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5-16 プードル・デス・プードル・デス・マッチ

5-16~5-18の更新となります!


 九時街や七時街での激闘と同時刻、首都の北東、二時街でも曲者同士が対峙していました。

 来訪者は黄土色のローブ姿の女、待ち受けるは藍色のプードル顔、マーロン・ポーチです。


 二時街(にじまち)の火の手は他の街に増して激しかった。

 大きな要因は、敵方に鹿角(ニナ)がもたらした情報によりブラン・シルヴァの潜伏先として候補に挙げられ、キリグイが多く送り込まれたことによる。


 加えて料理人ギルドの本拠地であるが故、火を扱う場所が多い。

 居住区画であるが故、木造住居が多い。

 夕飯の支度時間に襲撃が始まったことも災いした。


 だから各所で悲鳴が上がる。


 まだうちの子が残ってるのよ!

 通してくれ婆さん息してねぇんだ!

 おうち、失くなっちゃったの……?


 悲鳴を怒号が掻き消して、怒号を火勢の轟音が掻き消して、轟音に時折剣の衝突音が混じり、全ての音の合間にキリグイの遠吠えが響いた。


 騒々しい街の中心地、まだ火の手の届いていない静かな宿屋がある。


 『星天(せいてん)芒亭(すすきてい)』。

 木造五階建ての宿屋と大衆食堂の集合施設。

 料理人ギルドマスターの店にして、襲撃者からすれば敵地の本丸にあたる。


 閉め切った入り口のスイングドアの前に仁王立ち、目つきの悪い眼光をギラつかせるのは、藍色の獣人であった。


 この世界の亜種族の一つ『プードル族』は、別世界では愛玩犬として名高いふわふわもこもこの毛並みに覆われた犬種の頭を持った獣人である。

 中でも藍色の(ちぢ)れ毛を持つ大柄な種は、戦闘に特化した身体と血塗れの歴史を持ち、『デスプードル族』と呼ばれる。


 デスプードルの戦士の中で特に秀でた者に授けられる『ヘイルストーム・デスプードルの称号』を持っていたマーロン・ポーチは、毛並み同様の藍色の作務衣(さむえ)にエプロンを付けた居酒屋風給仕服のまま、来訪者を睨む。

 彼の現在の称号は『ホールスタッフ・デスプードル』という。

 なお最近キッチンも少しだけ任されるようになった。


得物(えもの)はその大斧か?」


 食堂の下働きがそう問いかけた。

 鋭い視線の先、対峙するは、全身を黄土色のローブで包んだ黄龍四師団長が一人、馬蹄(バテイ)と呼ばれる女性であった。

 マーロンは体型と仕草、声色から彼女を女性と見通し、それが故に芽生えた疑問をぶつける。

 

「両刃までの幅が九十センチ(三尺)程、重量武器の部類だ。お主の華奢な筋肉では身に余るだろう。それではわんを捉えることすらできん」


 ローブ越しにもわかる細身で長身なボディラインでは、大振りかつゴテゴテに装飾されたその斧を振ることは不可能と思われた。

 それをわざわざ相手に聞くのには、不釣り合いの意味を探る意味がある。

 探られていると見て間違いないと、少なくとも馬蹄(バテイ)は判断した。


 店内へ通せという交渉はマッチアップされた時点で決裂している。

 話に付き合う必要はなかった。


「ああ、そうだな、ならばこれは――」


 大斧をガシャリと掲げたローブの女は、目算通りに身体をふらつかせながらそれを振り被った。

 そして静かに言い放つ。


「いらんのかも知れんな」


 すると彼女は、なんと大斧を遠心力任せに放り投げる――明後日の方向へ。

 開戦早々に武器を捨てる。

 意図を読みあぐねたマーロンの半立ち耳に、凛とした言葉が届く。


「――『戦輪旋風(せんりんせんぷう)』」


「魔導具……がっ!?」


 斧に注意を引かれたマーロンの顎下に衝撃が走った。

 目にも留まらぬ速度の掌底(しょうてい)が撃ち抜いたのだ。


「技、ではない……!?」


「技名を言ったからといって、その技が実在するとは限らん」


 ブラフを通じてスムーズに、戦闘スタイルを高速の肉弾戦に持ち込んだ馬蹄(バテイ)は、体勢を崩したマーロンに連撃を与えていく。

 仰け反った腹に前蹴り、蹴り足を振り抜いてそのまま回転する。

 後ろ回し蹴りが来ることを予期したマーロンが軌道を見切ろうと見開いた眼に、パス、と淡く黄色がかった白(アイボリー)毛の尻尾が当てられる。


 ――尾だと?


 目晦ましを振り払った瞬間には、喉元を蹴り抜く一撃が見事に決まる。

 呼吸が遮断され、脳が揺れ、視界がぐにゃと歪み、一歩二歩をぐらついた。

 視界が襲撃者に定まらずにふらふらと揺れる。


 自らの視覚に見切りをつけたマーロンは、戦況把握に用いる感覚を聴覚に切り替えた。

 プードル族の聴覚、嗅覚は共に人間の十倍ほどであり、どれかの感覚を封じられても継続して戦闘をすることができる。


 そして聴覚をメインに切り替えたことが功を奏する。

 マーロン自身の右横方向、激しい風音が迫ってきた。


 それが()()()()()()()()だと判断したマーロンは急いで地に伏せる。

 ブォンっと凄まじい音で脅威が上を通過した――それを見計らったように、眼前に蹴りが迫る。

 サッカーボールキック。

 脚力が最も威力を発揮する蹴りが顔面を襲い、宙を舞ったマーロンの巨体は、弧を描いて薄亭の壁板をへし折って叩きつけられた。


「がっ……!?」


 うなだれるマーロンは、徐々に感覚が戻ってきた視覚でもって、前方を睨みつける。

 敵の身体はしなやか、脳は聡明、拳は流麗……間違いない強者の正体が知りたかった。

 だから、蹴り飛ばされる瞬間に獣腕を振り上げ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 マーロンは剥ぎ取った覆面を捨て、不敵に笑う。


「――ふん、何者かと思えば」


 視線を上げた先、月下にアイボリーの巻き毛がそよいだ。

 黄土色のローブを羽織る敵の顔は、マーロン同様、面長なプードルの顔をしていた。

 プードル顔の襲撃者は、片腕を横に広げる。

 するとまたあの凄まじい風音がして、マーロンが回避した脅威の正体も明らかとなる。


「投げ、斧……やはり技を使っていたな」


 空色()粒子(マナ)と旋風を(まと)う大斧がブーメランのように彼女の手元に戻り、風を解除して再び握られる。


「頑丈だな、尻尾を巻いた臆病者、デスプードルのわりには」


「……なるほどプードル族か……貴様、スー・フェイだな?」


「さぁな」


「しらばっくれるな、覆面でわざわざ顔を隠すのは……」


「そうではないよ」


 拒絶するように言葉を挟み込んだ馬蹄(バテイ)は、再び大斧を振りかぶり、腰を落とした。


「今から死ぬ貴様と戯言を交わすほど暇じゃないんだ」


 冷たく言い放つのと同時、割けた獣口が流暢に魔導具に命じた。


「――『戦輪旋風(せんりんせんぷう)』」


 大斧に風を纏わせ、自由自在に飛来させる技。

 もはやブラフをかけることもせず、馬蹄(バテイ)は先程とは打って変わり体幹を崩すこともなく大斧をマーロンに投げつけた。

 対する藍色の毛並みは、両手両足の爪を立てた臨戦態勢。

 目をギラつかせ、血を沸き立たせる。


「ふん、ならば拳で語ろうか」


 ヒュンヒュンと回転する両刃に集まる風が浮力となり、速度を上げて飛来する。

 ブーメランと化したそれを止める(すべ)を持たないマーロンは、すれ違うようにそれの下を潜り抜けた。


 眼前には拳。

 顔にめり込む一撃と連携して、直後胸に重い膝蹴りが打ち付けられる。


「がうっ!?」


 肺が硬直し、再度息苦しさがマーロンの動きを鈍らせる。

 一方で歴戦の経験値を誇るデスプードルの脳は、冷静端的に彼女を分析していた。


 魔導具で動きを制限し、その先に体技を置く。

 まず狙ってくるのは動きを鈍らせる器官への攻撃。

 魔導具と小技で十分に体勢を崩した頃に、致命的な一撃を叩き込む。

 チェスのような順序立てた戦略には、彼女の内面が透けて見えた。


 膝蹴りの勢いのまま、馬蹄(バテイ)は身を回転する。

 派生技は後ろ蹴りではないことは見通した、間合いが近すぎる。

 今までの傾向から頭部の守りを固めるが、予想は外れ鳩尾(みぞおち)に肘の一撃が入った。


 胸、鳩尾と呼吸器のダメージが蓄積し、マーロンはだらりと()らした舌で酸素を求める。

 その中でも聴覚は休むことなく、もう一つの脅威を補足し続けていた。

 再び、斬撃が飛来する――斜め後ろからであった。


 マーロンは意図的に脱力し、前のめりに倒れる。

 店の一角をぶち破って飛来した大斧は何とかやり過ごしたものの、入れ違いに背中を強く踏みつけられる。


「がぁっ!」


 身体の中の空気が更に絞り出され、うつ伏せに足蹴にされる。

 今度は酸素欠乏でぼやつく視界で、精一杯に背中越しの姿を映す。

 馬蹄(バテイ)は、また腕を横に差し出し、ブーメランのように帰ってくる大斧を迎えようとしていた。

 酸素を求め開いていたマーロンの獣口が、歯を噛み締めて笑った。


「何っ」


 散々弱らせた背中が競り上がってくるのを感じ、馬蹄(バテイ)は身を翻して距離を取る。

 力を振り絞って立ち上がったマーロンの下に、風を纏った大斧が戻ってくる。

 その回転、および速度は、使い手を傷つけないように弱まっていた。


「がうっ!」


 獣人は身体のポテンシャルのまま、迫る大斧を殴りつけ叩き落した。

 石畳にガランと落ちたそれは、無念そうに空色の粒子を散らし、沈黙する。

 マーロンは顔を上げると同時に胸を膨らませ、新鮮な空気で気力を満たす。


「がぁ、はぁ――ふぅ、ふふ、ふはは」


 深呼吸から漏れ出たのは品があるとは言えない笑みであった。

 間合いを取りつつ、まるで息を乱していない襲撃者は怪訝(けげん)そうに首を傾げる。


「……何がおかしい」


「いや、なかなか滑稽な襲撃者がいたものだと思ったのでな」


「ほざけ」


 やはり会話をする気はない馬蹄(バテイ)が身を低く飛び出す。

 マーロンはおもむろに片脚を上げると、腰を落とすとともにそれを大地に打ち付けた。


 震脚(しんきゃく)――闘気か錯覚か、ともあれ馬蹄(バテイ)が一撃を繰り出そうと駆け出した大地が瞬間的にぐらついた気がして、攻撃のタイミングをずらされる。

 舌打ちをした襲撃者は低めた身のまま急旋回し、地に落ちた斧を拾うだけに留めてマーロンの間合いから離脱した。


 マーロンは間合いを取った相手に挑発気味な言葉を向ける。


「――半端者」


「何だと?」


 マーロンの動きが先までとは異なることを感じ取った馬蹄(バテイ)は、眉を潜めてタイミングを計る――初めて攻め手を止める。


「お主の拳のことだ。更に言うならば……拳に宿す信念が半端だと言っている」


 信念という言葉に、アイボリーの毛並みがわずかに逆立った。


「お主のしなやかで強靭な筋肉は日々狂気染みた鍛錬をせねば備わらない。

 戦法も同様だ、わんの目を(あざむ)(たたず)まい、急所を正確に打ち抜く技術、防御側の心理の裏を突く組み立ても、歴戦の戦士でなければ身に付けられはしない……それらが本気であれば、わんは更に追い詰められていた」


 口を(つぐ)んだ馬蹄(バテイ)に、マーロンは更なる持論を展開する。


「心技体。技と体を十分に活かせていないのなら、心に問題がある……貴様、()()()()()()()()()()()な?」


「……黙れ」


「かような薄っぺらい信念の拳ではわんは倒せん……わんはそれ以上の拳骨を毎日受けて……」


「黙れぇ!」


 三度(みたび)、戦斧を掲げる。


 ――『戦輪旋風(せんりんせんぷう)』!


 鋭く叫ばれた技名に構わず、マーロンは正面から突撃をかけた。

 一気に距離を詰め、獣爪を突き出すと、馬蹄(バテイ)は投げるモーションを取りやめて斧の両刃を盾として構え、爪撃をいなす。


「今の技名はハッタリだな? 二度も連続して使った直後、今そいつは充填時間(リチャージ)中だろう」


 魔導具の技は、魔法現象であるにも関わらず詠唱(集歌)を要しない。

 魔導具自体が常にマナを蓄えているからである。

 そして技の発動はその蓄えたマナを消費して行われ、再度発動させるまでに充填時間(リチャージ)が発生する。

 一般的に、大技であるほど充填時間(リチャージ)は長くなる。


「……くっ」


 彼女は読まれた戦術を即座に取りやめ、大斧を手放すと、両腕の掌底をマーロンの(あご)鳩尾(みぞおち)へと正確に繰り出した。

 マーロン・ポーチは受けて立つ。

 腹筋と首の筋肉をボコリと隆起させ、頭部を固定し、鳩尾を埋めた。

 その鋼と化した身体でもって腰を落とし、掌底を迎えうった。


 ドウッと正面から激突した結果、アイボリーの毛並みに覆われた腕の骨が軋んでひび割れる。


「ば、馬鹿な……!?」


 プードル族は、目前に立ちはだかる生物の殺気に全身のアイボリー毛が逆立つのを感じた。


 藍色の毛並みのデスプードル族。

 その戦いの歴史は敗北に次ぐ敗北である。


 傲慢な人間との戦いで敗れ、亜種族のプードル族として追いやられた。

 同じ亜種族のプードル族との戦いでも敗れ、デスプードル族として追いやられた。


 追いやられた先は、魔界より魔物が絶えず召喚される過酷な北東の果て。

 これ以上追いやられる場所はないので、戦いに明け暮れた。


 無様な負け犬、劣等種族……散々馬鹿にされてきた種族が、誰にも負けないと自負する点がある。

 それは種族の血に流れる戦闘の経験値だ。

 その血が身体をより屈強に、思考をより攻撃的に尖らせた。

 こと戦闘における個体のポテンシャル……それだけは全種族に勝るのがデスプードル族である。


 ――マーロンが筋力で満たした腕を振りかぶった。


「幕だ」


 繰り出すのは意趣返(いしゅがえ)し、渾身の掌底。

 馬蹄(バテイ)の聡明な脳は、この一撃が回避も防御も不能であることを悟った。

 『技』で受け流せる威力ではない、『体』で耐えられる威力ではない。


 (ゆえ)に彼女は、最強種族の渾身の一撃を『心』で受けることとなった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] マーロンって入隊祭でイトネンさんに絡んじゃった不幸があるものの、 多分ルーキー(?)の中では強者なんですよね。 元の強さに加えて、イトネンさんのシゴキで更にパワーアップしてる感じかな。 …
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