第60話 婚約と婚約破棄の予兆? 6???side
「貴方は、淑女にあるまじき…
そう、そうよ、
婚約者のいる殿方にこんなに親密にするなんて、
流石賤しき生まれの者ですわね。
ラウル様の婚約者はあのラドレス公爵令嬢よ。
あの方をこれ以上怒らせたら、
貴方なんてどうなるか…」
私は何としても正当な理由を探した。そうだわ、ラウル様は婚約者のいる方なのよ。
婚約者のいる殿方に親密に振る舞うなんて淑女にあるまじき事だわ。
「も…申し訳ございませ「謝るなメリル」
ラウルは、メリルの言葉を遮ってバルダロス伯爵令嬢であるベロニカを見据えた。
「無礼を承知で申し上げますが、
人を貶すために、俺の婚約者の存在を使わないで貰いたい。」
丁寧だが、その言葉の端々には怒気を含んでいる事がわかり、ベロニカはびくりと肩を震わせた。
まずい、このままではラウル様に嫌われてしまう。
「で…ですが実際、
ラウル様の婚約者であられるサリエル・ミューラ様は大変傷ついて居られると…」
「サリエルが貴方にそんな事を話すとは思えないが?」
じろりと攻めるような視線に、ベロニカの額から汗が伝う。
どうしてラウル様は怒っているのだろう。
私はこのダンスパーティーでラウル様と親しくなる筈だったのに、何故今、敵意を向けられているのだろう。
ラウル様に言われた言葉を思い返しても、適切な返答が私には思い浮かばず、心は焦っていく。
このままで終われない。
「わ…私は……」
「バルダロス伯爵令嬢、
貴方の言葉が正しければ
先程俺と仲良くしたい。気軽に名前で呼んで欲しいとおっしゃっていましたが、
それも貴方の言う、婚約者のいる方に対する卑しい振る舞いだと言う事になります。
そういう事で間違い無いですね?」
足が震える。弁解が出来ない以上、ここに居続ける事も出来ず私はその場から駆け出して会場の外へ出た。
どうして、私があんな事を言われなければならないの?私が、卑しいですって…
私とあの女では身分も立場も違う。
私にはラウル様と釣り合う身分があるのよ。
公爵令嬢が婚約者でなければどんな手を使ってでも婚約破棄に追い込んで
私に振り向いて貰おうと出来たのに。
何処かで私は公爵位の後ろ盾に敵うわけがないと思って何もしなかった。
けれども、私よりも相応しくないあの女が良いなら、私だって可能性はあったはずなのだ。
何処で、私は判断を間違えてしまったのだろう。
今頃は、ラウル様とダンスパーティーを楽しんでいる筈だったのに。
あの女のせいで……
大体、ラウル様の婚約者はどういうつもりなんだろう。
メリル・フィンリアを野放しにしておくなんて、私が婚約者だったなら、ラウル様をあの女から引き離すのに。
口を挟む権利を持ちながらも、ずっと動かない公爵令嬢にも腹が立つ。
ラウル様の婚約者という事で、入学して直ぐに遠目から彼女、ラドレス公爵令嬢を見た。
メリルと違ってなんの変哲もない人で、ただ、私には敵わないまでも顔は整っていた。
しかし、何処か冷たい様な、ヒンヤリとする美しさだった。
周囲にいた殿方が近寄りがたそうにしているのがわかった。
要は殿方にとったら魅力的に見えない女性なのだ。
だからこそラウル様に見向きもされておらず
相手にされていない哀れなお人だ。
肩書きが無ければ本来ラウル様以外の殿方にだって縁遠いのではないだろうか。
でも、私はそんな彼女すら羨ましい。
何故ならラウル様と最終的には結婚出来るのだ。
私が相手だったならラウル様に愛される自信がある。
毎日お手紙を書いて、毎日会いに行って、毎日愛を囁きに行く。
私にそんな事されて落ちない人はいない。
けれど、無情にもラウル様の婚約者が無愛想で冷徹そうな公爵令嬢だったせいで
ラウル様があんな卑しい女にはまってしまった。
なんの権限もない私には、どうしようも出来ない。
何て前途多難な恋だろうかー…。
1人になりたくて、
普段人通りの少ない噴水の方へと駆けていった。
そう、普段は誰もいないはずの噴水には人影があり、
それが誰なのか瞬時に理解した私は、
思わず木陰に隠れた。




