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1-3 そのステータス画面の仕様


 ――よろよろと。


 血だらけの肩口は、ワイシャツで(しば)られていた。

 悶絶(もんぜつ)しそうな痛みはまるで引かないが、他に有効な止血方法を知らなかった。

 歯を噛みしめ、痛みを我慢しつつ、悠太は土道を歩く。


 視界は(うつ)ろだが、五体満足でいたさっきよりよほど、目的が明確になっていた。


 木々の合間にその姿を求める。

 探す相手は――なんと数分前に襲われた相手、ゴブリンである。


 荒い息で手頃な木に右手をついて、休憩をする。

 そして、何度目かの確認の為に念ずる――ステータス・オープンと。


 すると木に当てた手の平が輝き、木の皮を()ぜさせながら白色の光の板が出現した。

 パラパラと落ちる木片を見つめて、悠太は息を呑んだ。


 どうやらこの光の画面は、ステータスと念ずると悠太の手の平から数センチの距離に出現する。

 その他、色々とわかってきたことがあった。


 一つ、大きさはA3紙より少し大きいくらい、横長の長方形である。


 一つ、触れることはできるが、持ち歩いたり、投げたりはできない。

 ただ宙に浮いているだけで、その場所から動かすことはできない。


 一つ、驚くべきは出現位置である。

 手の平から十五センチくらい、この距離は絶対であり、そこに別の物質があれば、先のゴブリンやこの木のように、既にそこにあるものを引き裂いてでも内部に現れる。

 つまり……破壊能力を持つ。


 一つ、消えろと念じると消え、一画面しか存在できない。

 出現させたものを浮かせたまま別の個所で出現させると、既存(きぞん)の画面は消える。


 一つ、画面に記載されていることは悠太の肉体的な性能の数値と、今の状態、それから魔法(まほう)という項目である。


 ふらりと、また彷徨(さまよ)い始める。


 とりわけ気になるのは、HPと銘打(めいう)たれた棒ゲージであった。

 既にゲージの残りは少なく、更にそれがゆっくりと減っていくではないか。

 状態という項目には「出血」と書かれている。


 このゲージは普通のゲームで言えばヒットポイントという項目であり、悠太の生命力を表すはずである。

 そしてゲージがゼロになるとゲームオーバーとなるのがゲームの常であたった。

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 しかし、絶望的な情報の()った画面の中には、一縷(いちる)の希望とも言える項目もあった。

 『魔法』と書いてある欄には、ずらりと黒ずんだ箇条書(かじょうが)きが並んでいた。


 『Lv.3治癒(ヒール)、Lv.5火ノ玉(ファイヤーボール)、Lv.7……』と続く呪文らしき単語、意味は感覚で理解できた。


 ゲームのキャラは、敵を倒してレベルが上がると新しい特技や魔法を使えるようになる。

 先程のゴブリンを倒してレベルは1から2へと上昇した。

 つまり更に敵を倒すと、レベルは3に上がるはずであった。

 スキル欄の記載を素直に信じるならば、自分はレベル3で『治癒(ヒール)』という魔法を覚えることができる。


 ……だから、悠太はギラついた目でゴブリンを探した。


 ヒールという英単語はそのまま訳せば治癒。

 唱えれば傷の治る回復魔法は、ゲームの世界ならお馴染みである。

 口惜しいことに、どうやらまだ使えない。

 しかし、習得して唱えることができれば、腕のずたずたな傷もたちまちに治るだろう。

 そう信じなければ恐怖と痛みに(あらが)えなかった。


 そして、茂みの先に見つける二つ目の人型の影。

 獰猛(どうもう)な視線が交錯(こうさく)する。

 悠太の血の匂いを()いでか、既に興奮状態のようであった。

 小柄な緑の身体に担いだ棍棒、外見も全く同じのゴブリンが、彼に目がけて突進してきた。


「ステータス!」


 試しがてら、目線やや低めに画面を出現させて、数歩後ずさる。

 半透明の画面越しに迫るゴブリンは、殺意を隠しもせずこちらへと突っ込んでくる。


 改めて対峙すると、やはり怖い。

 腕も脚も小刻みに震えた。

 ただそれよりも怖かったのが、画面の中でまた少し減ったHPだから、悠太は心を決めた。


 ――勝利を確信したのは、ゴブリンがあまりにも無防備にこちらに跳びかかった時であった。


 どうやら、化物にはステータス画面が見えていない。

 一匹目の時も、単に浮いていただけの画面に気付かず、ぶつけた棍棒を落としていた。


 この画面は盾としても刃としても使える。

 そう考えた悠太は、盛大に画面にぶつかりよろめいたゴブリンへと、間合いを詰めた。


 顔を掴むことは叶わなかった。

 やはり醜悪なそれに触れることは(はばから)られたし、一匹目に襲われた時の恐怖も残っている。


「ステータス!」


 踏み込みは自分でもわかるほど及び腰であったが、それでもステータス画面はゴブリンの肩口から腹を裂いて現れ、血しぶきと共にそれを沈めた。

 血塗れの画面はまたしても数字を踊らせて、悠太のレベルを3へと上げた。


「う、おえ……」


 自分の立てた戦略に上手く敵が(はま)り、容易に倒すことができた。

 落ち着いて現状を把握することで退(しりぞ)けた不安の先には、吐き気があった。


 一度目より冷静になった頭は、目の前の凄惨(せいさん)な光景を細部まで目に焼きつけていく。

 広がる血液、溢れ出た臓器、だらりと投げられた舌、恨みがまし気な眼。

 生臭い臭気と共に立ち上がる熱気が、それがそこに生きていて、自分が殺してしまったのだと告げていた。


 生き物を殺した。

 平凡な暮らしをしていただけの自分が、そんなことをした事実は、許容できる刺激ではなかった。

 喉に酸っぱい感覚が込み上げてきた。



◇◇◇◇◇



 ――ひと通り吐いて、悠太は死体から離れた。


 木陰(こかげ)の岩にドカリと背中を預け、へたり込む。

 荒い息で手をかざし、宙にステータス画面を浮かべた。


 画面では、目論見通(もくろみどお)りに『Lv.3治癒(ヒール)』の文字が、黒ずんだ箇条書きの中で白く光っていた。


 きっとこれでヒールを使うことができる、この痛みから逃れることができる。

 悠太のHPは(ゆる)やかに減り続けており、事態は急を要した。


 手を傷口にかざして「ヒール」と唱える。何も起こらない。


 画面のヒールという文字に触れる。何も、起こらない。


「は、ふざけんな……」


 少なくともこのどちらかで痛みから逃れられると期待していた悠太は、絶望のどん底に落とされた。

 何度同じことを試しても、焼けつくような痛みから開放されることはなかった。


「んな、馬鹿な……糞ゲー、かよ」


 ――減っていくHPゲージを横目にヒールと叫び続けて、声がかすれ涙が溢れて、座った体勢すら辛くなって、ドサリと倒れ、(すが)るようにか(ぼそ)く唱える。


 HPは風前の灯火であった。

 もはやこの世界が夢で、ゲージがゼロになった後、いつもの布団から飛び起きる光景を願うことしかできなかった。


 視界もぼやけてきて、いよいよかと目を閉じようとしたその時ーーぼやけた人影が映り込み、女性の声が叫んだ。


「『集歌(しゅうか)』も唱えず何してんのよ! えと、ええと、気高き(みこと)よ、連れ子と流れ、烏兎(うと)流れ、藍の模様は……」


 慌てた若い女性の声が唱えると、視界へと緑に光る粒子(りゅうし)が集まってきた。


 先のゴブリンたちとは違い、神々しい緑である。

 彼女が呪文を唱え続けている間、温かい光はその数を増していった。

 そして焦った様子は変わらず、頭上から声が降ってくる。


「最後まで唱えてもこれだけしか……でも……ねえ魔導書は持ってるでしょ! 『令歌(れいか)』を早く!」


 レーカ、とは何だろう。意味がわからない。

 もういいだろう、これはゲームの世界である。

 ゲームは本物の痛みを我慢してまで続けるものではない。


 さっさと死んでリセットだ、現実に戻ろう。

 次目覚める時は、いつもの布団の中で、また平凡な毎日が始まるのだ。


「お願い、このままじゃ死んじゃう! 唱えなさいよ! コール・ヒールでしょ!?」


 涙ぐんだ声があまりにも必死で、リアルであった。

 説得力に負けた悠太は、最後にこの意地悪な世界の(たわむ)れに乗ってやることにした。


 (かす)れた声で、(つぶや)いてやる。


「コール、ヒール……」


 すると緑の光がざわめいて一層輝きを増す。

 悠太の意識は薄らいでいき……死とはこうも温かくやってくるものかと感じながら――またも黒く閉じた。


 痛みは、魔法のように消え去っていた。


用語解説

・ゴブリン

この世界の広範囲に生息する小型・人型の魔物。

野犬程度の戦闘能力ではあるものの、知能は高く、魔法を行使する個体も確認されている。

生態は昆虫の蟻に似ており、地中に巣を作り、属する全ての個体は女王の眷属である。

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