第92話 2人の距離は2
洞窟の壁を背もたれに、片膝を抱えて座ったまま目を閉じたフランツを、焚き火を挟んだ反対側から見つめていると、思い出すのは学園入学前に、寮に入るために家を出ようとした時の母の言葉だった。
『サリエル、このままではダメなの。
このままでは貴方はフランツに負けてしまう』
『お母様?それはどういう…』
『彼奴らは化け物よ、異質な見た目、異質な力。何故皆気付かないのかしら。
ねぇ?』
青白い顔のその人は、目を剥いて私に問いかける。
『一体どうしたというのですか?
そんな…』
『化け物に勝つにはもう時がないわ。
完全に力を継承する前…貴方はこの学園生活で、絶対成し遂げなければならない事がある事を肝に命じなさいー…』
その瞳には青い炎が見える気がした。
目の前にある焚き火のような物ではなく、静かで、青くて、鋭くて、研ぎ澄まされた消すことの出来ない炎。
もう昔のように無知で幼くはないから知っている。
私とお兄様が1番ゲーム通りになってもおかしくない立場にいる事を。
『絶望させるのよ。
分からせるのよ。
誰がこの家の正当な血統なのか。
自分の身の程は何なのか。
あの化け物だけは絶対に幸せなんかにさせない』
ずっとわからなかった。
どうして、母がラドレス公爵の正当な継承者をお兄様にだけは譲らないと言った態度を取るのか。
ただ、呪うように、呪文を唱えているような母の言葉も姿もこの頃には恐ろしくて。
だから私は逃げたのだ。
母から。
そんな母を見る度に思った。
どうして私の髪は銀ではないのだろうか。
どうして私の瞳は薄紫ではないのだろうか。
どうして私には欠けらの魔力も無いのだろう。
母の何が、この人自身を苦しめているのだろうか。
母を苦しみから解き放つ為には、我にかえらせる為には、私は言う通りにしなくてはいけないのだろうか。
それが私の破滅の道だとしても…ー
「眠れないのかい?」
その一言で我にかえると、先程まで眠るように閉じていた目を開けて、私を見ているお兄様がいた。




