第62話 婚約と婚約破棄の予兆?8
「…私には、
婚約者がいる事をご存知でらっしゃいますか?」
「知っている。
ラウルの事だろう?」
「僭越ながら…幾ら王太子殿下でもお戯れが過ぎますわ。
ご冗談でも先程のような事は言ってはなりません」
掴まれたままの左腕を払おうと腕を引いたサリエルを追い込む様に、王太子は逆に腕を引っ張り距離を縮める。
「わたしが、そのような冗談を言うように見えるか?」
琥珀の瞳が、サリエルの目と鼻の数センチ先に迫った。
「…!」
驚いて身を引こうと身動ぎするサリエルの努力も虚しく、掴まれた腕は振り払えない。
「サリエル嬢が好きだから、と言ったら信じるか?」
「…いいえ」
即答で否定すると、王太子は愉快そうにフッと笑う。
「わたしはどうしても、
其方が欲しいのだ、サリエル嬢」
「何故…」
「其方が了承してくれるなら、
捉えた腕から手を離そう。」
この時、サリエルは王太子の視線の中に確信を得た。
(見抜かれている。
私が王太子の事を覚えている事も、
避けていたことも
会話を早急に、
切り上げようとした事もー…)
サリエルはこの王太子の譲らない態度に、とても面倒な事になる気がしてならなかった。
(…となれば、余計に長居は出来ない
ガッチリ掴んだ王太子の手を多少荒っぽくすれば外す事は出来ると思うけど…
王太子殿下相手にあまり手荒にも出来ないわね…)
不敬に当たらないギリギリの動作を思い描いてみたけれど、そもそも先程の抵抗すらも不敬と言えば不敬だ。
(この場合、王太子に多少の荒技は仕方ないと解釈するべきかしら…)
平民相手にならいざしらず
公爵令嬢相手に王太子が不躾であった点もある。
「殿下、その辺でおやめください」
やりとりを見ていたセドルスは、ストップと言わんばかりに王太子の肩を掴んで止めた。
サリエルは、目を瞬かせながらその様子を見つめる。
申し訳なさそうにセドルスは口を開く。
「公女さま、どうか殿下の無礼をお許しください。
ちょっと特殊な環境にいた方なので、男女の事柄に関して、大分抜けているようでして…
その辺りを教えきれなかった、私の落ち度です」
先程まで頼りなさそうに一人称を〝ボク〟と言っていた人物は、お仕事モードに入ると切り替わるのかしっかりした口調で流暢に謝罪を述べた。
「わたしは抜けておらぬ。
要件から述べた方が話が進むだろう。」
セドルスの諸々な態度は通常通りなのだろう。
どうやら思っていた以上に王太子とセドルスが気心の知れた間柄なのだという事は伝わってきた。
男爵令息と王太子…
男爵令嬢と王太子なら前世の小説で見たことある気がするからありでしょう。
2人のやり取りを見ながら、ボンヤリとそんな事を考えていると
「公女様、
ここでは詳しく話せる内容ではないのも事実なのです。ご一緒に来て頂けますか?」
セドルスの声により、我にかえった。




