第93話 2人の距離は 3
その眼差しは昔と変わらない様にも見えるけれど、私に人の心を読む力は無いので真意は分からない。
私は、久し振りに見たこの眼差しを前に、張り詰めていた全ての糸を切られて安堵し、涙を流した。
それだけじゃない。
今までずっと、強制力なのか何なのか、ゲームのサリエルのように、幾度となく母の狂気の前に折れて従ってしまいそうな私を引き戻してきたのは、前世の設定への恐怖よりも、
この眼差しを思い出したからだ。
これが、見せ掛けだけの物とはどうしても思えない。
(でも、頭の良いお兄様が知らない筈はない。私達の関係の行く末も、母の事も)
知っていたなら、私を救う為に此処に来る筈はない。
だからお兄様は、此処には何か別の用事で来たんだと思う。
もしかしたら、私は救助が来たら、この孤島に1人残されてしまうかもしれない。
何故ならゲームのフランツは、義妹である私に終始憎しみしか向けることが出来ず、サリエルがヒロインに仕掛けた策略を逆手に取り、自らの手を汚すこと無く返り討ちにして殺す。
そういう設定だった。
今の設定外の事態は、フランツにとって都合が良い展開の筈だ。
誰にも知らせず私を此処に置いていけば、己のみでは生き抜ける術を持たない私の様な者は呆気なく死に行く可能性は高く、そうなれば。
お母様の思惑を砕く決定打になる。
(…フランツお兄様は今、私をどうしようと考えているのだろうか…)
「…眠れないのなら仕方がない」
そう言って立ち上がり、私の隣まで移動してくる。
「お…お兄様?」
「僕の膝に頭を乗せて寝るといい。枕がないよりも良いだろう」
「…え?い、いやそれは…」
「そうか、腕枕の方が良いか。僕もその方が眠りやすいかな」
そう言って肩を掴まれたかと思うと、気付いた時には、私の頭はフランツお兄様の左腕の上で、背中に右腕を回されて抱きしめられているような態勢になった。




