第40章 囚われの2人2
話し合いが終わった男達は檻の鍵を開けてサリエルの左腕を掴み、引き離していく。
その瞬間目を見開き、俺の方に伸ばしかけて止めたサリエルの右手を掴もうと、咄嗟に手を伸ばしたけれど、ギリギリで触れることなく遠ざかり、檻が閉まる鉄の音が響いた。
「これはこれは、
少し遊んだらすぐ壊れてしまいそうに細く脆そうな腕だな」
仮面で隠された目元の下から見えるふくよかな頬が蒸気して赤くなった男は、サリエルを掴んだ手を離さずに語り出す。
「逃げられないように首と手に鎖をしようね、
どれどれ、
ワシが直々につけてあげよう。」
背筋にぞくりと悪寒がはしったのは俺だけじゃないだろう。
仮面の男はサリエルの腕を引き寄せてサリエルの髪をかきあげる様に耳裏に手を置くと、露わになった首筋をニヤリと見つめた。
「や……やめて…っ」
悪寒と恐怖に顔が青ざめているサリエルを、見ている事しか出来ない。
「そういう顔をされるとワシもこんな所なのに我慢がきかんぞぉ」
興奮している男に、店主は「やれやれ…」といった様子で成り行きを見ながらも、仮面の男が捉えているサリエルの宛に枷をつけようとしている。
「ー…っやめろ!!!
これ以上、そいつを侮辱したら
俺はこの眼を指で刺す!」
俺の叫びに男達は手を止めて、檻の中にいる俺を見た。
静まったその場で、一番に口を開いたのは、店主に雇われた頬に傷のある男だった。
「店主、
そこの坊ちゃんの方が価値があるんだろう?
死んじまったり傷物になったら困る。
その坊ちゃんはこのお嬢ちゃんが居た方が大人しく御し易い。」
「…下賤な者がワシを前に意見を述べるだと?
店主、躾のなっておらん犬を子飼いにしていると
品位を損なうぞ」
仮面の男の言う品位が何なのかはわからないが、そんな事よりもずっと品位を損なうような行為をしている事については棚上げなのだろう。
この目の前にいる大人達は、己の欲が赴くままに生きているのだろう。
金、女、地位、趣味嗜好。
それらの物に目がくらみ腐り果てた彼等は、淀み切ったオーラを纏っている。
だが、この頬に傷のある男だけ不思議とそんなオーラが見えないのだ。
俺とサリエルを捕らえるために先程幾人かの男達が出てきた。
俺の後ろに倒れていたサリエルを音もなく捕らえ、丁寧に抱えていたこの男を見たとき、それが違和感だった。
その他が店主達と似たような、濁ったようなオーラを放つ中
この頬に傷のある男は凛と前を向いて俺を見ていたから、あの時ほんの少し落ち着きを取り戻せた。
一体何者だ?
店主達の反応に、頬に傷のある男は口を閉ざしてしまう。
部屋一帯に緊張がはしったそのとき
風があたり一面に吹き荒れた。
何とか目を開けようとしたけれど、あまりに風が強く吹き荒れるのでそれは至難のわざだった。
此処は荷台の中で、入り口は開いていないはずなのに
薄眼を開けて見えたものは馬車の荷台をかたどっていた景色がヒビ割れ、ガラスの破片のように砕けている最中で
新たな人影が立っている。
砕けた景色は外の夕日に照らされて
銀の髪が絹のようにキラキラと輝かせながら風に揺らめき
薄紫色の瞳は内側から仄暗い光を帯びおり、その立ち姿は神の化身のように見えた。
店主は目の前で起こった出来事についていけないのか、唖然としながらその姿を見て呟いた。
「ぎ…んの髪に光る藤花の瞳…
何故…いや、まさか……こんな子供がラドレス公爵な訳が……」




