第2話 婚約者①
「ラウル、挨拶をしなさい」
バージェスは息子にそう促すと、ラウルは私と父の目の前でお辞儀をした。
「はじめまして
ラウル・ベジスミンと申します。」
6歳の男の子にしてはしっかりとした挨拶に私の父は満足そうに頷いている。
「将来が楽しみなご子息ですなぁ」
お互いの子供を褒めちぎりながら談笑する父とバージェスに、人の気も知らないで呑気なもんだとため息もつきたくなったが礼儀として私はラウルに向き直って
スカートを少しつまみながらお辞儀をした。
「サリエル・ミューラと申します。
皆んな私をサリーと呼ぶので、ラウル様もそのようにお呼びください」
「じゃあ、俺のことはラウルと呼んでください。」
父とバージェスはニコニコと嬉しそうにそんな私達のやり取りを見ている。
「早くも打ち解けそうだな、
そうだ、サリー、ラウル君にお庭を案内してあげなさい。」
どうやら、私達の親睦をより深めるために
父が気を回して言うので、親睦を深めたくないと、ここで頑なに拒否する訳にもいかず、私はラウル共々部屋の外へ出る事にした。
ーパタン
戸を閉めてラウルに「じゃあ、ご案内します。付いてきてください」と案内すると、ラウルは大人しく私の一歩後ろについてきた。
ラドレス公爵邸の庭は、先代のお祖母様の趣味で、様々な種類の花が咲いており、魔法でその姿を枯らす事なく、一番綺麗な状態を留めていた。
魔法をそのような事に使うのを赦されているのは、
先代皇太后様と仲の良かったお祖母様だけで、王族との親交の証としてラドレス公爵家の家宝のひとつとされている。
お茶会を開くと、いつ来ても、ため息が出るほど美しい景色と話題の庭なのだ。6歳の男の子と言えども、庭に広がる景色に感動したのか、ラウルは見渡すように目を動かしている。
「話には聞いていたが…
これほどとはな…」
ポツリと呟いて私の前を歩き出した。
「どちらに行かれるのですか?」
「敬語はいい。
俺も使わないから、…サリー…だったか?
君も使わないで良いよ」
フッと、ため息をつきながら、諦めたような、つまらなそうな、面倒くさそうな、どうでも良いような…
いや全部を顔に表して、サリエルをあしらう。
こんな態度をされて苛立たない令嬢はいるのだろうか?
まぁ、でも
私としてもこれ以上親交を深めるのは良い事なのか判断できかねていたので、相手が友好的で無い方が良いけれど。
でもなんだか、彼の今の態度から見るに、婚約を早い段階で無かったことに出来そうな気がした。
こう言う話はまだ公表されていない今なら、両家とも痛手がなく、穏便に片付けられるのだ。
もしもラウルが何も分からず、素直に親に言われた通り私と婚約者として上手くしようとしているのなら、こちらも相手の立場を考慮して別の手段を考えざるを得なかったけど…
「ラウルは、この婚約あまり乗り気でないのね?」
相手が急に無礼になったぶん、私も本題を切り出しやすかった。
そんな私の問いかけには直ぐに答えず、ラウルは芝生を踏みしめて、大きな木下にある木陰に腰を落ち着けた。
サリエルも何となくラウルの横に座る。
「誤解しないで欲しいのが、君が嫌だと言うわけではない。
俺はまだ、詳しい事は分からないが、この婚約は、両親に旨味があるか、恥をかかない程度のものなんだろうし、それで別に良いと思っている。」
ラウルの髪を、微かに風が揺らしていた。その瞳は今私ではなく、庭の方を写して少し目尻の力が抜けるのがわかった。