第7話 兄 フランツ④
『サリエル』
何故か。優しくサリエルの名前を呼ぶフランツの声が脳裏によぎった。
恋愛シミュレーションゲームの通りになるならば
今現在、どう足掻こうがお兄様とはいつか、敵対するのかもしれない。
けれど
だからと言って納得していないのに大人しくお母様の言う事を聞く理由にもならない。
「お母様、フランツお兄様は、いつも私に色々なことを教えてくれます。
私の為に絵本を読んでくれたし、
勉強も教えてくれます
フランツお兄様と話すことは私がラドレス公爵家の一員として成長するのに、刺激になる事はあっても損になることはありませんわ」
お母様の求めている言葉とは違うかもしれない。
だけど、適当に返事をしてもきっと私はフランツお兄様と今後も仲良く話すだろう。
だから、お母様の言葉を肯定してしまえば、私はお母様に嘘をついてしまう事になる。
そう思い至り、出た言葉だった。
「サリー……
貴方」
そう、決して
お母様を傷つけたい訳じゃない
「いつから、そんな口答えをするようになったの?」
だけど、私の正直な気持ちを言うと、お母様はいつも、こんな風に傷ついた顔をする。
それが私にはどうしようもなく辛い。
リリアスはフラリと立ち上がると、覚束ない足を交互に前へ出してサリエルの前に止まり、肩を掴んだ。
「何度言えば分かるの。
フランツはこの公爵家を乗っ取ろうとしている、他人なの。
フランツから、ラドレス公爵家を守るのが、
貴方の役目なの、しっかりしなさい!」
肩に置かれた手に力がこもり、痛みを伴った。
リリアスは無意識に爪をたて、その痛みにサリエルは顔を歪ませる。
「お…母様、痛い……」
サリエルの呟きはリリアスの耳には届かずになおも力が入っていく。
「サリー、
元は貴方が、キチンと生まれていれば、こんな事にはならなかったのよ。
貴方の髪は銀色でもなく、
瞳は薄紫色でもない。」
自分と同じ髪色、同じ色の瞳の哀れな娘。
私が娘の頃は父の教えによく従った。
良く無理難題を言い出す父だったけど、その期待に応えてきた。
私は私の与えられた役割を完璧にこなし
その甲斐あってか、ここに嫁いでからも私は完璧な嫁でいられた。
あとは
立派なラドレス公爵家の跡取りだと、誰もが賞賛するような子を産み育てる事が、私の役割だった。