜が終わりに近づくと段々と(しら)んでいって、明けの陽光に塗りつぶされていく。

 そんな明星(みょうじょう)の下、二人と半分は東へと向かって歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 敵味方関係なく治すのね。 「種」が気になりますねー。 自害の為か、次の伏線か、、、 [一言] サーバさんも魔物化から治るといいなぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ