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1-5 赤い髪の少女 ライチ・カペル


 簡素な寝床の上、胡坐(あぐら)をかいて言葉を(つむ)いでいく。

 聞き手はこの世界で初めての会話相手となる少女であった。

 姿勢よく正座する赤毛の少女――ライチ・カペルは、終始真剣に聞いてくれた。


「――なるほどね」


 結局、悠太は包み隠さず経緯(けいい)を話した。


「ユータの話を要約すると……こことは別の世界でトラック? とやらに轢かれて、気付いたら森の中。ステータス画面? とやらでゴブリンを倒して、レベル? が上がって『治癒(ヒール)』を覚えたものの、唱え方がわからず死にかけていたと」


 首を盾にコクコクと振る。


 この理不尽な世界で無知を(さら)したのは大きな()けであった。

 その理由が出会ったばかりのライチが良い人そうだったからというあたり、自分は(だま)されやすい性分(しょうぶん)なんだろうなと密かに自嘲(じちょう)する。


「で、それで、そのステータス画面にヒールって魔法が書いてあって……」


 事細かに説明しようと、目前に手をかざし、ステータスオープンと念ずる。

 手の平が光り、その先十数センチ程に白く輝くステータス画面が顕現(けんげん)した。

 山田悠太Lv.3、HPゲージは満タン、状態異常はなし、攻撃力防御力云々と魔法云々。


「これなんですけど……」


 画面を悠太が指差すと、彼女の視線は指先を辿るように追って、眉をしかめた。


「これ、って言われても……どれ?」


 細い指が虚空を探っている。

 どうやら、ステータス画面は彼女にも見えていない。

 もしかしてゴブリンだけでなく、この世界の人間にも見えない代物なのであろうか。


 悠太が疑問を深めていると、(いぶか)()に虚空をまさぐる指が、コツンと画面に触れた。

 ライチは目を見開いて――次の瞬間、(まと)う雰囲気を鋭くした。


「……ごめん。ちょっと、いい?」


「へ?」


 ――何が? などと口にする前に、彼女は軽やかに壁際まで距離を取って、立て掛けてあった槍を手に取った。

 それは文字通りあっと言う間に突き出されていて、身じろぎ一つできなかった悠太の首筋に、鋭利な感覚が当てられた。


「あ、あの……ライチさん?」


 全く反応のできなかった悠太を、彼女は冷たい表情のまま睨みつけた。


 あれ。折角血生臭いゴブリンたちとの闘いが終わったと思ったのに。

 良い人そうだと思ったのに。

 やはり無防備にあれこれを明かし過ぎたのであろうか。

 頭を巡るのはそんな後悔ばかりで、何故かゴブリンの時ほど、生き残る為の策を考えられない。


 このまま首を()ねられたりしちゃうのであろうか。


 ――呆気に取られて数秒、首元の冷たい感触は降ろされた。

 ライチの鋭い雰囲気も解けて元に戻る。


「ありがと……参ったわね……まあ、いいわ。ユータ、あなたを信じてあげる」


「え、えっと?」


 頬がひくついて、まるで言葉が頭に入らない。


「……何よ不満そうにして、信じないほうがいいのかしら?」


「いやいやいや、そりゃ信じてくれる方が助かるんですけど……何で今、俺殺されかけたんです?」


 一応ハンズアップしておく。

 この人、結構物騒である。


「反応を見たのよ。ろくに知らない誰かの突拍子のない話を信じるなら、言葉以外にもそれ相応の根拠(こんきょ)が欲しいじゃない?」


「今のが、根拠?」


「ええ、その通り。トラックだのレベルだのステータスだの、挙句(あげく)別の世界だの、まるで意味がわからないあなたの話、それを信じる根拠」


 そう言うと彼女は槍を立てかけなおして、人差し指を口元に当てる。


「まず、その()()()()()をあっさり教えて触らせる迂闊(うかつ)さ」


 最初からぐさりと突き刺さる評価であった。


「次にあっさり首を取られる身体的な弱さ。首元の脅威(きょうい)に対する絶望的な反応の鈍さ。危機感のない顔つき、平和ボケした顔、間抜けな面構(つらがま)え」


「顔に関しちゃ全部同じ意味では……?」


「以上のことから、貴方が戦い慣れてないことはわかるわ」


「……その一言だけで良かったのでは?」


 わざわざ事細かにあげつらえなくても。

 これについては正論と認めてくれたらしく、ライチはコホンと咳払いすると、仕切り直して続けた。


「で、それがわかった上であなたの話を吟味(ぎんみ)すれば……まあまあ言動の整合性(せいごうせい)は取れてるわ。

 深手を負わされた話も、集歌も唱えずに『治癒(ヒール)』を使おうとしていたことも、この見えない板を使って何とかゴブリンを倒したって話も……そして、とりあえずこの力を人に向ける気はないことも、ね」


 言葉尻だけ、少し声色が低かった。


「ああ、そっか……すみません、危なかったですよね」


 無頓着(むとんちゃく)に画面を浮かべた自分を少し責めた。

 思えば、この画面は殺傷能力を持つのだから、ライチからすれば目の前で刃を抜かれたも同然のことであった。

 先程の槍は、敵意の有無を確認する意味合いが強かったのであろう。

 そう思い至って、悠太はハンズアップを続けたまま誤魔化すように笑った。


「ええと、でも、信じてくれたならありがとうです。最初に会えたのがライチさんで良かった」


 真っ直ぐ見詰めると、彼女は逃げるように視線を()らして、その後盛大に溜め息を吐いた。


「ま、私があなたを信じようと思った最後の理由がそのお人好しさ、無知っぷりだからね」


「あれ、もしかしてまたディスられる流れです?」


()くならマシな嘘ってのが山ほどある。でもあなたはそれをしなかった。そうしなかったのは、嘘を吐ける程の知識がなかったから。

 そして……私の早とちり、記憶喪失に話を合わせなかったのは、ある意味で誠意(せいい)とも取れるから」


 さっき言い過ぎたことを覚えていてくれたのか、ボロボロの評価は避けてくれた。

 そして最後に彼女が目を伏せて呟いた。


「……それに自分の正体を知らないのは、心細いだろうから……」


 やけに小さいその声だけは、悠太に向けられたものではなかった。


 ひとまず、悠太の事情は理解してもらえたようで、彼は一息を吐いた。

 疑われつつも(ののし)られつつも、最終的にはしっかり考えた上で信じると言ってもらえたことが素直に嬉しかった。


「――さて、でも本当に何も知らないんじゃ困ったわね。何から話したものかしら。とりあえず、まずこれは知りたいってことある?」


「全部です」


「あなた結構図々しいわね」


 全部知らないのだから仕方ない。


 一通り呆れた後、ライチは口元に手を当てて何やら思案(しあん)しているようであった。


 その横顔に、改めて見惚(みほ)れる。

 顔立ちにはまだ幼さが残っていて、歳は悠太とそう変わらないように見える。

 一方で引き締まった身体はモデル並みにスタイルが良い。


 程なくして「うん」と頷いた彼女は、槍の隣に置いてあった革袋を腰に下げる。


「オーケー、私が知ってることでいいなら教えてあげるわ、この世界のこと。でもごめんなさいね、ちょっと私も急ぐから、話は道中(どうちゅう)でもいいかしら」


 見惚(みと)れていた視線を急いで外す。

 彼女は返事も待たずに、てきぱきと身支度を進めていた。


「あ、はい、そっかそういえばさっき村が何とかって……」


 村、という言葉にぴくりと動きを止めた彼女は、すぐさま身支度を再開させ、ぶっきらぼうに返した。


「……ええ、まあね」


 ライチは槍を手に取り、刃先を強い眼差しで見詰めていた。

 最初に比べて端切(はぎ)れの悪くなった言葉に首を捻り、悠太は寝床から立ち上がった。

 しかし身支度と言っても、()身着(みき)のままで彷徨(さまよ)っていた彼に、自発的な用意はできない。

 少々()まらないが彼女に指示を(あお)いで、学ランを羽織り、木の実やらの入った袋を持たされ、くすんだ木製扉を潜った。


 ――外に出ると、雲の合間から差し込む日差しと眼下いっぱいに広がる森林と、山々の地平線が目に入った。


 やはり小屋は大木の上に建てられたツリーハウスであった。

 好転しそうな天気を連れて、爽やかな風は絶えず吹きつける。


「ええと、では、道中お願いします、ライチさん」


「面白いから放っておいたけど、さっきからぎこちないその丁寧語、()めていいわよ。名前呼ぶのもライチでいいわ」


「……ご配慮(はいりょ)、心より御礼(おんれい)申し上げます」


 槍の柄でゴツ、と小突かれる。

 正直、身構えたまま会話に入ってしまった為、口調を戻すタイミングに困っていたところであった。

 こうして砕けた雰囲気を作ってくれるのは嬉しかった。


 ライチは初めて口端を上げて笑みを作ると、細木で組まれた梯子(はしご)をするすると降りていく。

 悠太は頬を()でる風に非現実感を感じながら、恐る恐る梯子を下りていくのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ステータス画面で戦う!という、斬新な発想に興味がそそられました。 異世界ものですが、レベルが上がってもすぐ魔法が扱える訳でもなく、集歌を唱えて令歌を唱える事により初めて魔法が行使出来るなど…
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