第6話 兄 フランツ③
経験上、今の母の声色は少し怒りを抑えているような印象を受けた。
私、また何かしてしまったかしら…お部屋は綺麗にしているし、習い事だって今のところ武術と剣術以外は褒められる。
退屈なマナーのレッスンだって、ちゃんと先生の言う事を聞いている。
あ、今私だけ挨拶をしなかったから?
そうね、それだわ。きっと兄の前で叱るのはやめて置いてくれたのね。まだ怒られると決まっている訳ではないけれど。
「わかりました。
ポール、お食事の片付けをお願い。
ご馳走さま」
執事のポールは、「畏まりました」とお辞儀して、
サリエルの座っている椅子を引いた。
食べかけのフレンチトーストに未練を残して、サリエルは立ち上がる。リリアスは付いて来なさいと背中で語りながら、食堂から出て行った。
「じゃあ、お話はまた後でね、フランツお兄様」
「サリエル…」
フランツもまた、リリアスの不機嫌な声を察知して心配そうにサリエルを見つめた。
サリエルは何かやってしまったのかもと、肩をすくめて、フランツに笑いかけながら、軽く会釈し、急いでリリアスを追いかける。
リリアスを追って入った先は、今はもう使っていない、祖母の部屋だった。
置物の時計の鳥が、くるくる踊っている音だけが小気味よくチクタクチクタクと音を立てている。
たまに母はこの部屋にくるのだ。心を落ち着けたいのか、祖母との思い出があるのか。大切なお話をする時は決まってここだった。
「サリー……
貴方には、小さな時から…
それも記憶もない様な時から言い聞かせていた言葉があったわね」
母は事あるごとに、ラドレス公爵家を継ぐ者として…と、私に言い聞かせてきた。爵位を継ぐことを前提としてしか、話したことはない。
「貴方はまだ6歳ね、
だけど婚約者が出来た」
母がソファーに腰を落ち着けたので、サリエルは向かいに座る。真剣に、言葉を選びながら話しているのだろう。ゆっくりと、サリエルを諭す様に語りかける。
「いい加減フランツと仲良くするのを止めなさい」
母は、兄と私が仲良くするのを、心底嫌がった。
まだ兄の前ではその様なそぶりは見せない様にしているようだけど、兄を前にすると私を猫可愛がりし始めたり、最初はほんの少しの違和感だった。
だけど、最近は兄に気付かれてしまうのではないかと、思う事が時々あるのだ。
母が、兄と私が親しく話すのを、快く思っていない事が、ゲームに出てくるフランツとサリエルの関係に繋がるのだろう。
視線を落として、お母様に答える言葉を考えた。
お母様の気に触ることのないような、そんな言葉を。