第90話 幼馴染9
バルダロス伯爵令嬢は嘆きながらも、俺の胸元にべっとりと引っ付いて、上目遣いで覗き込んで来たけれど。
「…っ、ひっ」
そう小さな悲鳴を上げて、ふらりと後ろによろめいて尻餅をついた。
どうでも良かったからその後彼女がどうなったのかは知らないけど。
きっと何処かに走り去って行ったんだろう。
後で気付いた時には居なくなってたと思う。
「レイ、サリーは今、何処にいる?」
「…談話室の専用部屋ですね。しかし、王太子殿下と2人きりでは無く、あのモルキンス男爵令息も居ます。」
2人きりでは無いと言うレイの言葉に、若干冷静になってくるも、胸の鼓動がドクドクと早鐘を打つように鳴っている。
国の為、民の為を考えるならば、貴族として受け入れなければならない。
そう教えられて育ってきた。
それで仕方がないと。
俺の気持ちを考えて可能性の段階で事前通告してくれた父の為に、溜飲を下げるべきだと言う事は知っている。
ーーだけど、剣や武術の腕を磨いてきたのも、勉学に力を入れてきたのも、俺が彼女を何者からも守る為だ。
社交の場で笑顔を絶やす事がなかったのも、女性を上手にエスコート出来るように、上達させたのも
全ては彼女に頼られる男になる為だった。
他の令嬢が俺の婚約者になるなんて、想像も付かないし、彼女が俺以外の男と居る所なんか見たくも無い。
俺だけが触れて良い。
将来俺の、妻になる人だ。
だって俺の婚約者だ。
どうして皆んな邪魔をするんだ。
彼女に近付く男は皆嫌いだ。
触れたりしたら、王太子でも殺したくなる。
思ってはいけない事を思ってしまった事を自覚しながら、感情のコントロールをしようとしてもドロドロと嫌な感情が溢れ出して止まらない自分が恐ろしくて、その場から足が動かなくなった。
ーーぁあ、そうか、俺は他の誰かじゃ無くて、サリエルじゃなきゃダメなんだ。
他の事なら直ぐに気付くのに、ずっとこの感情が何なのか名前が思い浮かばなかった。
やっと、思い当たる言葉が浮かんだ。
これは嫉妬だ。
深く、激しく、苛烈な嫉妬。
自覚したら尚の事強く思った。
幼い頃から隣にいた人
君は俺の幼馴染で、親友で
そして
運命の人として隣にいたんだー…
「誰にも渡さない。絶対に」
ーこれはまだー
ー歪な心の奥底で灯ったー
ー小さな焔に誓いを立てた頃の話ー




