第3話 婚約者②
あどけなく幼い容姿で、大人びた事を言うので、
少し可笑しくなったサリエルは フフッと声を漏らす。
それに少し虚をつかれたのか、青い瞳をサリエルに向けた。
「失礼しました。あまりに、子供らしからぬ事を申されるものなので…少し可笑しくて」
「怒らないのか?」
婚約を真剣に考えていた令嬢ならば、機嫌を損ねてしまっても仕方ない言動であった自覚はあるようだ。
けれどサリエルもまた、初めからどのようにして、婚約破棄が出来るのかを会ってからずっと考えていた手前、お互い様というところだろう。
そして、むしろ本題に入りやすいので、安心した気持ちもある。
「ラウル、この婚約は互いのためにならない。
きっとラウルならもっと素敵な婚約者がすぐ見つかる筈よ。だからお互い今回はやめておくよう親に言わない?」
ラウルは親の決めた事は受け入れて当然としてきたから、親の決めた事を覆すという選択肢を口にしたサリエルに驚きの視線を向けた。
「俺達が思っているより、父様達は色んな視点から見て良いだろうとこの婚約を取り付けた。
君が為にならないと思う原因はわからないが、それは早急すぎないか?」
父の視点は確かに私には、わからない。
だけど、今後私達がどのような未来が待ち受けているのかを、父は知らないのだ。
知っていたらこの婚約を初めから進めたりしないだろう。
「大丈夫よ、ラウル、
婚約というのは、身分も利害も一致し、年の頃が近い異性と結ぶ事で、お家存続のためにも、対外的にも、爵位に恥じぬようするもの。私達はまだ6歳よ?
まだ婚約していない。
有力な貴族の子は他にもいるわ。という事は良縁は他にも沢山あるのよ!」
それに、今回の婚約でメリットが大きいのは私の家だ。
父は王族の結婚には反対だった。
だから王子との婚約話を回避した。
色々理由はあるが、王妃という重責を私におわせないためという親心というものもあるだろう。
だが、私のその後の生活の為にも、それなりの身分のところに嫁がせたかったので、王族の親戚であり、年の頃も近く、将来有望視されているラウル・ベジスミンに白羽の矢がたったのだ。
父や私の立場から言って、これだけ条件の良い嫁ぎ先はなかなかないだろう。
けれど、爵位を継承するラウルは別だ。
公爵令嬢を娶る事は外聞も良いし、勢力拡大にはなるだろうが、別に無理だったら無理だったでさして変わらぬ盤石な権力がある。
サリエルが真剣に話していると、今度はラウルがハハッと笑い声を漏らす。
「先程の言葉をそのまま返そう。
君もまた、子供らしからぬ事を言うんだね」
先程までと少し違い、悪戯っ子のように楽しそうに眼が笑っている。
ラウルはその後「ふむ……」とだけ言って沈黙した。
サリエルは返事を待つように、芝生に生えた小さな花を見つめて、この後どう話を持っていくか考えていると、再びラウルが口を開いた。
「この婚約は利があるものの、損になる事は無い筈だ。わざわざ、再び良縁探しをするって言う事は、今婚約をする事が嫌なわけではなく
俺と婚約をするのが嫌なんだな?」
6歳といえど、評判通り将来有望と言われるだけあって、きちんと相手の気持ちや言動を考えている。
私はそれ程賢く無いし、わざわざ親の決定に背く理由など、今の彼にはない。
やはり難しいだろうか…
「いえ、ラウルは誰が見ても魅力的ですわ。
心ときめかない女の子なんて、いないでしょう…」
「では何故、婚約解消をしようと?」
ここで何と答えるのか迷ったが、あまり頭の良く無い私は率直に伝える事にした。
「貴方にはこの先、運命の方が待っているからです」
「運命…?」
「はい、いつとは申し上げられないけれど、
少なくとも、先程の貴方が見せた表情を覆し、色づいた物を貴方に与える。特別な運命の出会いがある筈なの。
その時私はその出会いの一番の障害となり、貴方にとって煩わしいものになる。 私は貴方とのお家と良好な関係のままでいたいの」
この目の前にいる少女は、彼女にとってこの婚約が不利益をこうむると断言できる根拠があるかのように、この婚約に対する拒絶の姿勢をしめした。
少し心が動揺する。
人を拒絶する事はあれど、拒絶された事がないラウルには思いがけないものだった。
「……わかった」
どの道サリエルとは良好な関係を築いておきたいというのは変わらない。この話はまだ、俺達が何の知識もなく否定出来るものではないんだ。
だがサリエルは、きっとそれも分かっている上で婚約破棄を打診したのだろう。
「え?」
存外素直に同意してくれた事に間抜けな声をあげるサリエルをラウルは見据えた。
「この件は検討の余地に入れておく。
だけど今は保留にしよう」
まぁ、そんな簡単にはいかないか。
「…」
「16歳までに答えを出す。
それでは駄目だろうか?」
駄目とは言えない雰囲気だ。
幼少期に婚約破棄出来ないのであれば、あまり意味はないように思う。その時には既に私とラウルの婚約は周知の事実になっているだろう。
そして16歳など、それこそイベントが起こっている最中なのではないだろうか。
けれど、彼は私の予言を馬鹿にすることもなく、否定せずに話を収めようとしている。
今はその彼の誠実さをくんで、この件に関しては一旦引かざるを得ないだろう。
サリエルは諦めて、その案に同意というように目を伏せる。
「先程は、無礼な態度をとって申し訳なかった、
これからよろしく 婚約者殿」
「…!」
ラウルは立ち上がって膝をつき、サリエルの手の甲に軽くキスをした。
急に態度を改めたラウルを不思議だと見返すと、彼は少し悪戯っ子のように…否
または挑戦的に、何とも言えぬ雰囲気をまといサリエルに笑みを向けていた。