5-43 Are you game player ?
▼まぎあきと。
▼レベル60。
▼開放済機能、ステータス画面、イクイップ画面、ライブラリ。
▼所持品、黄龍師団のローブ、ピッと折り目のついたカッターシャツとスラックス、黒皮のミリタリーブーツ。
▼使用可能魔法――
◇◇◇◇◇
拳を打ち付けたステータス画面に踊るそんな文字群が信じられなくて、上手く読み解けなかった。
半透明の画面の向こう側では、満足気に悠太の驚き顔を鑑賞する茶髪の少年が笑う。
「ありゃ失敗。パンチ伸び切ったとこで腕吹っ飛ばそうと思ったんだけどな、ビビった?」
小馬鹿にしたような言葉に反応する余裕はない。
悠太の目を釘付けにしたのは画面に並ぶ数字の羅列……「ステータス数値」であった。
本来のステータス画面の使用目的はこの数値の確認にあるのだが、比較対象がいなかった悠太にとっては、これが初めての比較となる。
なお、マギという少年のステータス数値は、どうやら悠太のそれを圧倒している。
攻撃力1,230、物理防御1,430、魔法防御1,490、敏捷1,170、集歌効率1,250、令歌変換率100%。
一般的なことはわからない、しかし、そのどれもが悠太の数値の倍程度ある。
悠太ですら拳で岩を砕き、ひと跳びで屋根の上に達する力を備えているのだから――直感が警鐘を鳴らした。
慌てて飛び退き、距離を取る。
パニック中の口は、たどたどしく言葉をこぼした。
「真木、彰斗……? 日本人……?」
「んー? それはどういう反応だいユウタちゃん」
マギは自身のステータス画面を、視線を外さない悠太から取り上げるようにパッと消した。
暗示が解けたように、悠太の震える瞳は激しく抗議した。
「どういうって……何でお前が画面を使えるんだよ! それにさっき言ってたこと……!」
――こんなゲームの世界に。
「ゲームの世界、プレイヤーって……お前はこの世界の何を知ってるんだ!」
必死な訴えに対して、マギは小指を耳に突っ込んでウザそうに聞き流すと、不思議なことを喚く少年を考察していく。
一見して目の前の学ラン少年は、自分がステータス画面を使用し、プレイヤーと名乗ったこと、及びこの世界をゲームの世界と評したことに酷く狼狽している。
本題はそれが真か偽か。
「――試すか」
誰にも聞こえないよう呟くと、マギは右腕を広げ、手の平をかざす。
身構える悠太の前、マギは再び、虚空で輝く光の板を浮かべて見せた。
形状は円形、十字に区切られた四つの装備欄――それは『イクイップ画面』と呼ばれる。
彼が慣れた手つきで画面をタップすると、右腕に巻き付いていた鎖の魔導具がパッと消え――もう一度パッと現れる。
再びうねる銀の鎖、悠太が砕いたはずの先端は、傷一つなく復活をしていた。
「んな、何で……!?」
立て続けの驚きの中でも、マギは薄い笑みを浮かべるだけで答えてはくれず、また考える余裕もくれなかった。
ローブの右腕が軽く振るわれると、新調した銀の鎖が風を切って撃ち出された。
苦無のような先端は悠太を迂回し、木々を切り裂きながら背後で倒れる赤毛の少女に向かう。
「ほらスプリも立ちな? 捨てられたくないでしょ?」
鎖を操るのと同時に、今しがたまで顔面に蹴りを入れていた水色髪の少女に命じる。
すると少女は上ずった悲鳴を上げ、怯えた視線のまま、ライチを奪いに駆け出した。
「させっかよ……!」
正面左からは銀鎖、右からは水色髪の少女。
マギの放った魔の手に抜き去られないようにバックジャンプでライチの下に戻り、背に庇う。
鋭い鎖の先端には手をかざし、ステータス画面を浮かべて弾いた。
続いて、スプリと呼ばれていた少女がライチに伸ばした手を遮り、その手首を掴む。
驚いたのは、小柄なスプリの見た目にそぐわぬ腕力だ。
思い出されるのは、彼女がここまでライチを担いで走ってきたという事実。
見た目に反する怪力を放置しては、マギに勝てないと判断した。
「――ごめん!」
怪力という点は、レベルの概念を持つ悠太も同様である。
掴んだ少女の手首を引いて、ぐるんと身体を軸に回転、遠心力をつけてぶん投げる。
木の幹に打ち付けられた少女はカハッと胃液を噴き出し、沈黙する。
「さっき俺っち責めてた癖に女の子に乱暴すんだ? ひっでぇ」
白々しく肩を竦めるマギの下には、蛇のようにうねる鎖の先端が舞い戻る。
「でもさ、そんなんで済ませていいの? 敵キャラよその子、プレイヤーなら画面でぶっ殺さないと」
挑発しながら、マギは今の攻防で確信を掴んだ。
――ヤマダユウタはこの世界の真実を知らされていない。
まるで異世界に転移した物語の主人公のように、この世界を現実として捉えているらしい。
この世界を生きる者に本気で寄り添って、本当の人間として扱っているのだ。
だからスプリにステータス画面を打ち込んで殺すことができなかった。
そういう夢見がちな輩に一番効くのは……現実をチラつかせてやることだ。
「まぁ熱くなんなよ、さっきも言ったろ? たかがゲームなんだから。ほら、ゲームと現実をごっちゃにしちゃいけませんってね」
「だからお前は何を知ってんだよ……! ゲームってどういうことだ。確かに、この世界はそういう幻想的なとこは、少し、あるけど」
マギの瞳が煌めいた。
夢見がちな少年も、流石に違和感は覚えていたらしい。
そこに付け入る隙がある。
「少し? 少しどころじゃないでしょユウタちゃん」
人差し指でトントンとこめかみを叩いて、マギは饒舌に語り始めた。
「よくそのお花畑な脳で思い出しな? 都合良すぎると思わなかった?
何で共通言語が日本語なのさ? 何で通貨のレートが日本と同じなのさ?
不自然と思わない? 文明の割りに衛生観念だけ進み過ぎてない?
製鉄技術があるのに銃はないの? 蒸気機関は何故もっと広まってないの?
魔法があるのに技術が乏しすぎない?
プードル族? プードルて、笑うわ。
ねぇ、他にもリアリティに欠ける制度や街、人の名前はなかった?」
「……何を、言って」
何を言っているかわからない、わけではなかった。
マギの論えた問いかけは、悠太がこの世界で自分自身に幾度となく問いかけていたことだ。
しかし、それらを問い詰めて、検証するような真似はしてこなかった。
そんなことをしたら――
「ユウタちゃんはさ、こういう世界の疑問に答えられるかい?」
「……お前なら、答えられるってのかよ」
悠太は問い返して、即座に後悔をした。
自分が罠に嵌ったのがわかった。
マギは、答えられるからわざわざ問いかけたのだ。
言い訳を探そうと足掻く悠太が最も求めていない答えを、堂々と告げるために。
「簡単さ」
そして、世界は語られた。
「――そういう設定だからだよ」
悠太には、返せなかった。
「そういう設定で創られてるのさ――言語も、技術も、国も」
この世界はゲームのようであってもゲームの世界ではない、そう言い聞かせてきた。
「――もちろん、人もね」
ここにいる人々は、一人一人が呼吸し、笑い、怒り、悩み、悲しみ、本気で生きているからこそ、悠太も本気で向き合うことができた。
そう信じるからこそ、悠太は命を懸けてくることができたし、彼ら彼女らに笑いかけることができた。
――彼女の言葉を本気で受け止めることができたのだ。
「ユー、タ? あの人、何言って……?」
ビクッと肩は跳ねるが、答えてやることはできない。
それどころか、ライチを振り向くことすらできなかった。
振り向いた途端、彼女の顔がゼロとイチに分解されて散っていってしまいそうで、それが怖くて堪らなかった。
「そ、そんなわけ……」
振り返れない悠太と、その後ろ姿を不安そうに見つめるライチ。
非常に加虐心をそそられる二人に口を出さないマギではなかった。
「ライチちゃんの設定も聞いとく? ライチ・カペル。カペル村の村娘、大蔦豚バビルーザに襲われた村で一人、必死に奮闘してた。その正体は炎の天使、だよね?」
当たり前のように告げられた言葉に、ライチ、悠太共に眼を見開かざるを得ない。
「なんで、それを」
「俺っちってば二周目だからさ、そういう設定も見られるってわけ」
「二周目……? マギ、お前……本当に……」
「だから君と同じ『プレイヤー』だって」
プレイヤーという言葉が、悠太の精神をがりがりと削っていく。
「さて、ユウタちゃん、その反応を見るに俺が開示した情報は君にとって有用なようだ。
交換条件に教えてよ? 君、ライチちゃんに何した? どうして彼女がこの街にいるのさ」
多少トーンを落とした声色は、それがマギの本命の質問であることを表していた。
しかし、マギの言葉に翻弄されてまともに思考力が働いていない悠太には、駆け引きの一つも思いつかなかった。
「俺は――何もしてない。ライチは、ライチの意志でここにいるんだ! 当たり前だろ生きた人間だ! そうやって自分で決めて……」
「やっぱり、おかしいな」
冷えた声に悠太は固まった。
「いいかい、ライチちゃんってキャラはさ、いわばSSRの破格性能を持った隠しキャラなのよ。
仲間にできるタイミングが凄く絞られてて、俺も一周目じゃ無理だったから、図書館で初期位置割って、いいタイミングでカージョンまではるばる来たわけ」
「何を言って……くそ、ライチ聞くな!」
「図書館によればライチちゃんを加入させられるタイミングは、村がバビルーザに滅ぼされ、彼女が魔物の慰み者にされた後さ。
しかも有用キャラとして運用していくなら、凌辱と絶望の中で天使として覚醒した後、彼女が自死するまでの数日でイベントクリアしなきゃいけない」
しばしばゲームには隠しキャラが登場する。
加入条件が非常にシビアで、イベントのフラグ立ての時期を逃すと、その回のプレイでは入手できないようなキャラクター。
得てしてそうしたキャラクターには破格の性能が設定されていたりするものだ。
それを入手するため、何周もプレイしたり、試行錯誤したり、攻略サイトを覗いたり……そんな経験はゲームをしたことがあれば誰にでもある。
だからこそ、背後から弱々しく縋ってくる言葉が、重たすぎた。
「何なの、私、わかんないよあの人の言ってること……ユータは、ユータは……わかるの?」
それは、自分がマギ側なのかを問うていることと同義であった。
悠太は返事すらできず、八つ当たりをするようにマギへと殴りかかった。
大振りの拳は、ステータス画面による迎撃を恐れてキレがない。
マギは軽々と躱し、すれ違い様にまた言葉を置いていく。
「本来、村の壊滅前に助けちゃうと旅にはついて来てくれないはずなんだよね。郷土愛が強いキャラって設定だから」
「さっきからキャラキャラって、ふざけんな!」
想い人を人形にでもしてしまうような口ぶりが我慢ならなくて、声の方向へと振り向きながら拳を振るう。
拳は、赤く輝く光の板にあえなく止められる。
そして、次に耳に届いたのは――おちょくるのにも飽きたのか、苛立ちを滲ませた低い唸りであった。
「ふざけるなはこっちの台詞、プレイヤーじゃねぇならお前マジ誰よ?」
画面を消し、拳に体幹を持っていかれる悠太の目下に沈み込む。
ブーツで土をなじり、遠心力と共に振り上げた後ろ回し蹴りの踵が悠太のこめかみを打ち抜いた。
吹っ飛んでいく無様な学ラン姿には、吐き捨てるように言ってやる。
「『ステ画』使ってレベル持ちの癖してチュートリアルを受けた様子もない。正直不気味だよ。
あーあ凹むわ。ライチちゃん最強キャラだし可愛いし? 二周目は調教しながら攻略しようと思ってたのにさ。
どうしてお前みたいなプレイヤー知識もない奴がフラグ立ててるわけ? 寝取られてるみたいでキモイんだけど」
木の幹に頭から打ち付けられて、脳がぐわんぐわんと揺さぶられる。
手をついてもふらつく体勢が、マギの一撃の重さを表していた。
それでも悠太は立ち上がる。
しかし、立ち上がる理由の根幹がぶれているのが自分でもわかった。
「改めて聞こうか。お前こそ何者だよ? ライチちゃんに何をした?」
「知らねぇ、俺は、何もわからないままこの世界に来て、何もわからないなりに、頑張っただけだ」
「……そっか、んじゃ運営に会ったら伝えとかないと……」
言葉の溜めに併せて、マギはレベルにより強化された身体能力で地を蹴る。
悠太を遥かに凌ぐ敏捷性が、一瞬で背後に回り込んで――余裕綽々の声で開戦を告げた。
「変なバグキャラがいたんで消しときました、ってね」





