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5-46 傾国級討伐対象『氷大神フェンリル』


 ――ひとまず、フェンリルを天使(ジナス)から引き離すことができた。


 マギ・アキトは、慎重に優先順位を決める。

 どうも()()()()()()()()()()()()カージョン地方のシナリオだが、それがヤマダ・ユウタの影響なら、奴を始末した今、修正は可能であるはずだ。


 チラリと背後を確認する。

 暗い森に置き去りにしたのは、黒焦げた死体が一つと、縛られた女が一人。


 とりあえず、ライチ・カペルは放置して構わない。

 首輪により魔法は使用できず、四肢(しし)の拘束は強固だ。

 何より、あれだけ(あお)り倒せば心が持たないだろう。


「……とりま、次の乱入者(エントリー)が入る前に完全制圧しとくかね」


 木の天使(ブラン・シルヴァ)を始末したあの現場には、モブの他に首都のギルドマスターがいた。

 首都で交戦した傭兵ギルドマスター(アハディオ)級の応援を寄こされるのは流石に面倒なので、その前にケリをつけたい。


 不可能なことではない。

 立ちはだかる難関は、あと一つのみだ。


 マギは改めて意識を前に向けた。


「……()み」


 深い森の奥――獣の獰猛(どうもう)な息遣いと共に、凍てつくようなプレッシャーが押し寄せた。

 先刻凍ったローブを脱ぎ捨てカットシャツ姿となった茶髪の少年は、身震いして両肘を抱く。


 難易度は傾国級(けいこくきゅう)

 『凍大神(こおりおおかみ)フェンリル』の討伐は、多くのプレイヤーの命を散らしてきた一大イベントだ。

 数々の命を経験値に変え60レベルに達したマギをしても、万全の状態かつ正面から挑んでは、倒し切れるか怪しい。

 だからこそ、スー・フェイの子飼いとなり、襲撃に使用されて消耗するこのイベントのタイミングは絶好のチャンスなのである。

 

 事前に、ディマリオという『ヴォルク(運営)』の仕込みキャラと作戦終了後の夜明けに落ち合う手筈(てはず)をつけていた。

 そこで彼もろとも、消耗したフェンリルを狩るつもりだった。


 このゲームでは、強大な力を持つ命ほど莫大な経験値に変換される。


 更なる無双の力を手に入れることができれば、今後の攻略が楽になる。

 更に更に天使(ジナス)まで手籠(てご)めにできれば、確実に二周目の覇者となることができる。


 ――多少予定とは異なるが、問題ない。


 舌なめずりをしてマギは鎖を振るった。


「さぁ攻略していこうか、傾国級」


 マギが二周目の特典として手に入れたのは、『図書館(ライブラリ)』のスキル。

 一周目プレイ時を含め、触れた相手の情報をステータス画面で確認することができる。


 『図書館(ライブラリ)』によれば、フェンリルの技は全てで六種類。

 まず始めに仕掛けてきたのが、フェンリルを傾国級たらしめる最強の技である。


 『氷嵐ノ近衛(ひょうらんのこのえ)』――NPC(ノンプレイヤーキャラ)からはキリグイと呼ばれていたか――氷の旋風の中に分身を作り出す技だ。

 ひゅるりひゅるりと、フェンリルの左右に青い旋風が舞う。


「二箇所だけ――いいね弱ってるね」


 一周目プレイ時は一気に十体も二十体も生成され、えらく対処に困った技である。

 しかし、ここまで弱っていれば攻略は意外と簡単だ。

 攻略法は、初動を潰してしまうこと。

 見た目の派手さに怯んでしまいそうになるが、青い粒子(マナ)はひゅるりと舞っている(あいだ)であれば、プレイヤーの令歌で先に魔法に変換する(奪う)ことができる。


 黒革のブーツが強く踏み込み、青い旋風に飛び込んでステータス画面を浮かべた。


「コール『アイスコフィン』」


 選んだ魔法は、任意の対象を氷の(ひつぎ)に閉じ込めるもの。

 魔法に使用する粒子(マナ)は、自身の周りにひゅるりと渦巻く青。

 そして任意の対象には、もう一箇所の青い旋風を選んだ。


 すると、マギが飛び込んだ旋風の粒子は残らず魔法に変換され、もう一方の旋風の中で作られつつあったキリグイを氷の棺に閉じ込めた。

 氷同士は癒着し、固まり、ゴトンと力なく転がった。


「対応」


 分身(キリグイ)の生成を阻止したマギの表情は未だ固い。

 そこに悠太を相手取っていた時のチャラついた様子はなく、さながらその吊り目は対局を(にら)む棋士のようであった。


 分身(キリグイ)を生成させない立ち回りをすれば対応可能であるものの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()点では、やはり厄介な技である。

 プレイヤーは対多数を避けるため、この技に対応しなければならない。

 (ゆえ)に先攻、攻める権利は継続してフェンリルに与えられる。


「このテンポアド取ってくる動き、面倒だわ」


 マギは二つ目の技、舞い散る体毛に囲まれていた。

 『白尾針(はくびしん)』、散らした体毛を凍らせ、空中で無数の針を生成する技。

 対処のセオリーは、風の魔法、又は魔導具で範囲外へと体毛を遠ざけることである。


 マギの腕に巻き付いた鎖が、蛇のようにうねって伸びた。


「『鎌風花火(かまかぜはなび)』」


 魔導具『銀鎌鼬(ぎんがまいたち)鎖刃(さじん)』が衝撃波を放ち、漂う体毛を吹き飛ばす。

 分身(キリグイ)の白毛であれば対処完了ではあるが、本体(フェンリル)の黒毛の場合、射程が長く、吹き飛ばした程度では安全が確保されない。

 縦横無尽に突き立っていく氷の格子を見切り、マギはフェンリルへと間合いを詰める。


 フェンリルの技は威圧的で派手、装飾(そうしょく)表現が多い。

 故に多くのプレイヤーは近づくことを怖がるが、それは罠だ。

 中遠距離でこそ本領を発揮するこの魔物は、そうした怖気づいた者から血祭に上げていく。


 巨体の鼻先まで辿り着いた頃、獣の額に青い粒子(マナ)が集まった。


「……待ってました」


 それはマギが待ち望んでいた三つ目の技。


 『白針装(はくしんそう)』、逆立てた毛を氷の針と化す。

 近接攻撃者へのカウンター及び、小回りの効く牽制技として使われる。

 氷の角の発生は早いが、プレイヤーが反応できれば問題はない。


「よしきたステータス!」


 マギは氷角へと手をかざし、突き上げに合わせて光の板を顕現させる。

 角が弾かれ、わずかに生じる隙――ここが二つあるプレイヤーの攻撃タイミングの一つである。


 マギは素早くフェンリルの前脚へと身体を滑り込ませ、その付け根に手刀を向け、画面を浮かべる。

 画面が片前脚に斬り傷をつけ、フェンリルは追撃を嫌って真上へと跳び上がった。


 『図書館(ライブラリ)』曰くフェンリルは、移動を(つかさど)る脚に攻撃を受けると跳躍して上空へ逃れる。


 ここが二つ目の攻撃タイミング。


 マギはフェンリルの着地地点に、()()()()()()()()()()、ステータス画面を浮かべなおした。

 対して上空のフェンリルは口を大きく開け、猛烈な吹雪を浴びせかける。


 四つ目の技、『白息吹(しらいぶき)』は全てを凍てつかせる吹雪のブレスであり、範囲が広く、『凍結』の状態異常が付与される。

 故に、一つ目のチャンスに欲張って攻撃を続けた者は、ことごとく氷像となるだろう。


 マギはステータス画面だけを置いたまま、バックステップでブレスの範囲から逃れる。

 フェンリルの巨体は、着地地点に浮かべられたステータス画面へと落下し、皮膚を貫かれダメージを負う。


「順調……!」


 マギが短く吠えると、フェンリルは低い呻きと共に跳び退き、画面から血と共に抜け出した。

 油断はできない、フェンリルは傷を凍らせて(ふさ)ぐ。

 見た目よりダメージは出ていない。


 そして、互いにバックジャンプで距離を取ったこの間合いは――フェンリルに分がある。


 振り上げた二又の尾が、再び氷刃を纏った。

 『雪華尾刃(せっかびじん)』、尾に氷を纏わせ、巨大な氷刃として自在に操る。

 その範囲、射程と、遠心力に任せた威力は膨大であり、画面を駆使して接近する必要がある。


 面倒なことに本体は、接近の際にケアしなくてはならない六つ目の技も併用してくる。

 最後の技は『氷眼(ひょうがん)』、見つめた対象に粒子(マナ)を収束させ、凍らせる。


「いいねヒリヒリするね……!」


 最難関の攻撃を前に、マギは笑った。

 一度触れればHPをごっそり持っていかれる攻撃の嵐の中を、己の身体を思い通り操って切り抜けていく。

 その緊迫感と爽快感も、ゲームの醍醐味の一つだ。


 二又の氷刃を飛び躱し、弾き、間合いを詰めるマギの右肩が、『氷眼』でパキキと凍り始める。

 完全に凍ってしまう前に、マギは短く唱えた魔法を行使する。


「番う焔よ――コール『ファイアボール』」


 初級魔法を使ったのは、撃ち込む先が、氷かけの自分だからである。

 あえて肩口で爆発させた熱で、患部の氷を溶かす。


 強行軍で遠距離(氷刃)の範囲を突破すると、再びひゅるりと青い木枯らしに挟まれる。


 ――『氷嵐ノ近衛(ひょうらんのこのえ)』は、再び対応しなければならない。


「マジ、この仕様にした奴、絶対アホでしょ……!」


 たった二撃を入れるための一ループ目が、今終わったのだ。


 肩が弾む。

 ダメージは自らに撃ち込んだファイアボール分のみ。

 HPは被弾さえしなければ持つだろう。


 冷や汗が垂れる。

 スタミナと集中力だけが心配だ。


 分身の生成を許せば詰み、氷刃に被弾すれば詰み、ブレスに触れれば詰み、長時間直視されては詰み。

 何か一つ対処を間違えれば詰む。

 予備知識なしでは攻略不能。

 傾国級の難敵、それがフェンリルというボスキャラであった。


 ――裏を返せば、この一歩間違えば死亡決定(game over)の綱渡りさえ渡ることができれば、攻略は可能ということである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ものすごーく、ゲーム攻略話になっていて、緊張感が伝わってきます。 ただコレを悠太やライチがやったらヤだな。。。 [気になる点] 2周目の覇者って表現があるってことは、 プレーヤー毎の進捗…
[良い点] このボスキャラクターを攻略している感じ……いいですね! あくまでもゲームのボスとして捉えているからこそのパターンを割り出し、対応が出来ているのが視点変更している今の非常に面白いところです!…
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