幕間 Break time② ~ギュウビ氏とリューガン氏の場合~
東の大国、スーフェイ王国は表と裏、二つの武力を持っている。
四方を治める聖獣の名を冠した『神獣四師団』は華々しく民衆の指示を集める。
その裏で暗躍部隊が民衆に混じる不穏因子を刈り取る。
暗躍部隊――ごく限られた人間にのみ名が明からせた『黄龍四師団』は、国内国外を問わず、工作活動や暗殺を任せられている。
各師団長は黄土色のローブを与えられ、その部下たちは白いローブに身を包む。
厳格に上下関係を叩き込まれた白ローブの暗殺者たちは、遠い西の地カージョン地方で、森の中で息を潜め何も言わずに木々の一角を眺めていた。
視線の先では黄土色のローブに身を包んだ老人と、同じ色のローブをはだけさせてだらしなく幹に寄り掛かる粗暴そうな青年がいた。
今まで身じろぎ一つしてこなかった暗殺者たちが、ごくりと固唾を飲んだ。
この二人には相容れない主張があり、四師団の中では不仲が取りざたされていた。
目付きが悪い顔とボサボサ髪を後頭部で雑に括った頭――龍顔師団の頭、龍顔が退屈そうに欠伸をした。
だらけた態度に反応して、ローブの中に鎖帷子を着込んだ老人――牛尾師団が長、牛尾が挑発的に言った。
「たった数週の潜伏で疲れたか? くく、帰っても良いぞ、緊張感のない駒は戦場にいらん」
対する青年は顎を上げ、剣呑な視線を老兵に向けると侮蔑的に笑んだ。
「ああ? 緊張してんのか爺。はっ、『天使』とやらにビビったか?
それともまさか、こんな国のギルドごときにビビってんじゃねぇだろうな?」
売り言葉に買い言葉、二人の間の空気は一瞬んで張り詰めたものになる。
プレッシャーが暗殺者たちの間を吹き抜け、冷や汗を誘う。
「低能には話が通じぬようだな、相手を問わず任務では気を引き締めよと言っておる」
「だからそれ自体が雑魚の発想だってんだよ」
一触即発、緊張は最高潮に達した。
ぶつかり合う視線上で火花が散って数秒――牛尾がポツリと言い放った。
「やはり『アカ推し』は阿呆じゃの、会話を理解できぬらしい」
アカネ。
歌える踊り子グループ『RGBライトカラーズ』のメンバー。
男友達のような砕けた口調が人気なライカラの元気印である。
「訛ってんぞ『石蓴中毒』、悪いが田舎言葉じゃ会話は無理だ」
アオサ。
歌える踊り子グループ『RGBライトカラーズ』のメンバー。
愛嬌のある訛り言葉と天然キャラで人気なライカラのチャームポイントである。
「我々のことはアオサーと呼べ低能」
「生臭ぇんだよ海藻野郎」
二人には相容れない主張があり、四師団の中では不仲が取りざたされている。
歌える踊り子グループ『RGBライトカラーズ』は世界をキャラバンで移動し、各地で講演を行うアイドル的存在である。
氷魔法『氷面鏡』と魔導具『蝙蝠の洞杯』を使用した大都市ライブでは、氷の大画面に彼女らの歌と踊りが映し出され、多くの民衆が熱狂する。
その人気はもはや世界規模であり、メンバーそれぞれ固定ファンも多く存在する。
一方でその規模故に、時折メンバーファンの間に軋轢が生じ、小競り合いが発生することがある。
牛尾が可哀相な青年を見下す。
「言葉に気を付けろ。ワシはライカラ結成当初からの古参(※)かつ、スー・フェイイベントには欠かさず全通(※)し貢献しとるんじゃが。そしてこれまでツアー中に五度、アオサと目が合っている。わかるか? あの娘のみが貢献者を認知(※)し、振る舞いの還元(※)をしておるのだ」
老人は、自分に孫がいれば斯様な癒しを与えられる存在になっていただろうかと想像する内に、彼女は自分の孫だったような気がしてきてしまった重症患者であった。
故にアオサ推し以外はあり得ない。
元気なだけの赤い小娘にうつつを抜かす気持ちは理解できない。
「それに比べ、あの赤いのの何が良いのだ。先日のパネス領講演での問題行動のせいでメンバーに与えた迷惑をわかっておるのか?
勢いで領主と肩を組み、あまつさえ頭を叩く軽率さ。口調からもあれがライカラの品位を落としているのは明確じゃ」
「あ? 黙れよ田舎者。ありゃてめぇんとこのアオカスの糞つまらんトークのフォローだろうが」
龍顔の吊り目が血走る。
「てめぇの青いのこそライカラの調和ってのを乱してる自覚持てや。そもそもアカネ、ミドリと来て何でアオサだよ、そこはアオイで良いだろうが。寒い訛りと言いそういう小細工で人気取ろうってのが気にいらねぇ」
事実彼女の出身地の名産が石蓴海苔であり、芸名を寄せたことは自他共に認める事実である。
「いいか、俺はアカネのことをずっと見てきた。最前(※)ドセン(※)でずっと見てきた。
そんであいつも俺をずっと見てきたんだ。俺は昔から目付きがわるいと言われ、視線を逸らす雑魚ばかりを見てきたが、あいつだけが俺から視線を外さなかった。
その瞬間から単推し(※)極めると決めている。あいつも私信(※)してくれる。あいつを悪く言うなら覚悟して言えや」
アカネは決め文句「頂点頂くよー!」の通り、業界の高みに登りつつある。
青年は全てを糧として登り詰める姿勢に感銘し、応援してやりたいと思った。
そして華やかな舞台にいる彼女にはできない汚れの排除は、自分にしかできないと考えている。
自分だけが真の意味で彼女を支えてやれると自惚れる程度に重症であった。
「ガチ恋(※)でもしとるのかキモいのう。赤いのも迷惑しとるじゃろ貴様のような輩は」
「黙れ毎度現場管理(※)してる方がきめぇんだよ。てめぇみたいなのが選民(※)すっから新規層(※)の敷居無駄に上がるんだが?」
「なんじゃと?」
「やんのか?」
その後、たっぷり七分続く二人の貶し合いに、部下の白ローブたちは沈黙を続ける。
自分たちは暗殺者であり、任務に準ずる身、物言うことは許されない。
しかし彼らにだって、表に出せないが持論はある。
『RGBライトカラーズ』は三人揃ってこそ意味がある。
歌のハーモニーやピタリと揃った踊りは三人揃ってこそであるし、トークや企画においても、お互いに足りない部分を補い合うその絡み自体が愛くるしく微笑ましい。
三人揃ってこその光、誰かを貶したり罵り合うことを、彼女らは喜ばないだろうと――白ローブたちは過激な二人の和解を切に願う。
そう、彼らは箱推し(※)なのであった。
数分後、罵り合いは平行線のまま終わりを迎える。
龍顔は悪い人相を更に不機嫌に歪め、大きな舌打ちの後、ふて寝を決め込んだ。
牛尾は年齢の割にしゃんと伸びた背で立ち上がると、姿の見えない新入り共を探して場を去るのであった。
(※)古参=古くからのファン、全通=期間イベントに全て通っていること、認知=メンバーに覚えてもらうこと、還元=ファンサービス、最前=最前列、ドセン=センター真正面、単推し=メンバー個人を推すこと、私信=ファンに個人的な発信をしていること、ガチ恋=本気、現場管理=会場を私的に取り仕切ること、選民=他のファンの扱いを強要すること、新規層=新しいファン、箱推し=グループメンバー全員を推すこと





