第4話 兄 フランツ①
婚約者を紹介された次の日、朝起きてボンヤリとベッドの上で手をかざした。
キスをされた右手の甲を見つめながら昨日のことを思い出す。
『これからよろしく、婚約者殿』
成る程、ゲームのサリエルはあれにやられたのかもね。まだ子供のあどけなさ全開の顔のわりに、随分と小悪魔な囁きに聞こえた。ある意味将来有望ね…
ゲームのヒロインで無くとも、彼と恋愛をしたい女の子は、今に大量発生することだろう…
今からそんな想像をしてブルリと身震いをした。
ベッドから起き上がり、寝間着から部屋着に着替え、顔を洗い、髪をクシでといてから朝食を食べるべくドアへと向かう。
「サリー おはよう」
兄の優しげな挨拶に、サリエルは微笑んで返した。
「お兄様、おはよう!」
ゲームでは、サリエルとフランツは学園に入学する前もした後も、どうも仲が良くなかった。
サリエルはフランツを嫌って…いや、何処か嫌悪していたし、フランツはサリエルを快くは思っていないようだった。
しかし何故か、今のところフランツとサリエルの関係は思いの外良好だ。
仕事で忙しい父に、貴族達との付き合いで留守の多い母、加えて兄は優しく、兄の声は心地良かった。
もっと幼い頃は本を持って行っては読んでもらい
武術や剣術も、兄が習うから私もついでに習えるという恩がある。
そんな兄を慕わずにいられないだろう。
何故なら私の心は前世の記憶を断片的に含んでいるとは言え、年相応なのだから。
「今から朝食を食べるんだろう、
一緒に食べないか?」
端整な顔にある形の良い口が穏やかに語りかける。カーテンの隙間から差し込む光がフランツの銀色の髪と薄紫の瞳を輝かせていた。
兄もまた、攻略キャラの1人というだけあって
きっと、どんな女の子も一度は恋焦がれてしまうような神秘的な存在だった。
兄を見ていると悪役令嬢と違い、彼等はやはり、特別な存在であることを常日頃感じる
これから、仲が悪くなってしまうのだろうかという、不安が少しあるが…
「はい、お兄様!」
朝食に誘ってもらえたのが嬉しくて元気よく答えるとフランツはポンポンとサリエルの頭を撫でてフワリと笑った。
いつか、この笑顔を曇らせ、嫌われてしまうのだろうかー…
「昨日は婚約者と会ったんだろう?
どうだ、上手くやっていけそうか?」
朝食の一口サイズにカットされたフレンチトーストを口に運んでいると、まるで父親が心配しているような質問をフランツが問いかけてきた。
上手くやっていけそうも何も、上手くやっていけないのがわかっているからなぁ…
なんと答えようか…
「まだ、知り合ったばかりなのであまり良くわかりませんわ」
「そうか…」
紅茶を口へ運ぶフランツの姿を見て、サリエルは思いを馳せた。兄にはまだ婚約者がいない。
ゲームでのフランツには婚約者の影が無かったように思う。
貴族には珍しいが無いこともない。
教育熱心な家は早々に良縁は結んでいた方がいいという意見が多いが。
良い相手はおのずと引く手数多なのだ。
それでも、釣り合いの取れる家柄の知り合いに同じ歳頃の子がいなかったり、良縁など結ばずとも結婚する年頃でも、そういった縁が多くあるからとあえて放っておく親もいる。
しかし、兄には別の事情があるようだ。
前にお母様とお父様が話をしているところを聞いた事がある。