第28 フランツの視点10
ラドレス公爵領はとても豊かだ。
あの大戦から100年あまり、国の騎士団をいまだにまとめ上げる存在としても機能している。
王家からの不当な扱いも受けずにいるどころか、国政への発言権もある。
それでも、ラドレス家を没落させようと画策するものはいない。
当主の魔力はそれほどに恐れられているのだ。
目の前に灯る蝋燭の火を見つめいるフランツの前に、ラドレス公は腰掛けて話をつづけた。
「外部に漏れる前に、
出来るだけ穏便な形で、この家での跡目争いを払拭したいと思っている」
「というと…」
今までラドレス公から跡目争いについては触れてこなかった。だから自らで何とかしなければと思っていた矢先だったのでフランツは少し驚いていた。
「サリエルに王家から第1王子の婚約者にならないかという話がきている。」
「それは、
ラドレス公の魔力を秘める血筋が欲しい王家にしたらその婚姻は
今王家で起こっている跡目争いを優位できるからでしょう。
そしてその婚姻はラドレス公爵家が第一王子陣営につくことを意味してしまいます。
ラドレス家はこの争いに、中立を保っています。
その均衡が崩れる事はしてはなりません。」
「あぁ、わかっている。
その話は断った。
だが王位争いは別にして、殺気立つ王家にあらぬ疑いをかけられても困る。
そして、サリエルにも悪くない縁談を見つけた。」
「……」
「サリアロス公のご子息、ラウル・ベジスミンとの婚約だ。」
サリアロス公爵は、現王の従兄弟でありつまり王家の縁者であるが、今国政でラドレス公と同じく中立をたもっている。
公爵同士であり、降嫁する訳ではない。
財力も充分にあるし、この国の中枢にいるサリアロス公との繋がりは、ラドレス公爵家に悪い話でもない。
王家に対しても縁者の元へと嫁ぐのは、国政が混乱していても、反乱を起こしたりしないという姿勢も示せる。
悪くない条件というか、これ以上はなかなかない。
そこまで考えて、フランツは伏せていた目をあげて
ラドレス公を見た。
「…ですが、まだサリエルは6才です」
「反対なのか?意外だな。
この話が良い事は、おまえならばわかるだろう。」
「……」
サリアロス公には子供が1人しかいない事は知っている。
サリエルが一人息子しかいないサリアロス公爵子息のもとに嫁ぐということは、
必然的に僕がこの家の跡取りであることは周知の事実になるだろう。
リリアスも悪い話ではないだけに反対する要素はない…が、お義父様は未だあの女がどういう人かはわかっていない。本当に仲の冷めきった夫婦にため息をつきたくなってしまった。
真に娘の幸せのみをリリアスが願っているのか、僕には疑問に思う事がある。
彼女自身が、ラドレス公爵の跡取りを生んだということに、拘っているように思う。
そう考えると、ラドレス公の思い通りにはならない気がするが、ここで僕は反対する事も出来ない。
ラドレス公は僕に相談しているわけではなく、決定事項を伝えているのだから。
サリエルの笑顔が脳裏に浮かんで、騒めく心臓を抑えようと握った拳に力を込めて、眉根を寄せた。
(くそ……)
いくら神童と言われ知的能力が子供のそれとは違っても、起きる事柄に、ただ身を委ねるしかなく
何の権限も力も持たない自分は何と無力なのだろうか。
この時ほど、悔しく歯がゆいと感じたことはなかった。




