5-13 mercenary B.B
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九時街でライチが天使として覚醒した一方、七時街でもキリグイとの戦いが勃発していました。
それらをすり抜けたスー・フェイの暗殺者たちは、待ち受けていたテザル三兄弟を始めとした傭兵たちと激突します。
カージョン地方の傭兵の歴史は古い。
カージョンが連合国の体制を取る以前、この地では大きく分けて十二の国が覇権争いに精を出していた。
そう古い話ではない――最後の国が白旗を上げて連合に加わったのはたった五年前のこと。
それから、長く続いてきた傭兵の歴史は大きく変わった。
戦争は相手なしにはできない。
表向きには統一された連合国から、徐々に傭兵の必要性は失われていった。
すると、働き口を失ったはみ出し者たちの未来は段々とばらけていった。
田舎の農具を持つ者、正規の逢王兵となる者、山賊に堕ちる者――尚も傭兵として生きる者。
それぞれがバラバラに歩み出す。
それぞれの未来に進んだ後も、彼らの本質は変わらない。
◇◇◇◇◇
時計盤を模した首都の南南西――七時街は畜産業を担う区画だ。
曇天の下、松明を灯すのは板屋根の畜舎である。
牧歌的な風景を荒さんとするキリグイに相対するは、十一時街から雇われた傭兵ギルドの一大兵団であった。
襲撃の前情報をギルドマスター同士が共有できたことが大きかった。
七時街のギルドマスターである軍服の女性が「サンクジ側の襲撃は苛烈なものとなる」と予想し、十一時街のギルドマスターである般若面の男が「ならば傭兵を雇うと良い」と提案したなら、後は報酬の話のみであった。
そして実戦。
武器の扱いに長け、魔物との戦闘経験も豊富な傭兵たちの護衛、防衛能力は高い。
十数人ごとに連携を取り、氷の大狼キリグイに挑む。
戦闘のプロである彼らはキリグイを仕留める術が自分たちにないと悟ると、時間稼ぎに徹することを選んだ。
この度の契約は必ずしもキリグイを討ち取らねばならないわけではない。
被害が抑えられるほどに、報酬金は高くなる。
――それはさておき、傭兵たちとキリグイの戦闘の隙間を縫い、街の中心部へと駆け抜ける者たちがいた。
白いローブの暗殺者たちは、『逢王宮』の目前、道が舗装されはじめた街角で待ち受けていた男たちと刃を交える。
相手はこれまた傭兵ギルド。
この場は傭兵対暗殺者、息の詰まる白兵戦とあいまった。
牧歌的な風景を抜けた夜街の光源は、襲撃の火災と街灯の炎である。
闇夜に交わされるいくつもの刃が灯りを反射し、紅く閃いては火花を散らし、赤黒い血飛沫をあげる。
キン、ギン、カン、ドッ、ザシュッ、ズバッと残虐ながらも小気味のいい音が鳴り響く中、やけに間延びした息の上がる音が混じった。
「ぶふぁ、ぶぁ~っ……!」
鋼の甲冑に大盾とメイスを持つ傭兵。
キカザ・テザルは肥満体の身体を精一杯に反応させて、閃く白刃に自慢の盾を向ける。
「ぶふぁ、ふぅぅ!」
鈍く響いた衝撃に、脂ぎった髪と顔に浮かんだ脂汗が散り、たるんだ頬肉がぶるると震えた。
もう何度目か――ひとまず今しがたの刃も防ぐことができた。
大盾の守備範囲は広く、剣閃を目で追えなくとも盾さえ向ければひとまず攻撃を防ぐことができる。
しかし代償として、防いだ先の細やかな動きが盾を持つ者から見えないことが欠点であった。
暗殺者の白ローブがはためき、大盾を飛び越える跳躍をする。
――頭上は死角。
暗殺者の読み通り、鈍重なイワザの頭上はがら空きであった。
兜割りにしてやろうとショートソードを振りかぶった暗殺者の脇腹を、ロングソードの剣先が駆け抜ける。
臓物をぶちまけながら落下した暗殺者を、剣士の猛禽類のような眼が一瞥した。
「……キカザ、大丈夫か」
口元をスカーフで覆い、身の丈程のロングソードを構える剣士はキカザの兄でイワザ・テザルという。
「ぶ、ふ、イワザ兄……助かったよ」
安堵する間もないまま、キカザの背後に別の白ローブが渦巻いた。
腰を深く沈みこませた暗殺者は、短剣で甲冑の脇下を狙う。
全身を覆う甲冑相手は、可動域の隙間を狙うことがセオリーであった。
「しまっ――」
肩越しの絶望に成す術もない声。
しかし、またも死は訪れない。
暗殺者の顔面に、トの字の特殊な形状をした打撃武器――トンファーの鉄芯がめり込んだ。
小柄ながらも体重と勢いを一点に集めた強力な一撃を放ったオレンジ髪の少年が、不敵に笑う。
「ナイスですキカザ兄、こいつらタイマンだとなかなか隙見せないんで、助かります」
鉄芯の持ち手をヒュンヒュンと回す少年は、血縁のない弟で、ミザリー・テザルという。
三人は『テザル三兄弟』の通り名でそこそこ名の売れた傭兵兄弟であった。
◇◇◇◇◇
テザル三兄弟の生まれは、奇しくも相手にしている暗殺者たちと同じ東の大国、『スー・フェイ王国』である。
王国が広大な国土を維持するコツは、数だけ多い下民を力で抑えつけることであった。
意図的に放置され貧困するスラム街は数知れず存在し、三兄弟ともその無法地帯で産声を上げた。
イワザとキカザの兄弟は『テザル傭兵団』の一員として生を受けた。
ならず者の集団であったそこに、家族としての暖かさはなかった。
――口は禍の元。
父親に似て眼つきの悪かったイワザは、たったそれだけの理由で暴行を受ける毎日を送っていた。
何か言葉を吐けば、その猛禽類のような目のせいで、何故か口答えとみなされ拳と蹴りが飛んでくる。
だから次第に言葉数が少なくなり、静かな青年に成長していった。
――聞かぬが仏。
イワザとは別の父親に似て容姿が悪かったキカザは、たったそれだけの理由であらぬ噂を流される毎日を送っていた。
歩くだけで盗みの犯人や変質者に仕立て上げられ、激しい罵声を浴びせかけられる。
だから次第に耳を塞ぐようになり、他人と距離を置く人間になった。
それでも二人は傭兵団で生きていく。
生きる場所が他になかったこともあるが、最愛の母だけは守り抜くと決めていた。
母は数ある拠点の給仕係の一人であり、立場が強い側の人間ではない。
暴力から庇ってもくれないし、暴言に反論もしてくれない。
それでも、傷ついた二人に駆け寄り、抱き締めて「ごめんね」と言ってくれた。
だから二人は、必死に鍛え、必死に生き残った。
――やがて、暴力と暴言は止んだ。
理由は単純明快だ。
兄弟が暴力と暴言の主たちより強く育ったからである。
これからは母にも楽をさせてやれる。
そう希望を抱いた傍から、母は役目を終えたと言わんばかりに病で亡くなった。
生きがいをなくした兄弟は、死に場所を探すように戦地に身を投じた。
そして巡り合ったのが、オレンジのはねっ毛頭の少年である。
降り注ぐ暴力と暴言に怯え、それらを掻い潜ろうと必死に観察する眼は、いつかの兄、または弟と同じであった。
いつかの母のように、兄弟はその少年を抱きしめた。
その時に兄弟は、自分たちの役目が切り替わったのだと自覚した。
惨めと呼ばれていた少年を末弟に加え、三兄弟は戦場で獅子奮迅の働きを見せた。
そしてテザルの三兄弟と呼ばれるほどに名が売れた頃――彼らはカージョン地方最後の戦争と呼ばれる反乱に雇われた。
傭兵団がヒューバスティアという国の陣営についたのは、風の天使の力を掲げていたからである。
風の力は傭兵団長の予想通り、ヒューバスティアの強大な後ろ盾となった。
そうして勢いづくテザル傭兵団の行く末は……たった一人の男による壊滅であった。
その男は頭に頭巾、細身に忍装束、顔に般若面を被った珍妙な傭兵であった。
「――やれやれ、白旗をあげよと言うたのに、なかなか熱い豪傑でござった」
片手にはテザル傭兵団長の刀、もう片手にはテザル傭兵団長の首を持っていた。
「敵として相まみえた故、主らの選択肢を絞らせていただこう」
男はまるで能天気な声色で、戦場にピースサインを作った。
「二択でござる。今は捕虜となり拙者の傭兵団に入るか、この男の傭兵団として忠義に準ずるか。悔いなき方を選ばれよ」
大半は損得で動く傭兵の集まり、後者に準じた人間は腹心の数人だけであった。
「意気やよし、あの世には『最強に挑んだ男』の称号を持って行くと良いでござる」
男は彼らにきっちりをケジメを付けて、残った者たちを自らの傭兵団に招き入れた。
「……お主らは? どうする?」
男は三兄弟の佇まいを見て戦士の才能を見抜くと、一応尋ねてみた。
三兄弟は顔を見合わせ、答えを揃えた。
前者にしろ後者にしろ――兄弟が離れ離れになる選択肢だけはなかった。
◇◇◇◇◇
――だから、戦場でも常に共にいる。
例え相手が強敵であり、誰かが力不足であったとしても、兄弟は死ぬまで同じ場所にいると誓いを立てた。
甲冑の膝が地面についた。
「ぶふ、ふぅ……ふぅ……」
決して凡百の傭兵に劣るわけではないキカザだが、天賦の才は残酷にも、兄弟の中で彼にだけ微笑まなかった。
兄と弟との才能差を補うための重装備は、キカザのスタミナを大きく削っていた。
動きを止めた甲冑姿に、暗殺者たちは狙いを定めた。
それらを兄が肩に傷を負いながら斬り伏せ、弟が小さな身体を弾ませて砕いた。
足手纏いになって堪るかとがむしゃらに振ったメイスは、誰に当たることなく石畳に弾かれた。
するりとメイスを避けた暗殺者が、両腕に装着した鉄爪で大盾の上淵を引っかけ、剥ぎ取るように引き倒す。
盾がガランと石畳に転がるのと合わせて振り払ったメイスのヘッドは、見極められ、紙一重で暗殺者の鼻先を通過する。
フードの影に時折見える表情は無為のまま、白ローブで軌道を隠した鉄爪はキカザの喉元へと突き出された。
「……させん」
正面にロングソードを縦に構えたイワザが立ちはだかり、鉄爪を刃で受け火花を散らす。
次いで暗殺者の側頭部にトンファーが打ち込まれると、その身体は白目を剥いて動きを止めた。
多少息を乱しながらも、才能ある弟はまだトンファーを回して手遊びする余裕があった。
「お疲れ様です。あらかた片付きました、かね」
言葉の通り、周囲を見渡せば動かなくなった白い集団は地に伏しており、傭兵たちは互いに駆け寄り救護と搬送に行動を切り替えていた。
「……合流」
兄はロングソードを背負うと、今もキリグイと戦い続けているだろう同志たちのいる方角に鋭い眼を向けた。
息も絶え絶えのイワザはメイスを置き、膝をついて体力回復に努めた。
「でゅ……二人とも、先に行ってて。僕もすぐ、行く」
痙攣する手で甲冑の留め紐をグイと引き、中にこもった熱を少しでも逃がす。
とんでもなく醜態を晒しても、欠片も役に立たなくても、足手纏いににしかならなくても、途中離脱などする気はさらさらない、必ず合流する気であった。
――死ぬまで同じ場所にいると誓いを立てたのだから。
決意を改めたキカザの額に、標的は絞られた。
反応して踏み込んだイワザのロングソード、ミザリーのトンファーが金属音と火花を散らして、狙撃された矢を弾く。
鉄の矢がヒュンヒュンと回転して、闇に光の輪を作る。
「ほう」
老獪な声は闇夜、民家の屋根から響いた。
すかさずミザリーが宙の矢をキャッチし投げ返す。
しかし、屋根の上には曇天が広がるだけで射手は見当たらない。
互いに背中を預け警戒する三兄弟の周囲、「ふぇふぇふぇ」と不気味な笑い声が木霊した。





