表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/166

5-6 match up card!!


 遠く、狼の遠吠えが聞こえる。

 

 厚手の雲によって夕日が遮られているにも関わらず、首都(カージョナ)の各地は茜に染まっていた。

 火の手の上がった街角には悲鳴と怒号が飛び交い、藍色(あいいろ)(だいだい)のコントラストが広がっていく。


 時計盤のように円形に配置された首都の中心地――逢王宮(ほうおうきゅう)には、歯噛みしながら各地に上がる白煙を睨む男がいた。


 謁見間である円形のホールを囲む十二の玉座は空席だ。

 いずれの王も避難の段取りを済ませ、身を潜めている。

 この殺風景な謁見間にいる人物はただ一人――司祭服に白髪のマッシュルームカット、性根の曲がったような目つきをした王の代弁者、ヘスマガル・ショーネカーブのみである。


「伝令申し上げます!」


 そこに駆け込んできたのは兵装の青年であった。

 鉄兜にチェインメイル、所属は肩に縫い付けられた獅子紋で判別された。


逢王兵(レガオン隊)か、報告せよ」


「はっ、現時点で報告が入りましたのは、じ、十二区画の内……」


 この日、首都は前触れもない未曾有(みぞう)の脅威に晒されていた。

 兵装の青年が語ったのは、可能な限り集めたツギハギの現状報告である。


 ――まず五時街(ごじまち)及び六時街(ろくじまち)

 六時街大通りにてキリグイの出現を確認。

 大工ギルドマスター、ハンサ・ガウディオ並びに商人ギルドマスター、スィッタ・メトイコスがこれを撃破。

 新たに南部で出現したキリグイに対応中。

 住民は逢王兵(エリス隊)及びギルド傭兵により避難誘導中。


 ――次に三時街(さんじまち)及び四時街(よじまち)

 現在キリグイの出現情報は無し。

 武器職人ギルドマスター、サラーサ・ヴェルナー及び防具職人ギルドマスター、アルバ・ヴェルナー主導により一般住民を二時街に避難誘導、同時に装備の供給を開始。

 

 ――続けて一時街(いちじまち)

 北端に出現したキリグイが西方向の零時街に移動中。

 冒険者ギルドマスター、ワヒドマ一世が遠征中であるため、サブギルドマスター以下により零時街侵入阻止のため交戦中。


 ――最後に零時街(れいじまち)

 現在キリグイの出現情報は無し。

 医療士ギルドマスター、イズナ・ヘシェルの下には既に多数の負傷者が搬送され、避難等の移動は困難。


「……い、以上。残る区画の情報は各隊到着後速やかに報告を」


 まるで戦時下、本陣強襲されたような内容には、報告した兵士本人が未だに信じられないといった様子であった。

 浮足立つことを許されないヘスマガルは努めて冷静に、脳裏の焦りを気取られないように淡々と確認を続ける。


天使(ジナス)は」


「補足しております……夕刻、ご指示通りに旧神殿に向けて出立したのを確認しており、護衛には逢王兵(キャス隊)に魔導具ギルドマスター、アシャラ老をつけております」


「そうか……そうか」


 安心などは欠片ほども出来ないが、急襲直後の把握としては上出来であった。

 ヘスマガルは拳を口元に当てて直立不動、脳を打算に没頭させた。

 緊急時の現地指揮は将軍に一任しているため、兵の動きに関して申すことはない。


 考えるべきはカージョン連合国の()()()()()()が、この有事に何を成したかである。

 魔物の鎮圧は決定事項であり、その後の民の求心力を回復、維持させるパフォーマンスが要された。


 ヘスマガルは目の前の虚空(こくう)だけを見つめ、(まばた)きもせずに指令を出す。


逢王尚書(ほうおうしょうしょ)としての助言は……九時、零時、六時に向かう兵には親衛の勲章を身に着けさせよ。最優先だ。

 集まったのは概ね東側(レイロク)の情報か。七時から十一時街(シチトーイチ)のキリグイ出現頻度の把握を次点で優先。特に八時は急げ、サマーニャ・ヒューバートの動向をギルドに報告させろ。

 レガオン将軍の采配であればあえて言及する必要もないと思うが、各ギルドには連携指示を飛ばせ、書面だ、簡易的なもので構わん」


 要人及び民衆感情が集まる地域には王の手を差し伸べる。

 連携指示はあくまで逢王兵側から行い、形を残す。

 現場の兵がそれどころではないことは百も承知だが、緊急時ほど形式を重んじる必要があることをヘスマガルは知っていた。


 書簡に走り書きを施した伝令兵も、(まつりごと)の判断などその程度とわかった上で、最も気にすべき区画への指示を仰ぐ。


「に、二時街(にじまち)如何(いかが)いたしましょうか。居住区画ですが……」


逢王兵(トーラス隊)は元より勲章を持っている。それにあそこはイトネン・カーレムスの管轄だ心配いらん。増援の判断は将軍に一任すると伝えよ」


 それだけ伝えて伝令兵を下がらせると、ヘスマガルは大窓に近寄り、白煙を眺めながら次なる打算に頭を悩ませる。



◇◇◇◇◇



 ――報せが来ないには来ないなりの理由がある。

 例えば、想定より敵が多く出現した上、更にまったく意図していない勢力と出くわした場合。


 霧喰事件(きりぐいじけん)の舞台であった七時街(しちじまち)には、多くの傭兵ギルド所属の男たちが配備されていた。

 現在不在のギルドマスター(サーバ)から、いち早く兵を集めるように依頼があったのだ。

 情報共有は急場にしては上出来で、一、二体召喚されたキリグイも、十数人単位の人員で持ちこたえることができていた。


 しかし、その騒ぎに乗じて闇を駆ける白ローブの集団には事前の情報がなく、首都の中心へと向かう彼らに気づいたのは、数人の手練れたちだけであった。


 とある白ローブの暗殺者が、今しばらくで逢王宮といった中心地に踏み込んだところで足を止めた。


「……子供?」


 彼の視界には、巨大な逢王宮を背景に、石畳の街角に(たたず)む少年が映っていた。


 ――その子供は、オレンジのはねっ毛にダボダボの上着、膝丈の半ズボン姿であった。

 童顔にかけた大き目のサングラスを外し、胸元に吊り下げると、不敵な笑みの口は子供らしからぬ落ち着いた口調で、子供らしい無邪気な言葉を吐いた。


「やっほーようこそカージョナへ。お兄さんそんなに急いでどこに行くんです?」


 暗殺者はその子供と対峙し、後続の仲間に手でサインを送る。

 同時に、子供は声のトーンを挑発的に下げた。


「……いや、()()()()()()って言った方がいいかな?」


 後続に送ったサインは、戦闘準備の合図。

 街角の至る物陰から、男と同じ白装束を身にまとった男たちが現れる。

 少年は彼らの殺気に怯むことなく、どこか満足気に笑みを浮かべた。


「折角はるばる来てもらったことですし? この先の逢王宮行く前に、()()()()()()()()と遊んでいきましょうよ」


 サインを送っていたのは暗殺者だけではなかった。

 少年が丈の余った両腕を広げると、こちらも至る物陰から、手にそれぞれの得物を持った傭兵が現れた。


 七時街北部……ミザリー・テザル少年を含む傭兵ギルドと、白いローブの集団が対峙する。



◇◇◇◇◇



 ――報せが来ないには来ないなりの理由がある。

 例えば、伝令を任された獣人の前に、まったく意図していない訪問者が現れた場合。


 二時街、四階建ての宿屋兼食堂の『星天(せいてん)薄亭(すすきてい)』は灯りを落とし、店を閉めていた。

 いつもひっきりなしに訪れている食堂の客も宿屋の宿泊客も(から)っぽにしたただの入れ物の前――藍色の毛に覆われた剛腕で腕組みをする獣人がいた。


 その顔はモコモコで愛らしいプードルの毛に覆われているが、双眸(そうぼう)は狼の如く鋭く獰猛である。

 無言で藍色の夕闇を射貫くマーロン・ポーチの視線に、呼応するように踏み出す足があった。


 単身、店先に現れた人物は黄土色のローブで頭から足先まで隠していた。

 性別も年齢も、種族にも確信は持てないが、歩む動作からわずかに(うかが)えるしなやかなボディラインから女性だと推測できる。

 覆面の下から、くぐもった声がマーロンに届く。


「……通せ、ここにブラン・シルヴァがいるだろう」


 デスプードル族の聴覚は人間の実に十倍、ハスキーな声ではあるものの声の主が女性であるとマーロンは確信した。


「留守だ。日を改めろ。わんは今、(ふみ)をしたためるのに忙しい」


「伝達の邪魔はせん。中を探すことに不都合はないだろう」


「不都合はある」


 言い切るマーロンに、覆面の奥の眼光が鋭くなる。


「……やはりここに」


 そして核心を遮るように、デスプードルの男は声を若干震わせた。


「否、わんは主に今日は店に何人たりとも入れるなとの命を受けている。それを破ったらわんは……わんは晩飯抜きの上で厨房掃除及び皿洗いを一月単身でやらねばならぬのだ。あと拳骨も受ける。それはどうしても避けたい」


 大真面目な声色で語られる子供じみた理由に、覆面の女は一時的に詰問(きつもん)を止め、言葉の裏を探った。

 なお、いくら考えても言葉面以上の意味は見込めなかったため、とりあえずは声色に合わせてシリアスに返してやることにした。


「ならせめてもの温情に、動けない身体にしてやろう」


 訪問者は間髪入れずにローブの(すそ)を跳ね上げて、大斧を闇にギラつかせた。


 二時街料理人ギルド本部前……マーロン・ポーチが馬蹄(バテイ)と呼ばれる暗殺者に立ち塞がる。



◇◇◇◇◇



 ――報せが来ないには来ないなりの理由がある。

 例えば、自由奔放すぎるギルドマスターが、迷子と出会ってしまった場合。


 時計盤の首都の中央からやや八時街(はちじまち)寄り、逢王宮を見上げられる内地の街角。

 青いナイトキャップとパジャマ姿、枕のように抱えた大きな魔導書。

 ひたすら眠そうな格好の少女は、格好と対照的なその大きな瞳いっぱいに星を詰め込んで、逢王宮を見上げて佇む男に声をかけた。


「兄ちゃん、迷子にゃ?」


 声をかけられた男は六時街でティカら一行とすれ違った黄土色のローブの青年、龍顔(リューガン)であった。

 青年は元より不機嫌そうな声のトーンを更に落とし、威嚇する視線で振り向いた。


「……あ? 違ぇよ、何だこのガキ」


 大の大人でも身の危険を感じて身構えてしまう粗野な声にも、幼女の無邪気が崩れる様子はない。


「ガキじゃないにゃ! ミーはサマーニャなのにゃ!

 今この街はすっごい危ないのにゃ! 迷わず避難所へGO! ってことになってるのにゃ! 兄ちゃんも早く行くにゃ!」


「うぜぇな消えろ」


 青年に弱者を甚振(いたぶ)る趣味はない。

 求めているのは自身の(かて)となる強者との闘争であった。

 しっしと手を振り、おかしな幼女をあしらおうとするが、そのローブの端はヒシと小さな手に()ままれる。


「なに格好つけてるのにゃ! 兄ちゃんやっぱ迷子にゃ!

 迷子なの恥ずかしいから『違ぇよ』とか『うぜぇよ』とか誤魔化すのにゃ!

 正直に言えないほうが本当はずっと恥ずかしいのにゃ! きくはいっときのはじ、きかぬはいっしょうの……」


「だから違ぇっつってんだろ!」


 いい加減我慢ならなくなってローブを振り払い、青年は幼女と対峙する。

 荒々しく振り解いたにも関わらず、怯えた表情も驚きの表情も見せない。

 幼女は龍顔(リューガン)の人生からしておおよそ考えられないタイプであった。


「迷子じゃないと言うなら避難してみろにゃ! さぁ尻尾巻いて逃げ出してみるのにゃ!」


 どうも言う通りにしない限り、幼女は付きまとって来るらしいと理解して、青年はアプローチを変える。

 押して駄目なら引いてみよ、幼女の言い分を全面的に呑み、従う振りをする。


「……ちっ、わかった。避難してやるよ。だが俺が逃げるのは、この辺の雑魚の避難が終わってからだ。だからまずガキ、雑魚のお前が逃げろ、いいな?」


 そうすれば満足してどこぞに消えると踏んだが、それは甘かった。


「ふ、お心遣いありがとうにゃ」


 上から目線の態度に普通にイラっとする。

 しかし、ここが我慢時と(こら)えていた青年の耳に、驚くべき一言が届く。


「でもミーは避難できないにゃ、最後まで()()()()()()()()()()、ここに残るのにゃ」


 聞き違うほど青年の耳は悪くないし、聞き違うほど幼女の声は聞き取りづらくなかった。


「……ギルドマスターだ? てめぇが?」


「そうにゃ」


 この年齢、この思慮(しりょ)の浅さでギルドマスター。

 下調べの段階でこの国におけるギルドマスターの概要は掴んでいる。

 とても普通の子供に務まる立ち位置ではない。


 もしそうした待遇に置かれる理由があるとすれば――


「てめぇ――この国の天使(ジナス)だな?」


「そうにゃ!」


 青年の口元が半月に弧を描いた。

 青年に弱者を甚振る趣味はない。

 求めているのは自身の糧となる強者との闘争であった。


「そりゃ都合がいい」


 八時街側、逢王宮周辺――サマーニャ・ヒューバートが迷子と思われる青年、龍顔(リューガン)と接触した。



◇◇◇◇◇



 ――報せが来ないには来ないなりの理由がある。

 例えば、想定を大きく超えた襲撃に手が回っていない場合。


 九時街、富裕層と魔導学院生の暮らす落ち着いた区画は、一段と大きな被害を負っていた。

 身なりの良い紳士淑女が逃げまどい、臙脂(えんじ)色の学生(ブレザー)服の少年少女は恐怖に震えた。

 生垣や屋敷の至る所に氷片が突き刺さり、燃え盛る街路樹が道を塞ぐ様は、住民を恐怖の底へと誘う。


 風の魔法『エコーボイス』、声量を増大させるその魔法で、曇り夜空にギルドマスター、ティスア・メイジャルの指示が響き渡る。


「ギルドマスターティスア・メイジャルより緊急連絡なのねん! 九時街の者よよく聞くこと!

 現在、我らが街は複数体の氷の魔物に襲われているのねん!

 魔導学院生を含む住民は魔導師ギルド及び逢王兵に従い直ちに避難行動を取ることねん!

 決して魔物に立ち向かうことのないように! 脅威は必ず儂が取り除くのねん! 今は身を守ることを第一とすることを徹底するのねん!」


 普段のねっとりとした口調は激しく、反響する声は乱雑に打ち切られる。


 赤毛の少女は思った――どうやら今の放送は乱れた呼吸を落ち着かせる朗報ではなかった。


 街角、ライチ・カペルは魔導学院の学友、ポニーテールのリズリー・バートリーと丸眼鏡のニナ・マルムと共に避難中であった。

 避難の一団は九時街で暮らす他の住民も含んだ十名ほどであり、先導してくれていたのは魔導師ギルドの講師と逢王兵であった。


 その先導者二人は、突如空中に具現化した氷の針に貫かれ、赤く地に伏した。

 避難民から悲鳴が上がる中、ライチたちが見上げる先では、白毛の大狼――キリグイが残る獲物たちを値踏みするように見下ろしていた。


 ぐったりした先導者を他の住民たちに預けながら、リズリーはライチに声をかける。


「ライっち……ここは」


 今しがたの放送は、学院生は避難に徹するように強く念押ししていた。

 ただし、指示に徹することができるかどうかは現状が痛いほどに教えてくれている。


「立ち向かわないで避難……ってのは無茶よね、戦えるのは私たちだけだもの」


 赤毛の少女はそう言うと率先して氷の狼の前に踏み出す。


「それでこそうちの大将だぜ」


 ポニーテールの少女は青銅の装飾が施された魔導書を広げた。


「誰が大将よ……さて来るわよ、ニナも気を付けて」


「う、うん……ら、ライちゃん、この魔物……他にも、一体だけじゃなさそう、だよね?」


 丸眼鏡の少女は花柄装丁の魔導書を抱え、声を震わせながらも二人に並んだ。


「ええ、煙の本数を見るに……街のあちこちに出てる」


「ブ、ブランさん、大丈夫かな? どこいるんだろ……?」


「わからない。でも探すためには――まずこいつを倒さなきゃ!」


 九時街――ライチ・カペルを始めとした魔導学院生三名は、氷の魔物から住民たちを守ることを()いられる。


お読みいただきありがとうございました!

章開幕のキリグイ戦の決着、そして今後の対戦カードのお披露目というお話でした。

悠太含め前章で頑張った勢の出番はもう少し後となりますので、お待ちいただけますと幸いでございます!



用語設定

『レイロク側、ロクレイ側等』

 時計盤を模して区画を分けているカージョナならではの方角表現。

 レイロクは零時街~六時街という意味となり、街の東半分を表す。

 三時街~五時街を範囲に絞りたい時はサンゴ側、のように指定しやすいため、首都内では単純な方角表現よりも多く用いられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 同時進行のマッチアップ。 見どころ満載だけど。 情報量が多くて、感想が追いつかない~(笑) [気になる点] ミザル・キカザル・イワザルww 、は大丈夫かな。 マーロン。 単体でも結構強い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ