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幕間 Break time③ ~ディマリオ運営員とバテイ女史の場合~


 薄雲(うすぐも)を白く照らしていた太陽は傾きかけ、(ともな)って湿り始めた空気が暗雲を呼び出した。

 曇天の雲間が埋まったもの(がな)しい午後、『黄龍四師団(おうりゅうよんしだん)』は行動を開始した。


 ボサボサの髪を後頭部で(くく)った青年は単身、まっすぐ街道を首都へ向かう。

 新人暗殺者(マギとスプリ)二人は、小柄なれど矍鑠(かくしゃく)とした老兵の率いる白ローブたちと散り散りに草原へと消えていく。


 そんな彼らを見送った後、ぬかるんだ地面によく磨かれた革靴が歩を進めた。

 ブロンドの髪はモデルのように小さな頭に丁寧に撫でつけられ、服装は他のローブ集団とは異なる黒の燕尾服(タキシード)

 紳士風の優男――ディマリオは、森の出口で()()()()()人影へとにこやかに話しかけた。


「おや、そんな所で止まっていてよろしいんですか? そろそろ作戦開始のお時間ですよ、我々も参りましょう――バテイさん?」


 笑顔を向けられた馬蹄(バテイ)は、黄土色のローブですっぽりグルグル巻きにした覆面の下からくぐもった声で答える。


「私は、クシナを待ち合流してから向かう」


「クシナ」


 名前に心当たりがないことを表したすっ呆けた復唱。

 バテイがその覆面の奥から殺気を放ち出し、それに釣られるかのように茂みから彼女の部下の白ローブたちが姿を現した。

 彼女らのローブから覗く肌は浅黒く、それを見たディマリオは「そういえば」と拳を打った。


「ディマリオ、貴様が言ったことだ。クシナには別任務を授け、現地で合流すると」


 王宮で四師団とディマリオが顔合わせをした日以降、馬蹄(バテイ)の副官を務めた女性の消息は途絶えている。

 心当たりを尋ねられた優男の回答は「少し別任務に出てもらっておりまして、ええ、ジュリエナ(陛下の代弁者)の許可は頂きました」だけであった。

 そして数日が経過した今現在、男の頭からはすっかりクシナという女性は忘れ去られていた。


「ああ、()()ね……」


 思い出した男は取り(つくろ)うのを止めた。

 クシナという女性は、確かあの夜、弄べるだけ弄んで()()()()()()()

 反抗的な眼差しが懇願に蕩ける過程は楽しめたし、最終的には契約の供物となったのだからこれ以上ない有意義な使い方ができたと言えよう。


「……貴女が感づいている通りですよ。待っても来ません」


 にべもなく放たれた自白に、白ローブたちの殺気が跳ねあがった。

 それぞれに武器を抜き跳びかからんとする彼女らの前に片腕を広げたのは――黄土色のローブであった。


「……そうか」


 それだけ言って馬蹄(バテイ)は部下に「(こら)えろ」と命じ、下がらせる。

 ディマリオは意外そうに片眼鏡の奥を丸めた。


「おや存外冷静ですね?」


「大方、仕掛けたのはクシナからだったのだろう?

 ならば協力すべしとの王命に背いた彼女にも非はある。今、私がすべきは王命に応えることだ」


 それから彼女は覆面の奥の眼光を、優男の背後に茂みへと向けた。

 暗闇の奥からは、楕円形の瞳孔と、獰猛な獣の息が向けられていた。


「……マギの報告が確かであれば、首都攻略には貴様の……いや、貴様の()()の力が必要であることは明白。ここで刃を交える気はない」


「それは命拾いしました。貴女は……良い感じに獣ですから」


 舌なめずりをするディマリオから興味なさげに視線を外すと、馬蹄(バテイ)(ひるがえ)した肩越しに言葉を残した。


「だが一つだけ……そう一つだけ獣らしく吠えるため、ここで待っていた」


 そして、彼女の落ち着いた声色に、押し殺した激しい獣の息遣いが混じる。


「全てが終わった後は……骨も残らないと思え」


 啖呵を切ったその覆面の奥には、茂みの奥同様に楕円形の瞳孔……獣の眼があった。

 その言葉だけ残して、馬蹄(バテイ)は少人数の部下たちと東回りに去っていく。


「……おっかないですねぇ」


 森に取り残された人間は優男のみ。


「さて、伝説の黄龍――麒麟(きりん)の身体を(かん)する四人の(つわもの)馬蹄(バテイ)牛尾(ギュウビ)龍顔(リューガン)と……先に街に潜伏しているのが鹿角(カカク)でしたか。どなたも面白いことをしてくれそうですね」


 彼は師団を与えられていないが、楽しそうに茂みへと語りかける。

 その声に呼応するように、木々を薙ぎ倒して黒い影が競り上がった。


「ええそうですね、さて私たちも。

 ふふ、どうやら()()()()()(ちまた)で『キリグイ』なんて呼ばれているそうですよ? なかなかいい名前をもらったものです」


 和やかな声に返されるのは、激しい激しい唸り声。

 怨念がましい唸り声に笑顔を向けたまま、ディマリオはよく磨かれた黒の革靴を踏み出す。


「それではまやかしの名前に続きまして、貴方の真名(まな)をも知らしめに参りましょうか」


 ――ねぇ? 『凍大神(こおりおおかみ)フェンリル』。


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