第19話 フランツの視点①
それはある夜の出来事だった。
「おにぃしゃま、えほんをよんで!」
可愛くて愛くるしい人形のような小さな生き物が、僕を見上げていた。
僕はフランツ・ミューラ5歳
本当の両親は爵位を持たない医者の夫婦で、裕福だったけど僕が2歳で他界しており、その後すぐラドレス公爵家の養子となった。
5歳になった僕は一般的な5歳よりも脳の成長が早かったようで、既に自分の立ち位置を把握していたし、知っていた。
貴族社会は食うか食われるかであると。
お家の外との見栄の張りあいや蹴落としあいもそうだが、まず自分が家の中で確固たる地位を得なくては生きては行けない。
僕の置かれた立場はとても危うかった。
それを教えてくれたのは、実の両親が生きていた頃、侍女として仕えてくれていたメアリーから聞いていた。
メアリーは両親が死んだあと、幼い僕を気にして経歴を上手く隠し、ラドレス公爵家のメイドとなりラドレス公爵邸に潜り込んできた。
お陰でとても助かった。
何も知らない無防備な状態で、
今の義母リリアスの敵意の視線を受けずにすんだ。
義母は僕が万一にも優秀にならないよう、ろくに教育係もつけず、身の回りの世話には新人メイドのメアリーをつけたが、メアリーは勉強も含め公爵家に必要な知識を教えてくれた。
どうも僕は他の子供より抜きん出て理解が早かったようで、ラドレス公が教育のずさんさに気づいた5歳の誕生日を迎えた翌日雇われた家庭教師によりテストされたが、驚かれた。
〝流石、初代の血を色濃くついでいる…やはり神童が受け継がれているのか…〟と周囲は言っていたような気がする。
それに対抗するように、リリアスはメアリーをサリエルが5才になるまでのまでの専属お世話係につけた。
同じ条件で同じことが出来れば僕は特別じゃないとわかるらしい。
知らないとはいえ、メアリーは僕の配下だ。
サリエルにどう吹き込んでいるかは筒抜けになるし、僕に害がありそうな事は全て報告するよう指示した。5歳までとはいえ僕と同様に熱心にはお世話しないだろう。メイドが出来る本当にお世話程度の最低限はすると思うが…
それは僕には好都合だった。
僕は、この義妹、サリエルと蹴落とし合わなくてはならないと
既に知っていたから。
メアリーの報告では案の定、リリアスはサリエルにろくなこと吹き込んではいないようだった。
話したことはないが、何も知らない頃からずっと言い聞かされたら洗脳も良いところだろう。もし、素直で良い子なら尚更親の言う事を信じるだろうし、従うだろう。
捻くれていても、親に嫌われている兄妹など恰好のいじめの対象だろう。
僕の敵になるのは確定しているようなものだった。だからあまり関わらないようにしていた。
僕には周りが求める才能と、両親が残してくれた味方が数人いた。
けれど、直系というのはそれだけで強い立場なのも事実なのだ。
僕が安定して穏やかな生活を得るためには
サリエルはラドレス公爵家の人間として相応しくないことを証明するしかないか、
あるいは…
(噂は信じない方だけど…本当なのだろうか?…もし本当ならそれだけで充分此処から消えてもらう理由になる。)
我ながらよからぬ事に思考を巡らせる可愛げのない5才児だ。
けれど、戦いは相手より早く気付き、対策をし、手を打ったものが勝つ。
サリエルの背後にいるリリアスがいつ僕を引きずり落とすか今か今かとチャンスを伺っているのはわかっているのに、無能でいては歳頃になった瞬間に僕の居場所は消え失せるだろう。
しかし、僕はまだまだ子供。
そんな弱味など持つような歳ではないし、一応食事には気を付けている。
まさかそんな陳腐な事はしないだろうが、毒を盛られないか実は怖いのだ。
ーコンコン