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1-6 世界と、魔法と


 森を歩く少女と言葉を交わし、しばらくが経過した。


 ――世界の名前は『エルナイン』というらしい。


 国の名前はいくつか尋ねたが、どれも知らない国名であった。

 日本なんて国も知らないそうである。


 日本語話している(くせ)に、と不満を口に出すと、これはディブック語だとか意味のわからないことを言い出す。

 どうも悠太のいる大陸がディブック大陸というらしい。


 今は、その()()()()()の一国に所属している『カペル村』、ライチの村に向かっている。


「これは魔法を知らないのも無理ないわね」


 獣道に手入れをしただけの山道の中、腰袋を下げ、槍を抱える彼女がぼやく。

 呆れた口ぶりから魔法というワードが出たので、大きく気になっていたそれについて尋ねることにした。


「そうだよ、その魔法って何なんだ? 『治癒(ヒール)』ってのも魔法なんだよな、そんで、俺は『治癒(ヒール)』を使ったんだよな? ステータスのレベル的にもそう書いてあるし。でもあの時はライチが来てくれないと使えなかった」


「私からしたらそのレベルとかいう概念の方がよくわからないわ。魔法は()()に愛された者が『集歌(しゅうか)』と『令歌(れいか)』を駆使(くし)して使うものよ」


「……出た。シューカとレーカ」


 話によると――この世界の空気中にはマナというエネルギーが(ただよ)っており、マナとは極小(ごくしょう)精霊(せいれい)なのだという。

 その精霊たちを自分の周りに集める歌を『集歌』、集めた精霊が何をするか指示する歌を『令歌』と呼ぶらしい。


「実際に見た方が早いかしら」


 少し得意気な様子のライチはそう言うと槍を突き立て、両手を胸の前にかざし、(うた)のように言葉を唱え始めた。


(つが)(ほむら)よ――」


 細かな単語こそ違えど、それは悠太が死にかけていたあの時に聞いた言葉の羅列(られつ)に似ていた。

 そして集歌の詠唱と共に、周りから赤い粒子がライチの手元へと集まっていく。

 それは詠唱が進むごとに濃く集約(しゅうやく)されていき……


「――常世(とこよ)(まつ)れ」


 詠唱を締めくくる頃にはハンドボールくらいの大きさになっていた。


「これが集歌。で、さっさと令歌しちゃうわね、精霊は()(しょう)だから」


 彼女は早くも散り始めた赤光を手頃な木に向けて構えると、高らかに声を上げた。


「ライチ・カペルが命ずる! 正面の木の幹に向かって球状の形で飛んできなさい!」


「なんかやけに」


 具体的だな、歌というわりには――などとぼやこうとした瞬間、ライチの集めた光が渦巻いて、球状の火炎となった。


「おお!」


 炎の球は形を維持したまま、彼女の指示した木へと直進し……途中でポヒュンと間抜けな音を立てて消えた。


「……」


「……」


 沈黙が場を支配した。

 盗み見た彼女の顔は暗いような赤いような。

 少なくとも軽く()ねているのは間違いない。


「……マナに、愛されてないとこの程度よ。令歌を聞いてくれる分まだマシなんだから、本当よ? 村の皆もこれより少し凄いくらいなんだから。それに火のマナはとりわけ苦手なの、あなたにわかりやすいようにって、苦手だけど火を選んだのよ。木のマナはもうちょっと集められるもの、ヒールの時に集めてあげたの覚えてるでしょう? そうそう、大魔導師みたいな人たちはもっとずっと凄いらしいわ、集歌も1フレーズだけで凄い量のマナを集められるって言うし」


 物凄い早口で補足(ほそく)してくる。


「いや十分凄いって! 何もないとこから炎だして操れるって、俺からしたらもう、何だ、感動したというか、ライチ先生とかライチ師匠とか呼びたくなるっていうか、そりゃ、途中で消えちまったけど……」


 感動は本当である。こんな力は元いた世界にはない。

 いまいち感動しきれないのは、その規模に期待し過ぎたからであった。

 途中でフォローが苦しくなって、また場の空気が沈黙に片足を突っ込む。


 ライチは重苦しい空気を誤魔化すように、何やら腰の袋を漁り始めた。


「え、えっと、あなた、本当に『魔導書(まどうしょ)』は持ってないのね? 『魔導符(まどうふ)』も?」


 不意に投げられた質問を肯定する。

 名前からして魔法と関係のある本なのであろうが、生憎(あいにく)悠太には心当たりのないものであった。


「じゃあ何で略令歌(りゃくれいか)の『治癒(ヒール)』を使えたのかしら? とりあえず、これが、魔導符よ」


 取り出したのは一枚の羊皮紙、何やら幾何学的(きかがくてき)な模様が描かれている。

 六芒星(ろくぼうせい)を複雑にしたような、一般に魔法陣と呼ばれるような模様だ。


「これは『火ノ玉(ファイヤーボール)』の魔導符、さっき私が令歌を唱えたわよね? あんな感じで、マナにやってもらうことは出来るだけ具体的に教えてあげなきゃいけないの。

 でも具体的な指示を口ですると時間がかかるわ。『治癒(ヒール)』なんかはその最たるものよ、どこの部分をどういう順番で治してほしいなんて、愚直に指示してたらマナはすぐに散っちゃうわ。

 魔法が複雑になる程、長い令歌が必要になるの。それじゃ不便ってことで作られたのが――魔導書だったりこの魔導符よ」


 説明の後、彼女はもう一度、集歌を唱えて赤い光を集める。そして今度は魔導符をかざして叫んだ。


「コール『火ノ玉(ファイヤーボール)』!」


 聞き覚えのある構成の呪文に呼応して、赤い光はまた球状の火炎となり、撃ち出され、ポヒュンと消えた。


「……マナに愛されてないと」


「いや十分凄いってば」


 いちいち言い分けをするあたり、負けず嫌いな性格なのであろう。


「……とまあ、今のが『略令歌』。こんな感じで(あらかじ)め令歌の内容が魔法陣に描いてあると、精霊(マナ)たちにそれを読んでもらうことで令歌を簡略化(かんりゃくか)できるの。魔導符だと回数に限りはあるけれど」


 改めて見せられた魔導符の模様は、さっきより薄れていた。


「へぇ、凄いんだなぁ」


 知られざる魔法の世界に感嘆(かんたん)してばかりだが、ライチの説明通りであれば、確かにおかしいことがある。


 魔法の発動に必要なのは、①詳細な命令か、②魔導書、又は③魔導符である。

 悠太は魔導書も魔導符も持っていない。

 しかし彼女が今見せたように、マナが集められている状態でなら略令歌(コールの合図)で『治癒(ヒール)』を使うことができた。


 ……心当たりが全くないわけではない。悠太は自身の手の平に視線を落とした。

 あの時は、ステータス画面を出していた。


「やっぱり、その力が関係してそうかしら」


 確信はなかったので、自信なさげに(うなず)いた。


 ライチがレベルやステータスという概念(がいねん)を知らないことからも、何となくこの画面はこの世界でも異質である。

 自分がどこまで彼女らと同じで、どう違うのか確かめることは急務なのであろう。


 ――だからと言って、無茶振りは止めてほしい。


「さあ、それじゃユータもやってみて。集歌は唱えてあげるから」


「いやちょっと待って、だって俺、レベルが」


「知らないわそんなの、『治癒(ヒール)』使えたんだからこれくらい余裕でしょ」


 言うが早いが彼女はマナを集め始める。

 悠太はとりあえずステータス画面を浮かべ、宙に置き去りにする。

 ちらりと見た限り、やはりまだ『火ノ玉(ファイヤーボール)』の文字は黒ずんでいる。

 これで本当に唱えられるのか、その疑問はすぐに解消された。


 集歌を終えたライチが笑顔で(うなが)してくる。

 悠太はダメ元で目の前の光に呼びかけた。


「コール! 『火ノ玉(ファイヤーボール)』!」


 ……一つ、知っていたことがある。

 習得していない魔法は使えない。ゲームの基本である。

 一応、光が霧散する前に令歌も試す。


「こっちはどうだ! 山田悠太が命ず! あの木に球状になって飛んでけ!」


 無情にも光は全く反応を見せず、退屈そうに消えていった。


「令歌でも駄目なんて……レベルっていうのの影響? いや、さてはあなた、火の精霊(マナ)に全く愛されてないのね。きっとそうだわ」


 哀れむ言葉とは裏腹に、表情はさっきより明るい。

 同胞、もしくは自分より下の存在を見つけた時の余裕な表情である。

 少し腹立たしくはあるが、いずれ確かめなくてはいけないことが明らかになったのだから良しとする。


「でも少し不安ね。集歌さえ覚えれば『治癒(ヒール)』は使えるんでしょうけど、この調子じゃ次に魔物に襲われたら餌食(えじき)だわ」


「ストレート過ぎませんかねライチさん」


 感想がだだ漏れる彼女にそう言い、脅しに強がるべく肩を(すく)めた。


「それにあんな魔物がそうそう何度も……」


 襲ってきてたまるかと言いかけた(そば)から、ガサリと茂みが揺れ、その中から獣の影が競り上がった。


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