第5話 兄 フランツ②
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あれは、そう、私が兄に本を読んで貰うために
兄が勉強しているであろう、兄専用の書斎へむかっていたときだった。
兄がいると思っていた書斎からは、父と母の言い争う声が聞こえてきた。
母が父に言い争いを持ちかけるなど、それまではありえなかったが、この日を境に度々見かけるようになる。
「フランツに婚約者なら、お家柄より婿入りをさせられる娘を探せば良いでしょう!」
「では、このラドレス公爵家はどうするんだ?
女の公爵はいなくはないが、数は少ない。
我が家がそれをわざわざする必要がどこにある。
君も知っているだろう、彼の髪と瞳は貴重なものだ。先の大戦で活躍した初代ラドレス公のそれを引き継いでいる。
そしてフランツを我が息子として引き取ったのだ。
これを、正当な継承者とせずしてなんとする」
「ー……それは、サリエルの私に似た栗色の癖髪と紅色の瞳が、正当な継承者として、相応しくないというの?
サリエルはあなたの実の子供じゃない!
可愛くないの?
貴方の親戚の子供の方が、可愛いっていうの?」
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母が何に腹を立てたのか、まだ私にはわからない。ただ、とても苦しそうだった。
あれから、時々父と母が喧嘩をしているところを何度か見た。大人の事情があるとは、幼いながらにもわかるけれど、そういう時、私はとても居たたまれなくなる。
サリエルは意識を、目の前にいるフランツに向けた。フランツもまた、サリエルを見ていた。
薄紫色の瞳が優しげに目を細め、笑いかけてくるので、思わず照れてしまう。
私のお兄様、かっこ良すぎる…
「今度、お兄様の誕生日ね、
何をしようか、私考えたんだけど、
一緒に街へ行来たいと思ってるの
お兄様と2人なら、街へ出るのもお許しが出るでしょう?」
何たって兄は8歳とはいえ、執事を連れてよく1人で街に出るのだから。私はまだ、父か母が一緒のときにしか、外へ出た事がないのだ。
だから、本当は1人で街へ出てみたい。
好きな所に1人で行き、好きなお店を見て、そして街でお友達を作りたい。
まずは、親の同伴を卒業しなければと常日頃から思っていたのだ。
……あら、これだと、兄を喜ばせるというより、私が嬉しいだけね。
でも、そこで兄が好きなものを買おうと思っているのよ。
「街…?」
突然の提案にフランツはキョトンとしてから
すぐに嬉しそうに微笑むと「ああ、良いかもしれないね」と答えてくれた。
ガチャッー
そんな穏やかに会話をしている時だった。食堂の扉が開いて、リリアス・ミューラが現れた。
普段はマゼスティよりも遅く、サリエルやフランツよりも早く朝食を食べ終わり、忙しくしているので、サリエルは少し驚く。
すぐにフランツが挨拶をする。
「おはようございます。お義母様」
リリアスはフランツから目線をそらし、ふっと息を吐いてから、呟くように「おはよう」とだけ返す。そしてすぐにサリエルに視線を向けた。
「サリー、ちょっと来なさい」